第13話:神様を助けろ!(その4)①
若い二人が決定的になるデートプランなど、わかるはずもない神様は清志に相談することにした。
もう夏休みも近い7月半ば、神様は、祠の鈴を鳴らした。
清志は、すぐ飛んできた。まだ制服姿だった。帰宅したばかりだったのだろう。
「また、困っている人がいるのかな、どこに?」
「ここに、私困っています」
「どうしたの?」
「上司から、若い二人が間違いなく親密になるデートプランを求めれていて、わたし疎いんです、そういうこと」
今度は、清志の顔がぱあっと明るくなった。
「僕と海へ行かないか。夏休みなったら誘おうと思っていたんだ」
神様も笑顔が爆発した。
「わたし、海を見たことがないんです。海を見たいと、ずっと思っていました」
「湘南は詳しいよ。葉山の祖父の家で夏場はすごしているから」
「うれしい!」
「じゃあ、夏休みに入ったらすぐに行こう。約束だよ」
「絶対行きます。神様は約束をたがえません」
伊都が聞いたら憤慨しそうなセリフだったが。
◇
神界では、元気を取り戻した神様が主任に有給を申請にきた。
「二人が親密になるデートプランを考えました。一日お休みをいただいて、検証に行きたいのですが」
水波能売命は、少し気の毒になった。
いくら神様とはいえ、年頃の若い娘がカップルだらけのデートスポットにひとりで行って、調査をするのはさすがにかわいそうに思えた。
「どこに行くの?」
「江の島あたりに。若い娘には人気のようなので」
「江の島にいくなら、中津宮の市寸島比賣命に勅を渡してきてくれないかしら。
それなら、有給でなく、仕事にしおていてあげる。
関東本部長の弟橘媛命からの伝言。
10月の神議り(かみはかり)の事前会議の招集通知よ。たぶん、先方は忙しいでしょうから、拝殿においてくるだけでいいから」
「承知しました」
「あまり、根詰めて真面目にやらなくてもいいわよ。結局結ばれるかどうかは二人のご縁なんだから。あまり周りのカップルの邪魔するんじゃないわよ」
神様がこんなに張り切っているのをみると、主任は、気の毒で一言言わざるをえなかった。
「はい!大丈夫です」
見ると、神様は、うっすらと控えめながらメイクまでしていた。
「人間の娘の気持ちになりきっているんだわ。真面目なコ・・・」
◇
梅雨が明けた。
清志は、入念に整備したRZ250にDEGNERの皮バッグをタンデムシートの後ろへ取り付けた。
七時過ぎに、もう祠の鈴がチリンチリンと、鳴った。約束よりも1時間早かったが。
祠の前に、神様が立っていた。
神様は、RZの傍らに立つ清志を見つけると、走ってきた。
「おはようございます。楽しみで、8時まで待てませんでした」
相変わらず犯罪的に可愛い。
いつもの白いブラウスにデニムのミニスカ姿だが、今日はうっすうらとメイクしていた。
「おはよう。相変わらずとても可愛くて素敵だ」
清志が心から言っているのがわかるのだろう。
神様は、赤くなってうつむいてしまったが、とても嬉しそうだった。
大体、こういう気分は伝染するものなのだ。
「この時間なら渋滞する前に、134号線に出られる。食事は海に出てからにしよう」
「はい」
清志が、キックペダルを踏み下ろす。
乾いた排気音とともに、2ストローク特有の鋭いエンジン音が周囲の竹林に響き渡った。
清志は、軽々と神様を抱きかかえると、タンデムシートに降ろした。
神様はされるままだった。もう既に顔がデレているのは仕方がないことだ。
神様が最初は、遠慮がちながら、しっかりと清志の腰をつかむ。
これは、調査なのだと何度も、自分に言い訳しながら。
「じゃあ、海まで一気にいくからね。逗子あたりで休憩しよう」
清志は、ミラー越しに後ろを振り返った。神様の幸福そうな顔が写った。
(ほんと、可愛いな・・・)
ふたりの夏が始まった。
◇
第三京浜は、夏の海へ通じる道だ。
清志は2速までシフトダウンすると、ループを回って第三京浜に入った。
後ろの神様が怖がらないように気を付けながら。
夏空に沸き立つ入道雲に向かって、清志は、RZ250を加速した。
乾いたエンジン音が遮るもののない開けたアスファルトの道に響く
清志の頭の中には、
Christopher crossの「All Right」がBGMとして再生されていた。
二人の夏だった。
まさに青春!神様にも青春がやってきたのだ。
◇
時間が早いせいか、横浜横須賀道路から、逗子新道に抜けても渋滞はなかった。
渚橋交差点を右折した瞬間、目の前に逗子の海がパッと広がった。
逗子海岸だった。
神様が歓声をあげた。初めて見る、どこまでも続く水平線と、真夏の太陽に照らされてキラキラと輝く海原。
神様は目を丸くし、清志の背中に顔をうずめたまま、感嘆の声を漏らし続けた。
もう神様の頭の中には縁結びの調査のことなど完全に消滅していた。
自分が当事者だった。
いや、もしかしたら、最初から確信犯だったのかも?
