第83話 気霜に秘を暴く
「爺さん。お前の能力の正体がわかったぞ」
タカトの言葉に、カーンは面白くなさそうに眉を上げた。
「ほう、それは恐れ入るご観察眼でございます。初見で答えに行き着いた者など、現役時代を含めてもおりませんでしたがね」
「まあ俺も場数を踏んでるからな。前に似たような能力を見たことがあるだけさ」
(さて、これで外したら赤っ恥だな)
自信はあるが確証はない。
外せば、せっかく息子やその仲間から勝ち取った尊敬が消えてしまうだろう。
それは是が非でも避けたいとタカトは思う。
「爺さんの能力は、熱を奪い、それを自身の強化に還元する呪詛系寄りの増幅系……違うか?」
タカトの指摘に、カーンは驚きと苛立ち、そして感心が混ざった表情を一瞬だけ見せた。
「まずは冷気だが、これは周囲の熱を奪っているだけ。身体強化はその奪った力を使っているんだな?」
チラリと目をやると、息子達が羨望の眼差しを向けている。
タカトは少々格好をつけて話を続けた。
「俺の体の不調もあんたに熱を奪われているせいだ。筋肉が冷えて動きが鈍くなっている。最初に周囲を極寒にしたのは、これに気づかせないためだったんだな」
タカトの考えは正解だ。
筋肉や神経の駆動に温度は重要。
もし急激に熱を奪われれば、筋肉の収縮スピードは遅くなり、結合組織の粘性が増して関節の可動域も狭まる。
さらに致命的なのは神経系への影響。
神経伝達は細胞膜にあるイオンチャネルを介して電気信号をリレーすることで行われている。
熱エネルギーを喪失するとその開閉速度が狂い、信号の遅延やバグを引き起こしてしまう。
すると己の体を掌握している一流の戦士ほど、その僅かな感覚のズレに混乱することになる。
「単に寒さで体が冷えたのだと思ったが、手遅れになる前に気がつけて良かったよ。そして痛みの正体だが、あれは氷を食べた時の頭痛に近いものじゃないのか?」
「正確には少々異なりますが、的は外れていませんな」
剣が触れた箇所から熱エネルギーを奪い取るカーンの技。
それにより神経が冷刺激を受け、危険信号を脳へ送る。
冷たさを痛みと誤認する、いわゆるアイスクリーム頭痛だ。
同時に、周囲の微小血管は冷却によって一瞬で収縮し、直後に体温によって今度は拡張する。
この急激な伸縮に血管壁が耐えきれず、皮下で微小血管が軽い内出血を引き起こす。
攻撃自体の痛み、冷気による神経の暴走、そして内出血。
三つの異常を受信した脳はパニックを起こし、ただの擦り傷をまるで手足が切り落とされたかのような激痛と誤認してしまう。
これこそが、触れた者を絶叫させる謎の激痛の正体だった。
「いやはや、ご明察でございます。このカーン、タカト様の冴え渡る推理に敬服いたしました」
「感服したのはこちらのほうさ。こういう能力の場合、どっちつかずの中途半端なものになる場合が多い。それを冷気と強化、どちらもここまでの域に鍛え上げたのは脱帽だよ」
感心したように首を振りつつ、また息子達の様子を伺う。
そこには今まで以上の憧れの目を向けたバルの姿があった。
タカトは内心でガッツポーズをする。
「ですがタカト様。正体が割れたからといって、勝利を確信されるのは少々気が早いのではございませんか。両者の現状を見比べるに、優勢なのはこちらのほうかと存じますが」
「そうだな。わかったからと言って対処できる能力でもない。勝負はここからだろう」
息一つ切らさず、汗もかいていないカーン。
それに対してタカトは顔色も悪く、呼吸は深く重いものに変わっていた。
増幅系の身体強化に使うエネルギーは、自身の魄力か外部のエネルギーかに大別される。
魄力を使う場合、事前準備なしで発動でき、鍛えるほど強化倍率が上がるメリットがある反面、消費が激しいデメリットがある。
外部のエネルギーに頼る場合は、自身の消費は少ないが、エネルギーの貯蓄が必要という制約が生じる。
更にタカトは寒さで体力の消耗が激しい。
タカトとカーンでは、継続戦闘能力に差があった。
(このような鄙に、これほどの強者が隠れていようとは……素晴らしい戦いをもたらしてくださったレギン様には、感謝せねばなりませんな)
人類でも一握りの強者として旅を続けてきたカーンだったが、これほどの戦士と戦える機会は滅多にない。
魔物よりも対人戦を好むカーンの心は、若かりし頃の熱いものへと戻っていた。
更なる高揚を求め、タカトに向かって駆け出す。
(寒さがここまで堪えるものだとは思わなかったな。これ以上体温を上げるのは難しいか)
脂肪を熱へと変換する褐色脂肪細胞、筋肉を震わせて熱を生むシバリング。
タカトはこれらの熱産生を限界まで強化していた。
さらに心臓と血管を強化し、生み出した熱を全身に循環させることで、奪われ続ける体温を辛うじて維持している。
だがそれには体力も精神も消費するうえ、戦闘へ回すための強化が疎かになってしまう。
時間をかけるほど不利になる。
タカトはそう判断し、勝敗を決するべく地を蹴った。




