第1話:女子高生を助けろ!(その1)
その日、橘伊都は困っていた。
伊都は、これまで困ったことのない女子高生だった。
名門お嬢様女子校。文句なしの美人。スラリとした抜群のスタイル。
雑誌の女子高生モデルにスカウトされたこともある。
告白された男の数はもう覚えていない
でも、その日は、高齢者の見守り。
授業で、学校ボランティアとして義務付けられているのだ。
そこで、見たくもないものに出会ってしまった。
立派な家だが、一人暮らしの高齢者だった。
そこへ一台の車が止まっていた。
大型の黒塗りSUV。
とても老人の車とは思えなかった。
案の定、黒いフェイスマスク姿の男達が出てきた
そこへ鉢合わせしてしまった。
男達の目は尋常ではなかった。
人を殴るのも刺すのも何とも思っていない、獣の目だ。
「……ッ!」
伊都は悲鳴を上げようとしたが、喉が引きつって声が出ない。
「騒げば刺す」
強引に口を塞がれ、冷たいサバイバルナイフの刃先が首筋に突きつけられた。
ポケットからスマートフォンを奪い取られ、遠くへ投げ捨てられた。
「綺麗なコじゃん、こいつを土産でもいいんじゃね」
男のひとりが、いやらしく笑い声をあげた。
「けっこう、胸あるし」
「やめて……!」
声にならない叫び。
恐怖と屈辱で、伊都の目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。
(誰か……助けて……!)
伊都の涙が頬を伝ってこぼれ落ちた、その時だった。
パーン! パラパラパラパラッ!
甲高い、独特の2ストロークエンジン音があたりを切り裂いて轟いた。
男達が一斉に振り返る。
白い燃料タンク、
鮮やかな赤い帯、
「YAMAHA」のロゴ。
往年の名車、ヤマハRZ250が猛スピードで迫っていた。
キキッ! と鋭いブレーキ音を立てて停まったバイク。
降り立ったのは、この辺りでは有名な進学校の制服を着た、背の高い男の子だった。
しかし、その顔にはなぜかダサいヒーローのお面が被せられている。
タンデムシートからは、巫女服姿の中学生くらいの女の子がぴょんと降り立った。
「あのコを助けて!」
女の子が涙目の伊都をまっすぐに指さした。
「なんだぁ? ガキがヒーローごっこか?」
ナイフを持った男達が下衆な笑みを浮かべ、身構える。
お面を被った男の子は、朗々と名乗りを上げた。
「どこかで困って 泣く人あれば
ならずそこへ やって来て
助けることこそわが使命
愛と正義の使者、
お助けマン参上!只今仮契約中……」
あっけにとられる伊都。
「うぜえんだよ!バーカ!」
男のひとりが舌打ちし、鉄のバールを振りかざして襲いかかった。
ドカッ!
「がはっ!?」
バールが振り下ろされるより早く、男の子の鋭い前蹴りが男の溝おちに突き刺さる。
男はバールを落とし、崩れるように地面へうずくまった。
「てめぇ……!」
二人目の男がナイフを構えて踏み込もうとする。
だが、その動きすら遅すぎた。
シュッ、と風をきる音とともに、男のこめかみへ鋭い手刀が叩き込まれる。
男は白目を剥き、一瞬で地面に昏倒した。
「くそっ、動くな!」
残る最後の男は、取り乱しながら伊都の首元へ突きつけたナイフに力を籠める。
「近づいたらこの女の顔を傷つけてやるぞ!」
「……そんなことをしたら、もう手加減はできない」
「えっ、いままで手加減してたんですか?」
後ろで見ていた巫女姿の娘がいらぬツッコミを入れた。
パシッ!
「あぐっ!?」
男の額に小石が命中した。
男の子が親指ではじいた小石だ。
男が痛みに額を押さえてのけぞる。
その一瞬の隙を逃さず、男の子の踏み込んだローキックが男の脹脛を破壊した。
「ぐあああっ!」
男が膝から崩れ落ちると同時に、お助けマンは伊都の体を素早くお姫様抱っこで抱え上げた。
「きゃっ……!」
「喋らないで!舌を噛むから」
意外と優しい声だった。
伊都は、そのダサいお面を見つめた。
どうしても、そのナイトなふるまいとお面が全く一致しない
後ろから、あの巫女服の女の子が、なぜか凄い顔で睨んでいた。
男の子は伊都をタンデムシートにおろすと、RZ250に跨がり、右足を一気に振り下ろした。
ガコン! バロロロンッ!
キック一発で覚醒したエンジンが快音を鳴らす。
バイクは一気に急発進した。
「てめぇ! 追うぞ!」
足を引きずりながら、リーダー格の男が倒れている二人を蹴飛ばして起こした。
3人は吐き捨てるように吐息を漏らし、SUVへ飛び乗る。
ギュオオオン!
