第84話 凍土の自恃、父の矜持
繰り広げられる剣戟は、瞬きすることも目を逸らすことも許されないものだ。
振り下ろし、薙ぎ払い、突き出し、受け流す。
互いがこれまで積み上げてきた技術を見せ合うかのような、あるいは流れの決まっている約束組手かのような、息もつかせぬ技の応酬が続いている。
「いままでどれだけ手加減されていたか、よく分かるな……」
「ああ……訓練の時は鬼だ悪魔だと思っていたが……鞘から刃を見せてすらおらぬかったのだな……」
チームの皆が目の前の戦いに驚嘆する中、俺とレギンはそれ以上の衝撃に打ち震えていた。
俺達が言葉を交わす間にも戦いは激しさを増し、いよいよ佳境へと向かっている。
「『褫奪盈満』!」
激しい剣戟の中、ついに限界を迎えたのか父さんが大きくよろめいた。
その隙を逃さず、カーンさんの掌底が父さんの腹へと突き込まれる。
前にゆっくりと倒れる父さん、勝利の笑みを浮かべるカーンさん。
──父さんが負けた。
父さんはすでに体温を維持するだけで限界だったのだろう。
そこへ叩き込まれた駄目押しの熱吸収。
勝負は決した。
そう判断し、治療のためにラロが走り出し──
「『雄力錬身』ッ!!」
踏み込んだ父さんの叫びとともに、木剣が振り抜かれた。
バキャッ!!
木剣はカーンさんの横腹に叩き込まれ、威力に耐えきれず折れ飛んだ。
凄まじい衝撃を受け、カーンさんの体が大きく吹き飛ぶ。
地面を転げまわり、胃の中のものを吐き出している。
「ば、馬鹿なッ……! この俺が直接触れたんだぞ、一瞬で立てなくなるはず……! なぜ動ける……なぜ無事なんだッ!」
地面に手を突き、苦痛に顔を歪めながらもカーンさんは父さんに問いかけた。
「一つだけ、お前の能力の弱点を見つけたからな。この一撃を叩き込むために、今の今まで気がついていない振りをしていたわけだが」
「お、俺の能力に弱点だと……?」
痛みの中、絞り出すように聞き返すカーンさん。
長く生き、金級にまで上り詰めた冒険者が気がつかなかった弱点などあるのか。
「最初にお前が仕掛けてきた、霜による目隠し。あれを一度しか使わなかったのが気になってな。そこから導き出した答えは、温度の低い対象をさらに冷やすには、時間か集中力が必要になるのではということだ。そこで──」
父さんは服を無造作にめくり上げた。
「あえて体の一部の体温を上げるのを止めてみた。すると読み通り、すでに冷え切っている部分からはそれ以上の熱を奪われることはなかったよ」
父さんの腹部は白くなるほど冷え切っている。
「剣術が互角である以上、勝敗を決めるのは能力だ。能力に自信があるみたいだからな、わざと隙を見せれば、そこへ飛び込んでくると賭けたのさ」
「か、体が初めから冷え切っていたから、一瞬では熱を奪いきれなかったということですか……! しかし、そんな状態を放置するなど地獄の苦痛だったはず! それをどうやって、悟られずに戦い続けた!」
カーンさん問いに父さんは照れくさそうに、そして誇らしげに答えた。
「息子が見てる……それだけさ」
その答えにカーンさんは痛みを忘れたようにぽかんとし、天を仰いで笑い始めた。
「ふ、はははは! いやはやお見事! 私の完敗でございます。老いさらばえて呆ける前に、タカト様のような武人と刃を交えられたこと、心より嬉しく思いますよ」
「何を言いますか。あなたが全盛期だったなら、俺など手も足も出なかったでしょう」
互いの手を握り締め、称え合う二人の戦士。
そこには、すべてを出し切って戦い終えた者だけが共有できる笑みがあった。
それは俺達には見せることのなかった表情。
(来年こそ……次こそは、父さんの全力を出させてみせる)
唇を噛みしめ、俺は誓いを新たにした。




