第78話 故郷と同じ屋根
馬車から降り立つと、目の前には我が家と懐かしい顔ぶれが並んでいる。
事前に手紙で帰省の連絡を入れておいたため、総出で出迎えてくれたようだ。
ただ手紙を出した後にレギンの同行が決まったため、豪奢な馬車には目を丸くして驚いている。
「兄ちゃん、おかえり!」
懐かしい村の匂いを吸い込んでいると、俺のもとに真っ先に飛び込んできたのは、記憶よりも大きくなっていた弟のローゾだった。
学園に入ってからはほとんど会えていないというのに、顔を忘れることも人見知りすることもなく抱きついてきてくれる。
愛らしさに胸が温かくなり「ただいま、ローゾ。元気にしてたか?」と頭を撫でまわす。
「ひさしぶりだな! ポラ、お前も元気にしてたか?」
「うん、お兄ちゃんもお帰りなさい!」
グルーも、妹のポラとの再会を喜んでいる。
そんな俺達の横で、一人ガチガチに震えて緊張しているのはラロだ。
「あっ、あああ、あのっ! ら、ラロ・シュリー・クジシフと申しますっ! あ、あのっ、バルさんにはいつも大変お世話になっておりま──!」
極限の緊張からか無駄に大きな声を出してしまい、さらに言葉にも詰まっている、その恥ずかしさで顔を赤くしていくラロ。
ラロの挨拶が盛大に空回りして終わったタイミングで、今度はレギンが堂々と一歩前に出た。
「我が名はレギン・ヘシマ・アヴァディス・キファルメ! キファルメ公爵家が嫡男である!」
その家名が響き渡ると、父さんや母さんだけでなく、幼馴染のエマとアラン、そして遠巻きにこちらを覗き見ていた村人達がざわついた。
この国においてキファルメとは、国王と教会の最高指導者である至聖代言者に次ぐ権力を誇る名だ。
国の隅にある小さな村であっても、その名を知らぬ者などいない。
誰もが恐怖と困惑に顔を強張らせ、その場に膝をつこうとした時だった。
「……と、やはりこの名乗りは大袈裟だったな。許して欲しい。此度は一人の友人として、無理にバルの帰省に同行させてもらったのだ。日頃より彼には支えられている。そのご家族と友人に、こうして挨拶ができたことを光栄に思うよ」
張り詰めていた緊張と恐怖は、今度は驚きへと変わった。
レギンは気さくな笑みを浮かべて言葉を続ける。
「我らは身分など超え、信頼で結ばれた仲だ。どうか家名など気に留めず、ただのバルの友人として気兼ねなく接してもらえると幸いだ」
全員が口を開けて固まる中、沈黙を破ったのは俺の両親だった。
父さんと母さんが、同時に声を上げて笑い出したのだ。
「ははは! そうか、それなら遠慮なくそうさせてもらおうレギン君。君も今日は、我々を本当の家族だと思ってくつろいでくれ」
「ふふ、そうねえ。なんだか急に子どもが増えたみたいで嬉しいわあ」
両親の態度を見て、村人達にも安堵の空気が広がっていく。
今回レギンは、普通の友人宅への泊まりを楽しみにしていた。
父さん達が萎縮したりせずに良かったと、胸を撫で下ろす。
「あ、僕はムンゴ・ダーウットです。お世話になります……」
続いて、ムンゴが至って普通の挨拶をした。
(順番を間違えたな……ムンゴを先に紹介すべきだったか……)
ラロとレギンの強烈な挨拶の後は、ムンゴにとってハードルが高すぎた。
普通の挨拶で構わないというのに、ムンゴはなんだか申し訳なさそうな顔だ。
「それじゃあ、まずは荷物を運びましょうか。これだけ大荷物だと大変そうね!」
母さんが腕をまくり上げて荷運びを手伝おうとしたが、すっと差し出されたしわがれた手によって遮られる。
「奥様、お手を煩わせるまでもございません。……お前達、手早くかつ丁寧に荷物を運び込むぞ」
声をかけたのは、キファルメ家の執事長。
年輪を刻んだ渋い顔立ちに、白髪を後ろで結んだその老紳士は、執事やメイド達へ指示を飛ばし始める。
荷物運びは任せ、俺達は家の扉をくぐった。
