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第14話:神様を助けろ!(その4)②

お使いを終えた二人は午後二時半に新江ノ島水族館――「えのすい」のエントランスへと到着した。


その前に、江の島岩屋を探検してきた神様は、もう多少の身体的な接触にいちいち言い訳しなくなっていた。


しかし、その顔は岩屋の興奮で、ほんのりと上気している。


これこそが吊り橋効果である。


「清志さん! さっきの洞窟、とても楽しかったです。ここが、あのスマホによくでてくる「えのすい」なのですね。


「喜んでもらえてよかったよ。さ、中に入ろうか」


館内に一歩足を踏み入れた瞬間、夏の強烈な日差しは和らぎ、代わりにひんやりとした青い水の世界が二人を包み込んだ。


館内は、カップルだらけだった。たまに女性のグループがいるだけだった。


背の高い清志はよく目立っていた。すれ違う女性が思わず振り返る。


神様は、他の女性達へ、今まで感じたことのない優越感を感じていた。


女性の幸せを願わなければならない、縁結びの女神としては、あるまじきことである!


神様は、誇らし気な面持ちで、清志にぶら下がるように寄り添いながら、真っ直ぐに館内の心臓部である「相模湾大水槽」へと向かった。


◇


大水槽の前に立った途端、圧倒的なスケールの水の世界が広がり、無数の魚たちが優雅に通り過ぎていく。


「わあ!」神様が感嘆の声を上げた。


清志は、キラキラした目で魚たちを見つめている神様をとても可愛いと思った。


なんでも初々しく喜んでくれる。自分が女の子を幸せにしている実感がわくのだ。


「ねえ、二階席のほうに行ってみない? 上からだと、また見え方が違うらしいんだ」


階段を登り、岩場の上側にある少し薄暗い二階のベンチに腰を下ろす。


頭上を埋め尽くすようにして、約八千匹のマイワシの大群が音もなく旋回していた。


銀色の魚体が群れをなして、一斉に向きを変える。


まるで無数の星屑が水中で一斉にまたたくかのように、キラキラと眩い光を放つ。


「わぁ……星空のなかをお魚が泳いでるみたいです……」


神様は、幼い子供のように瞳を輝かせて水面を見上げていた。


その横顔に射し込む青い光が、彼女の長い睫毛に影を落としている。


幾千のイワシが織りなす神秘的な光景に包まれて、二人は、幸福な静けさへと溶けていった。


◇


大水槽の幻想的な余韻を胸に、二人はえのすい名物の「クラゲファンタジーホール」へと足を踏み入れた。


ホール全体が潜水艦の内部のように緩やかな曲面を描き、壁面に埋め込まれた小さな水槽からは、青や紫の妖艶な光が放たれている。


その空間の中心には、まるで宇宙船のドームのような球型水槽「クラゲプラネット」が静かに鎮座していた。


「ここ、スマホで見たことあります……!」


神様が嬉しそうに呟きながら、球型水槽のガラスに歩み寄る。


水槽の中では、無数の小さなミズクラゲたちが、まるで音楽に合わせて踊るように、フワフワと優雅に身をくねらせていた。


「ねえ、並んで、ここで写真撮ろうよ」清志が言った。


「あ、……じゃあ、ちょっと待っててくださいね」


神様が慌てて、手鏡を覗いた。


清志が、スマートフォンを取り出し、画面に二人を収める。


長身の清志が少し屈むようにして並ぶと、画面の中の神様は彼の肩のあたりまでの高さしかなかった。


清志が微笑むと、神様は少し照れくさそうに笑う。


「はい、チーズ!」


カシャ、と静かなシャッター音が響いた。


青く幻想的な光に包まれた空間の中、二人の距離は、言葉を交わさなくてももっと近づいていた。


◇


あっという間の一時間だった、時計の針は十五時半。


いよいよ本日のメインイベントである、イルカショーの時間が近づいてきた。


二人は屋外デッキへと通じる階段を登り、潮風が心地よく吹き抜ける「イルカショースタジアム」へと足を踏み入れた。


何度も訪れている清志は、スタジアムの「上段の後ろから二、三列目の席」を確保した。


ここからの眺めは絶景だった。


目の前に広がる相模湾の青い海原、その向こうの江の島、そして夏空にうっすらと浮かぶ富士山の姿が一望だ。


「わぁ! 海風が気持ちいい!」神様がほほ笑む。


「ショーが始まるまで少し時間があるから、あそこのカフェで何か買ってこようか」


スタジアム横の「オーシャンカフェ」で清志が買ってきたちょっと可愛い「カメロンパン」を分け合いながら、二人は甘いスイーツを頬張った。


やがて、スタジアムに軽快なファンファーレが鳴り響き、バンドウイルカとカマイルカたちがダイナミックな大ジャンプを次々と決めていく。


挿絵(By みてみん)