清志は、渚橋のたもとのカフェにRZ250を入れた。まだ9時前だった。
「走りっぱなしだったからお腹すいただろ。ランチはちゃんとしたレストランを予約してあるけど、少し休憩しよう」
二人は海の見えるテラス席でモーニングセットを注文した。可愛らしバスケットにパンとトッピング、飲みものが付いていた。
周りは、若いカップルやサーファーばかりだった。
神様は、一点の陰りもない夏の海を眺めながら、目が潤んでいた。
「これが海なんですね。ほんとに、明るい。皆さん幸せそう。わたしもすごく幸せです。ありがとうございます。清志さん」
ここまで言われたら、清志はますます神様が可愛くなった。
「まだまだ紹介したいところは尽きないよ」
確かに気の毒な状況だっただろう、主任が心配したように。
もし、一人きりのデートプランの調査だったとしたら・・・。
1時間程度、逗子湾を眺めながらゆっくりと過ごした二人は、また134号線に戻った。
◇
飯島トンネルを抜けた瞬間に、今度は正面に材木座・由比ガ浜の海が飛び込んできた。
夏のそれは極彩色の楽園だった。夏の海岸線をRZ250が快調に走っていく。
潮風の匂い、アスファルトの熱、そして高鳴る鼓動。青春のすべてが詰まったような疾走感だった。
まだ、昼までは時間があるので、由比ガ浜を右に折れて、長谷の大仏を見学していくことにした。
本物の神様を大仏に連れて行っていいものかとも思ったが、神様のリクエストだった。
夏木立の中にたたずむ厳かなイケメンの大仏に神様は目を丸くした。
「胎内拝観といってここの大仏は中に入ることができるんだ」
清志に手を引かれて、キャアキャア言いながら、神様は大仏の体内探検を満喫した。
この程度は、神界の規定の、「女神の身体への過度の接触」とは言えないということにした。
◇
そろそろ昼も近くなったので、海岸通りに戻った。
快調に、134号線を飛ばし、稲村ヶ崎の切り通しに入る。
坂の頂点に達した瞬間、神様は息を飲んだ。
目の前を遮っていた崖がパッと左右に消え、目の前に輝く相模湾と、その向こうに浮かぶ江の島がの大パノラマで飛び込んできた。
ほどなくして見えてきた海岸通り沿いの老舗のイタリア料理店の駐車場に清志はRZ250を滑り込ませた。
予約しておいた海沿いのテラス席へ神様をエスコートした。
もう神様は、夢のようで地に足がついていなかった。
「ここは、祖父が好きで、子供の頃から来ている店なんだ」
これが、西城清志という男なのだ。スマホで一生懸命検索しなくても、普通にこれまで過ごしてきた生活がトレンディで憧れなのだった。
以前、手作りのシラスのパスタだけで、その価値を瞬時に見抜いた伊都は、さすが恋愛強者だと言えた。この場面なら「やるわねぇ」ぐらい言ったと思う。
恋愛弱者の神様は、ただただ嬉しくて、メロメロになるだけだった。
でも、こちらのほうが清志みたいなタイプには刺さるのかもしれない。
「とっても素敵なお店ですね・・・」
神様は、カウンターバーのタコの溺れ煮を見つけると、小ダコが面白いのか、キャッキャ!と喜んでいた。
そろそろ混みだした海岸通りと夏の海を眺めながら、二人はランチを楽しんだ。
「ここは冬は、いかすみのパスタやリゾットがおいしいんだ。でも口が真っ黒になってしまうし、冬まで取っておこう」
神様は可愛らしく笑った。
前菜のブルスケッタや、ムール貝のワイン煮。パスタは、魚介のスパゲッティと、海の幸のラザーニャ。
メインは、ホウボウとスズキをそれぞれ香草焼と、アクアパッツァにしてもらった。
清志はもちろんのこと、神様も良く食べた。若いのだ。ふたりとも。
デザートは、清志が定番のティラミス、神様は、すっかり好きになったクリームブリュレを選んだ。
「あまりごちそうになっても、私がお支払いします」
「僕が誘ったんだ。気にしないで」
「ご馳走様でした。ずっと忘れません。ここのランチの時間(とあなたの素敵な笑顔・・・)」後半は言葉にできなかった。
ランチに満足した二人は、また海岸通りを疾走した。直ぐに江の島が見えてきた。
「ちょっと中宮へ寄っていきたいのです。そこの神様へ渡すものがあるので」
「いいよ。一緒にお参りに行こう」
◇
事前に、東京支社の水波能売命主任から連絡を受けていた市寸島比賣命は、それらしい独り者の娘を待っていたが、とうとう現れなかった。
いつも間にか、立派な「勅」が届いていた。
水波能売命からは、たぶん、カップルの中で独りでしょんぼりとしているだろうから、縁結びの女神の心得を説いて、励ましてやってほしいと言われていた。
お参りにくるのは、相変わらずカップルばかりだった。
その中でも、飛び切り幸せそうなカップルが目についた。
背の高い、イケメンながら誠実そうな男の子と、まだ若い可憐な女の子のだった。
女の子の彼を見上げる幸せそうな眼差しと、男の子の彼女への愛おしそうな眼差しが目についた。
「きっと、幸せなんだろう。女神なんて、人の幸せを願うばかりでつまらないわ」
市寸島比賣命は、うらやましそうに微笑んだ。