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賑やかな夕食も終わり、すっかり日が沈んだ時間。
俺とグルーに加え、レギンにムンゴ、さらには父さんも同じ部屋に集まっていた。
元々は俺一人の部屋だったので、男が五人も集まればかなりの密度だ。
夫婦の寝室を女性陣に譲ったため、行き場を失った父さんもここに一緒に寝ることになった。
「なんだか兵舎時代を思い出すな。こうして寝台を寄せ合って窮屈に寝るのも、今となってはそう悪くないと思えるものだ」
「えっ……父さん、元々は兵士だったの!?」
思わず起き上がって聞き返してしまった。
父さんも母さんも、なぜか自分達の過去を語りたがらない。
聞いてもはぐらかされるため、兵舎で暮らしていたなんて初めて聞いた。
「ああ、昔すこしな。……それよりレギン君、狭い寝床で本当に大丈夫か? もし無理そうなら、君の使用人が言っていたように村の宿へ行ってもいいんだぞ」
「いやいや、とんでもない! こうして皆と寝台を並べるなど、初めての経験……こんなに楽しいことをわざわざ捨てはしませぬよ!」
夕食の時もそうだったが、レギンは心底楽しそうにしている。
俺からすれば見慣れた村と家でしかないが、貴族育ちのレギンにとっては、新鮮で楽しいものなんだろう。
「へえ、お貴族様ってのは一人で寝るのか。そりゃあ寂しそうだな。つーかレギン、お前って兄弟いんのか?」
グルーが、寝転がったまま疑問を投げかけた。
言われてみれば、レギンの家庭環境はほとんど聞いたことがなかったな。
「うむ。少々ややこしいのだが、いるぞ。側室──第二、第三婦人に、腹違いの兄が一人ずつな。そして我と同じ正妻の母から産まれた実の弟が一人だ」
「それは……なんだかドロドロしていそうですね……」
「母ちゃんが何人もいんのかよ!? そりゃすげえや」
想像を働かせるムンゴと驚くグルー。
レギンは苦笑交じりに話を続けた。
「元々は年長である兄のどちらかを跡取りにする、という話で進んでいたのだがな。……あまり身内の不名誉を言いたくはないが、いかんせん二人とも出来が悪くてな。そこで、正妻の長男である我を次期公爵として正式に据えるべく、今は箔をつけるための功績作りの真っ最中なのだよ」
レギンの話によると、実力主義の学園に通っているのも、その功績作りの一環らしい。
学園を優秀な成績で卒業し、さらには迷宮を制覇して冒険者としての名声を上げる。
そうして領民にも分かりやすい成果を作り、周囲の支持を盤石にしていくのだという。
元々キファルメ家は、一人の英雄から連なる一族であるため、高い戦闘力を求められるみたいだ。
「なるほどな。それなら、これからもっと派手な戦果を上げないといけないわけだ」
「だったらよ、いっそのこと龍でも狩っちまうか! 龍殺しの領主なんて、誰も文句は言えねえだろ!」
「それはいいですね! いまからどの龍種を狙うか、考えておきませんとね!」
「祖先と同じ偉業か……悪くないな! 中級迷宮を制覇した暁には、皆で龍狩りと行こうではないか!」
まだ見ぬ遠い夢を語り合う俺達の姿を、父さんは温かい目で見守っていた。
「龍狩りとはいい目標だ。男児たるもの、それくらい夢は大きくなくてはな。よし、龍を相手にしても遅れをとらないよう、明後日からはみっちりと鍛えてやる」
「おお! 噂に聞く父上殿の実力……非常に楽しみですぞ!」
「ぜひ、バルさんをここまで強くした訓練の内容を教えて欲しいです!」
目を輝かせるレギンとムンゴとは対照的に、俺とグルーは顔を引き攣らせた。
(今回は回復ができるラロがいるからな……手足が折れるくらいは覚悟しておくか……)
苛烈な訓練になりそうだが、一年前より強くなった俺達を見せて父さんを驚かせてみせる。
そんな覚悟を決めながら、俺は目を閉じた。




