第81話 開削と老成の剣
俺達は今日も広場で父さんと向き合っていた。
だが今日は模擬戦ではなく、父さんによる指南だ。
全員が武器を手に取り、それぞれ体を動かしながら魄力の制御に奮闘している。
「いいか、坐禅を組んでじっと練習など無意味だぞ。戦闘中は常に動き、頭を働かせるものだ。動かず集中しなければ使えない技術など、実戦では無駄も無駄たからな」
父さん曰く、武器を振りながらはもちろん、食事や入浴、果ては眠っている時でさえ制御できてようやく一流と言えるらしい。
コツが掴めないのか、グルー、レギン、ムンゴの三人はホタルのようにチカチカと明滅を繰り返している。
俺とラロはそこまでではないが、それでも完全には制御できずに淡い光が漏れ出てしまう。
「ふむ……バルとラロくんはなかなか制御が上手いな。初めてでこれだけ形になっているなら上出来だ」
グルー達が苦戦する中、俺が比較的に制御できているのには理由がある。
今までの能力の訓練方法だ。
『己力投写』はどれだけ強く力を注ぎ込んでも、押す最大の力は俺の膂力と同じ。
だから出力を高める訓練ではなく、発動の速度や切り替え、持続時間を伸ばす方向でコントロールを鍛えてきた。
それがいま功を奏したのだろう。
(俺はこれまでの積み重ねがあるとして……ラロは俺より制御が上手いな。どうしてだ?)
俺に浮かんだ疑問に、父さんは見透かしたように答える。
「ラロくんの能力は、本質的に魄力そのものに近いんだろうな。だからこそ、感覚的にここまで制御ができているんだろう」
魄力というものが魂の願いの力なのだとしたら、確かにラロの望む正常へと書き換える光の能力がそれに近しいというのは納得がいく。
父さんから褒められ、ラロは顔を真っ赤にして照れていた。
「よし、二人は基礎制御訓練はもういいだろう。ここからは、それぞれ別の課題に進むとしよう」
父さんから出された訓練は、まずはラロの強化の消し去りの精度と力をより高めることだった。
「お前達がこの先も冒険を続けるなら、異常な再生力や特殊な能力を持った魔物と必ず出会う。その時に相手の能力を阻害できれば勝率はグンと上がる。生きて帰りたいなら、もっとその出力を高めないとな」
「は、はいッ!」
ラロは父さんを相手に能力を押し合う訓練に入った。
余裕の表情を崩さない父さんに対して、ラロは早くも苦悶の表情を浮かべて必死に杖を握りしめている。
「さて、バルの訓練だが……お前には今までできなかったことを、できるようになってもらう」
「できなかったこと? それってどんな?」
父さんの言った内容は、『己力投写』を同時に複数の対象に込めたり、手から離れた遠隔の対象に対して能力を発動させる。
そういった過去に試して失敗したことへの再挑戦だった。
「無理だよ父さん! そんなの、昔に何度も試してダメだったんだって!」
「それは目覚めたばかりの頃の話だろう? 今のお前は、比べ物にならないほど能力に習熟しているはずだ。決めつけずにやってみろ」
「た、確かにそうだけど……」
何度努力しても、手に触れた一つの物にしか力を込められなかったあの苦い記憶が頭をよぎる。
弱気になる俺を、父さんは信頼の籠もった目で見つめ返した。
「いいかバル。お前の己力投写のように、対象を選ばない能力には力や技術以上に重要なのは発想だ。お前はこれまで、その発想で勝ってきたんじゃないのか?」
地面を爆ぜさせて土煙を作り、宙で止まり、空を蹴って駆ける。
思い返せば、窮地を脱して勝利を掴んだのはいつもひらめきだった。
「能力の行使には想像力が必要不可欠だ。お前自身ができないと考えればそこで終わりだが、できると強く信じて、それに釣り合う魄力と能力があれば必ず実現できるはずだ」
「……わかった。やってみるよ!」
過去の先入観を取り払い、俺は新たな感覚を掴むべく石を拾い上げた。
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午前中から始め、そろそろ陽の沈む時間だが俺はまだ諦めていなかった。
大きく息を吸い、左右の手にそれぞれ石を握り込み『己力投写』を発動する。
(力を二つに分けて、それぞれ同時に込めるイメージだ……)
悪戦苦闘しながらも諦めず続けていると、僅かにだが確かに二つの石に淡い光が灯った。
石はポトリと、俺の能力に押し出されて手から落ちる。
「で、できた……!」
「成し遂げたな! 信じていたぞバル。あとは注げる力を高めていくだけだ。これでお前の戦闘は劇的に変わるぞ」
チームの皆も手を止め、次々と祝いの言葉をかけてくれた。
そんな折、申し訳なさそうだが気迫を感じさせる渋い声が割り込んできた。
「タカト様。丁度区切りも良いようですので、不躾ながら少々よろしいでしょうか?」
「カーン! いきなり何だ、失礼だぞ!」
カーンと呼ばれた老紳士は、執事服を着こなしているレギンの使用人の一人だ。
度々《たびたび》見かけてはいたが、徹底して職務に忠実なため言葉を交わしたことすらない。
一体、父さんに何の用があるのだろうか。
「不肖この私と一手、お手合わせを願えればと存じます」
その言葉に父さん以外が目を見開いた。
見たところ六、七十代で髪も白く染まりきっている。
てっきり身の回りの世話役だとばかり思っていた人物が、いきなり戦いを申し出るとは思わなかった。
「これでも若かりし頃は、少々冒険者などをしておりまして。皆様の見事な戦いを拝見しているうちに、どうにも古い血が騒いでしまいました。老骨ではありますが、久々に腕を振るいたくなった次第にございます」
見事な姿勢で腰を折り、丁寧に頭を下げる老紳士。
それに対して父さんは笑って応じた。
「いつ仕掛けてくるのかと待ち侘びていましたよ。二日前の模擬戦を見てからのあなたは、まるで獲物を狙う猛獣のようでしたからね」
「こ、これは面目次第もございません。年甲斐もなく闘志を隠せぬ我が身の未熟さ、平にご容赦を」
父さんはあっさりと試合を受け入れたが、俺は内心で驚いていた。
話を聞く限りではカーンさんはそれほどの闘志を放っていたらしいが、俺はまるで気がつけなかった。
「レギン……カーンさんって何者なんだ?」
「む? 言っておらんかったか。カーンは我の執事であり護衛であり、そして剣の師なのだよ」
レギンが以前言っていた、引退した元冒険者の師匠はカーンさんのことだったのか。
ということは、これは俺の師である父さんとレギンの師による対決になる。
別に対抗意識があるわけではないが、公爵家の護衛を務め、レギンを鍛えた師の実力はどれほどのものなのか。
俺は固唾を呑んで、二人の動向を見守った。




