第12話:おばあさんを助けろ!
工藤千佳は、今は亡き夫との思い出とともに生きていた。
でも、年とともに思い出が生々しくなり、現実と区別がつかなくなっていった。
介護施設の中の個室で、窓から、外を見ていて、突然思い出した。
あの人と駅で待ち合わせているのだ。
昔の服を引っ張り出し、あわてて、着替えた。若いころのように。
あの人は、几帳面だから、きっと約束よりも早く来ているに違いない。
自分は、もっと早く行って、人混みの中でもすぐにわかる、背の高いあの人が来るのをドキドキして待つのだ。
あの人は、自分を見つけると、微笑みを浮かべて近づいてくる。
今日も、きっと、思いもよらぬ楽しいところに連れて行ってくれるのに違いない。
千佳は、精一杯おしゃれをして、あの人と約束した駅へ急いでいた。
でも、なぜか思うように身体が進まないのだ。
踏切を渡る途中で、膝が折れた。
踏切のど真ん中で転倒してしまった。
起き上がれない。
約束に遅れてしまう。
あの人は、きっと待っているに違いない。
あの人が、踏切の向こう側にいた。
とても、悲しそうな顔で見ていた。
わたしを待っているのだ。
その数キロ先では、電車が近づいていた。
◇
清志が、学校から帰宅するや否や、祠の鈴がけたたましく鳴り、神様が飛び出してきた。
「この先の踏切で、おばあさんが倒れています。あと数分で電車が来ます!」
「わかった。助ける!」
清志は、お面を被ってお助けマンになると、RZ250のスターターを力強くキックした。
◇
踏切の向こうのあの人におばあさんは詫びた。
「ごめんなさい。たかしさん、わたしもう立てないんです。遅れちゃうと思います」
電車がどんどん近づいてくる。
その時、電車の音ともに、RZ250の甲高いエンジン音が近づいてきた。
その向こう、カーブした線路の先に、電車のライトが見えた。
まだ、五十メートルほどある。
誰かが、非常停止ボタンに駆け寄り、力いっぱい押した。
警報音が鳴り響く。
だが、電車は止まらない。
五十メートル。
快速電車なら、ほんの数秒だ。
おばあさんは、起き上がれない。
周囲では人々が叫び、駅員がこちらへ走ってくる。
それでも、間に合わない。
誰も助けられない。
人々から、悲鳴があがった。
◇
清志は、踏切の中に、うずくまる人影を認めた。
線路のカーブの向こうに迫りくる電車が見た。
周りで群衆が、騒いでいる。
もう間に合わない。
人々から、悲鳴があがった。
清志は、稲妻のように、一気に2速までシフトダウンして、目いっぱいエンジンの回転数を上げた。
「RZ!あと、50m、頼む、吹きあがれ!」
RZ250が、咆哮した。RZ250は、ロケットと化した。
電車が、もうカーブを抜けてくる。
警報機がけたたましく鳴っている。
遮断機が下りている。
「間に合え――!」
清志は、踏切の中へ飛び込んだ。
うずくまっているおばあさんの身体を、片腕で軽々と、抱き上げる。
そのまま、踏切を抜けた。
その直後に甲高いブレーキ音を響かせて、快速電車が、通り抜けていった。
風圧が、二人の身体を揺らした。
◇
清志は、腕の中のおばあさんをそっと地面に下ろした。
一瞬、静まり返った。
踏切の周囲から、大きなどよめきが起こった。
そして――
誰かが拍手をした。
それが、次々に広がっていった。
遅ればせながら、
「愛と正義の使者、お助けマン参上!只今仮契約中」
それだけ告げると、走り去った。
「おばあさんは、バイクが大好きなあの人が助けに来てくれたと信じていた」
あの力強い腕は、あの人そのものだったからだ。
おばあさんは、走り去るバイクを見送りながら、微笑んでいた。
「お面までかぶって、照れ屋なんだから・・・わたしにはちゃんとわかっていますよ」
施設の介護職員と、警察官が走って来るまで、千佳は、遠ざかるバイクを嬉しそうにずっと見送っていた。
◇
アパートの駐車場に戻ってRZを停めるやいなや、神様が飛び出してきて、清志の胸に飛び込んできた。
「なんで、あんな無茶するんですか!・・・清志さんが、死んじゃったら、もしも、死んじゃったら、わたしもう・・・」
神様は泣いていた。言葉にならなかった。
清志は、優しく神様の髪を撫でながら、
「大丈夫、ちゃんと計算していた。RZの加速は、身体に染みついているんだ。通過できると思ったんだ」
神様は、しばらくされるままになっていたが、やがて、涙をぬぐうと、
「あなたは、おばあさんを助けただけでは、ありません。おばあさんの素敵な思い出も守ったんですよ」
若い清志は、なんのことやら、わからなかったが、神様の綺麗な瞳を見て、
あのおばあさんも同じ瞳をしていたな、と思い出していた。
◇
天界では、一部始終見ていた主任も感動していた。
「よくやりました」
「人を助ける」ということは、命を救うことだけではないんです。
その人が本当に大切にしているものを、壊さないことなんですよ」
主任は、そのおばあさんのこれまでの人生もちゃんとわかっていたのだ。
「でも・・・・」
まだ、背の高い清志の胸元から離れようとしない、神様を見て。
「女神への過度の身体的接触は、絶対的な禁止事項です。今日は多めに見ますが、これ以上は許しませんからね」
主任の顔は、ほほ笑んでいたが、目は笑っていなかった。