「すごいっ……! 見て、あんなに高く飛んだ!」


神様」は興奮のあまり、隣に座る清志の手をキュッと小さな手で掴んだ。その細い指先から伝わる体温は、もう清志には手放せないものになっていた。


◇


ショーの熱気がまだ冷めない十六時すぎ。二人は客席のすぐ下、地下一階にある「水中のぞき窓」へと向かった。


大きなガラス窓の向こうの青い世界を、先ほど大ジャンプしていたイルカたちが、好奇心旺盛な瞳でこちらを覗き込みながら優雅に泳いでいる。


挿絵(By みてみん)


「わあ、カワイイ!さっきあんなに跳んでたのに、今はこんなに穏やかなんだ……」


窓ガラスに額を軽く近づけながら、神様がぽつりと呟いた。華奢な背中が、青い水の光に包まれていた。


清志も満足そうに見つめていた。いるかよりも神様の横顔のほうを見ていたかもしれない。


◇


夕暮れ。えのすいでの時間を名残惜しく思いながらも、二人は寄り添うように、そのまま屋外デッキへと出た。


目の前に広がる片瀬西浜海岸へと続く階段。そこには、梅雨が明けたばかりの夏の空を茜色に染め上げる、息をのむような夕陽のパノラマが広がっていた。


「初めて見た海も、この水族館も、全部すごく、すごく楽しかったです!清志さんにつれてきてもらって本当にうれしかった。ありがとうございます」


その素直な言葉に、清志の胸は熱いもので満たされた。


「大学に進んだら、葉山で君と一緒に夏を過ごしたい」


神様の瞳が大きく見開かれた。涙がにじんでいた。


たぶん人間の娘になりきっていたのだろう。


主任からも、演技の才能があるといわれたのだから。


潮風が神様の髪を優しく揺らし、夕陽がその小さな横顔を温かく包み込んでいく。


清志はそっと、神様の華奢な肩を抱き寄せた。見上げる神様の大きな瞳がゆっくりと閉じられた。


清志は、小柄な神様に覆いかぶさるようにして、唇を重ねた。


挿絵(By みてみん)


女神への過度の身体的接触は厳禁だ。


でも、これは人間の娘の気持ちを知るための調査の一環なのだと、神様は、

一生懸命、自分に言い訳していた。


◇


帰り道。夕陽に染まった海岸通り。


波音とともに、RZの乾いたエンジン音だけが響く。


神様


「また連れて来てくれますか?」


清志


「困っている人がいるなら」


神様


「私、困っています」


清志


「なにが」


神様


「もっと一緒にいたいという、この気持ちが・・・」


神様は清志の背中にそっとほほを寄せた。


夏の夕陽がそのほほを染めていた。


清志


「……」


二人とも、無言だった。もうそれで充分だった。


応える代わりに、


清志は、めずらしくゆっくりとRZ250を走らせた。


彼も同じ気持ちだったからだ。


Stand by me・・・・。


挿絵(By みてみん)


◇


神界の独身寮の自室へ戻った神様は、


そっと、自分の唇に指で触れてみた。


「キャ♡」


しばらく、ベッドに突っ伏して足をバタバタさせていた。


「人間の娘って、こんなに幸せなんだ・・・」


今日一日の夢のような出来事を忘れないように書き留めた。


そのときの胸のトキメキまで詳細に書いた。


書き終わると、


それを縁結びプランの提案レポートとして上司の水波能売命主任へ提出した。


神様のかいた縁結びの提案レポートは神界で大評判になった。


東京支社のトップの正四位上、弟橘媛命から直々におほめの言葉を賜ったほどだった。


「あれほど、人間の娘の気持ちを汲んだ縁結びの報告書は読んだことがありません。これからも励むように」


主任にも「あなたの指導が実を結んでいるようですね」とたいそうな褒められようだった。


主任は、どうみても、恋愛経験など皆無な神様があそこまで詳細な報告書を出してきたことに正直驚いていた。


それを、スマホのせいだと理解した。


「わたしも人間の通信機を買ってみようかしら」主任もそう思わざるを得なかった。



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