黒塗りのSUVがタイヤを鳴らし、RZ250の後を追って急発進した。
路上にぽつんと取り残された巫女服の女の子は、目を丸くしていた。
「えっ、なんで!?置いてきぼり……おいてかないでぇぇえ!」
女の子の悲痛な叫び声だけが虚しく響き渡った。
◇
「僕の腰にしがみついていて!飛ばさざるを得ないと思う」
お面の男の子が、他人事のようにつぶやいた。
次の瞬間、RZ250の水冷, 2ストローク, 並列2気筒のエンジンが咆哮を上げた。
リッター当たり144馬力の高出力エンジンの暴力的なまでの凄まじい加速。
「きゃああっ!?」
伊都は悲鳴を上げ、夢中で彼の腰にしがみついた。
追ってくる敵の車は、車幅もパワーもある大型SUVだ。
強引に体当たりをかまそうと、巨大な車体を押し付けてくる。
しかし、RZ250の車両重量139kgの圧倒的な軽さと素早さは伊都の想像を超えていた。
「しっかりつかまっていて!」
お助けマンを名乗る男の子は鮮やかに車体を傾け、商業施設の立体駐車場へとなだれ込んだ。
急な螺旋スロープを、タイヤのグリップ限界ギリギリで駆け下りていく。
鮮やかなライディングだった。
追いつけないSUVが焦ってハンドルを切るが、遠心力に耐えきれず壁をガリガリと削った。
「ついて来られるかな?」
スロープを抜けたRZ250は、そのまま狭い商店街のアーケードへ突入する。
立ち並ぶ看板や標識のギリギリを、右に左に、目にも留まらぬ速さでかわしていく。
稲妻のようなシフトダウン、エンジンは、常に、 8,000r/minのパワーゾーンをキープする。
障害物を超え、直線になると、
2ストローク, 並列2気筒のエンジンがレッドゾーンぎりぎりまで吹けあがる
ドガンッ! ボコンッ!
背後で激しい破壊音が響いた。
狭すぎる路地に強引に入り込んだSUVが、次々と標識や街頭の柱に激突し、車体を自らボコボコにしていく。
伊都はお面の男の子の背中にしっかりと顔をうずめていた。
被っているヒーローのお面は相当ダサい。
なのに、しがみついている長身の彼の背中は驚くほど筋肉質で引き締まっていて、頼もしい。
暴力的なスピードの渦の中で、伊都の胸は高鳴り、激しくときめいてしまっていた。
やがて、RZ250はすっとスピードを落とした。
視界の先に赤色灯を灯した交番が見える場所で、バイクが静かに停止する。
「あそこへ駆け込めば大丈夫だ。やつらは警察が何よりも嫌いだからね」
「あの……私……っ」
伊都が何かを言いかけると、お面の男の子は短く手で制した。
「さあ、急いで。奴らが来る前に」
「……はい! ありがとうございます!」
名残惜しさに何度も振り返りながら、伊都は交番に向かって走った。
お面の少年は彼女が警官に声をかけるのを見届けると、タイヤを鳴らして鮮やかにスピンターンを決めた。
来た道を爆音とともに引き返す。
その途中で、追ってきたボコボコになったSUVとすれ違った。
SUVは曲がり角から飛び出してきたパトカーと鉢合わせし、今度は追われる側に回っていた。
◇
お面の少年が先ほどの路上へ律儀に戻ると、案の定、放置されていた巫女服の女の子が腕を組んでプンスカと怒っていた。
でも、白いRZ250が近づいてくると、女の子の表情が一気に明るくなった。
「まだいたんだ。神通力で祠に戻ったのかと思った」と男の子。
「そんな便利な力は正五位にならないと・・・」
「いろいろあるんだね・・・神様も」
「それよりも!」
また女の子が怒り出す
「何?ちゃんと助けたけよ」
「やりすぎです!抱っこまですることない・・」
プイっと横を向く
「えっ、怒るところそこ?」
そこへ天の声。上司の主任の神様だった。
「彼は充分人助けをしました。善行ポイント対象です」
女の子
「でも私を置いて行ってしまいました」
「合理的な判断です。二人は載せられません」
「でも・・・」むくれる女の子。
男の子は、お面を外した。さわやかなイケメン
そして、女の子をお姫様抱っこした。先ほどと同じように。
タンデムシートにおろすと、
「さあ、帰ろう」
再びRZ250のエンジンが吠える
「ずるい・・・」
女の子は、その背中に顔を押し付けた、赤い顔を隠すように。
「あなたみたいな反応を世俗ではなんというかご存じですか?」
冷ややかな上司の声が天から降ってきた
「実にわかりやすい・・というのです」




