第82話 冴ゆる翠色
「俺の鎧は昨日ひしゃげてしまってな。今は修理中だ、お互い木剣のみでいこう」
「承知いたしました。では、ありがたく拝借いたします」
渡された何本かの木剣の中から、カーンさんはやや細身の物を一本手に取った。
やはりレギンと同じ細剣の使い手なのだろう。
「なあレギン、カーンさんってどんな能力なんだ?」
「知らぬな。いや、分からぬと言った方が正しいか」
俺は片眉を上げて聞き返す。
「剣の先生で、何年も一緒にいるのに知らないのか?」
「ああ、奴の信条らしくてな。仲間と主以外には決して明かさぬと聞かないのだよ」
それは特に珍しいことではない。
能力は個人情報であり、仕事の道具でもあることが多い。
特に冒険者は、ペラペラと他人に喋るほうが少数派だろう。
「お前が主なんじゃねえのかよ?」
「雇い主であり、金を払っているのはあくまで父だからな。我も何度か尋ねたことはあるが、教えてくれんのだ」
「見たこともねえのか? いつも訓練してただろ?」
「能力を使われずとも、歯が立たなかったからな。いや……一度だけ使用されたことはあるが……」
グルーの問いに、レギンはまるで悪夢でも語るかのように声を落とした。
「瞬く間に滅多打ちにされて気絶してな……とにかく寒く、とにかく痛かった記憶しかないのだよ……」
ぶるりと身体を震わせて顔を青くするレギン。
(寒い、か。となると氷の超常系か? 痛みは凍傷によるものとか……)
能力を推察していた俺だったが、そんな思考は吹き飛んだ。
突然本能が危機を感じ、全身の毛が逆立つ。
視線は、父さんと向き合うカーンさんから動かせなくなった。
年齢を感じさせない、ピンと伸びた背筋。
右手に木剣を握り、左腕と交差するように前へと突き出す独特の構え。
そこから発せられる圧力は、俺達に向けられているわけでもないのに冷や汗が止まらなくなるほどのものだ。
「冒険者を少々やっていた? 嘘だな爺さん。前に村に来た銀級の連中でさえ、これほどの覇気は持っていなかったぞ」
「滅相もございません。本当に少々、風来坊をしていただけでございますよ。──まあ、ギルドからは金級の資格を押し付けられはしましたがね」
俺達だけでなく、覗き見ている村の皆まで息を呑んだ。
金級、それは格の違う実力の証だ。
悪龍の目覚め、邪人の襲来、魔物の異常発生などの国家の存亡に関わる重大局面に国から直接要請が下るほどの生ける伝説。
レギンも初めて知ったらしく、目を見開いて驚いている。
「怪我をさせないよう手加減するつもりだったが……息子達が見てる前だ、本気で行かせてもらうぞ」
「それはそれは身に余る光栄にございます。私も、タカト様の大切な片腕を奪うつもりはございませんので。どうぞご安心を」
「クソ爺が……!」
互いに言葉を交わし合い、闘志を高めていく二人。
ぶつかり合う圧によって、空気が重くなったように錯覚してしまう。
そこにはもう村を守るおおらかな父さんも、主君に従える穏やかな老執事の姿もなかった。
全力をぶつけ合えそうな好敵手を前に、二人の戦士が獰猛な笑みを作っている。
「では参ります。『褫奪盈満』!」
先手を仕掛けたのはカーンさんのほうだ。
翠色の光が周囲に満ちていく。
次に来たのは肌を刺すような寒さだった。
「さ、さみいっ! 冷気の能力なのか!?」
「うぅ……あの時と同じ寒さだ……」
体がブルリと震える。
雪など降らないこの国では、体験したことのない寒さ。
吐き出す息は白く染まり、足を動かすと凍りついた草がクシャリと砕けた。
(これほどの冷気は確かに凄いが……それだけじゃ金級にはなれないはずだ。他にどんなことをしてくるんだ?)
寒波の中心にいた父さんだが、全く堪えた様子がない。
それを見たカーンさんにも、焦りは浮かんでいなかった。
「ほう、並の魔物なら身動きすら取れなくなるのですが……こうでなくては張り合いがございません。嬉しい限りです!」
カーンさんが駆け出した。
一瞬で父さんとの間合いを詰め、レギンの太刀筋によく似た高速の連撃を繰り出す。
「な、何であんなに速いの!? 」
「まるで増幅系ですね……でもこの冷気は一体……」
「第二覚醒か!? ヴィブラム先生みたいに、二つ能力を持ってんだよ! 」
観戦しながら能力の正体を推察するが、どれも正解とは思えない。
(先生の話では、第二覚醒は最初の能力の延長線上にあるはずだ。身体強化と冷気じゃ繋がりがない。これはきっと、一つの能力による現象のはず)
俺が思考を巡らせる間にも、二人は凄まじい剣戟を繰り広げている。
剣術の技量においても、カーンさんは父さんに引けを取っていなかった。
「見事! 片腕の不利を感じさせない剣技、おみそれいたします! ならばこちらは如何ですかな『褫奪盈満』!」
カーンさんが能力を発動した瞬間、父さんの周りに白い靄が発生した。
(空気中の水分を凍らせたのか!?)
「ハアァァッ!」
「くッ!?」
視界を奪われた父さんが後退する。
その隙を突いてカーンさんが細剣を奔らせ、父さんの横腹を僅かに掠めた。
すると父さんの顔が苦悶の表情へと変わる。
「掠っただけだぞ!? 何であんな痛そうなんだ!? 」
「で、出たか……あの謎の激痛が。体の芯まで刺さる痛みを今でも思い出す……」
父さんは細剣の触れた横腹を押さえ、状態を確かめている。
(何で父さんは躱せなかったんだ? 視界を奪われたくらい、父さんなら軽々避けていたはずなのに。どこか父さんの動きが鈍っているような……)
「なるほどな……冷気に身体強化、この激痛と俺の不調。爺さん、お前の能力が分かったぞ」
父さんは余裕の笑みを浮かべ、カーンさんはピクリと片眉を動かした。
父さんはまだ負けていない。
俺は憧れの背中を前に、拳を強く握りしめた。




