第77話 郷里の馬車
何時間座っても体が痛くならない、ふかふかとした座席。
最新の馬車らしく、路面からの衝撃や振動を吸収する装置が取り付けられており、ほとんど揺れを感じない。
車内には五人も腰掛けているのに、全員がゆったり足を伸ばせる広さがある。
窓の外を流れる景色は通常のおよそ三倍という、とてつもない速度だ。
「いまから楽しみで仕方が無いな! 我は人の家に泊まるなど初めての経験なのだが……粗相のないようにしなくてはな!」
俺、グルー、ラロ、レギン、ムンゴ、そしてカリーの六人は、キファルメ家が用意してくれた特製の馬車に揺られていた。
目的地は俺の故郷、ガーウブ村だ。
なぜ大所帯で俺の帰省に付き合っているのか、その理由は一週間ほど遡る。
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学園での二年間が過ぎ、二つ星での生活もいよいよ終わろうとしていた。
大半の生徒がこの階級での卒業を選び、それぞれの道へと進んでいく。
けれど俺達は卒業を選ばず、さらに上の階級である三つ星への進級を選択した。
次の級が始まるまでの一ヶ月ほどの休みを利用して、俺とグルーは村へ帰省することにした、一年前の約束通りラロもそれについてくることになった。
「で、でも、私は長居せずにすぐ帰ることになるかな……お父さんとお母さん、チーヤーさんにも顔を見せたいし……」
「ラロちゃん、その予定だとかなり慌ただしくなってしまうんじゃないかい?」
「往復の移動日数を考えると、どっちの滞在もかなり短くなるな。今回は実家へ帰るのを優先した方がいいんじゃないか?」
「う、うーん……でも、バル君の生まれ故郷を見てみたいしなあ……」
どう日程を組むべきか頭を悩ませていた時、聞き覚えのある高らかな声が掛けられた。
「話はすべて聞かせてもらったぞ! それならば、我がキファルメ家が雇っている魔足馬車を使うがいい!」
自信ありげに口角を上げるレギンだ。
「魔足馬車? なんだそりゃ?」
「よくぞ聞いてくれた、グルーよ。我が家が雇っているものでな、六足の魔物を飼い慣らし、それに引かせることで並の馬車とは比べ物にならない速度が出るのだよ!」
レギンの話はこうだった。
その魔足馬車を移動に使えば、往復にかかる日数を減らすことができる。
どちらでの滞在時間も大幅に増やすことができるのでは、という提案だ。
「それはありがたい申し出だけど、そんな凄いものを使わせてもらっていいのか?」
「無論、タダというわけでは無い……この我もその帰省に参加することが条件だ!」
「なんだよ、お前も一緒に来たかったのかよ。最初からそう言いやがれや……」
旅路が賑やかになることも移動が早くなることも、俺達に異論はない。
「それならムンゴ坊も誘ったらどうだい? 確かあの子は帰る家が無いから、進級休みも寮に残って過ごすって言っていただろう?」
そして大所帯での帰省となった。
まずは俺の故郷であるガーウブ村に向かい、その後はラロの実家にも全員で遊びに行くという旅程に決まったのだ。
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というわけで、俺達は三台の馬車を連ねて移動している。
一台は俺達が乗る客車、残りは大量の荷物の運搬と寝台用だ。
「しかし、キファルメ公には世話になってばかりだな……」
「気にする必要はあるまい、父も打算あっての事だからな。バルよ、父は貴公の将来に期待しているのだよ」
「俺の将来……?」
レギンが語るには、俺が高位の冒険者になった際に支援者になりたいのだという。
銀級以上に上り詰めた冒険者には、貴族や豪商がこぞって支援を名乗り出る。
当然、相応の利益があるからだ。
第一の理由は、実質的な私兵。
我が家はあの高位冒険者と繋がりがあると周囲にアピールするだけで、賊や政敵に対する威嚇になる。
抱えの冒険者に情報収集や、表沙汰にできない任務を依頼することもあるらしい。
第二の理由は、優先買取の権利だ。
迷宮の深層や秘境から持ち帰る希少な品々を、一般市場に出回る前に最優先で買い取る。
それをコレクションして見せびらかしたり、独自のルートに流すことで富を得る。
時には、資金洗浄や脱税の手段として利用することもあるという。
そして第三の理由は、名声。
高位の冒険者ともなれば、吟遊詩人が世界中で詠う民衆の憧れだ。
まだ無名のころから目をかけて支援していれば、周囲からは先見の明があると評判を得られる。
その冒険者が活躍すればするほど、支援者は鼻高々なわけだ。
「無論、冒険者にとっても利がある。活動資金の提供、後ろ盾による身元の保証、そして前線を退いた後の職の斡旋などだな」
「なるほどな……でも悪いが、俺は金を積まれても裏仕事をするつもりは無いぞ?」
「はははっ! 父もバルの性格は把握していよう。期待しているのは、名声や素材の優先買取のほうだと思うぞ」
それなら安心だ。
冒険者として満足いくまで活動した後は、引退して村を守る生活に戻るつもりだしな。
「公子殿! 前方に村が見えてきましたぞ!」
御者台に座っているレギンの使用人の声が車内に聞こえた。
国都をたってからわずか三日だというのに、もう到着したらしい。
普通は順調でも七日はかかることを考えれば、この魔足馬車がどれほど優れたものであるかがよく分かる。
窓の外に広がる景色が、見覚えのある懐かしいものへと変わっていく。
久しぶりに家族や村のみんなに会えるという嬉しさが、じわじわと込み上げてくる。
そんな俺の感傷を壊すように、車内は賑やかになっていく。
「おっしゃ! ようやく着いたか! 久しぶりの料理、マジで楽しみだな!」
「鹿肉もいいけれど、ベアの肉があれば私は嬉しいねえ」
グルーとカリーは、早くも夕飯の話題で大盛り上がりしている。
「キファルメ家に恥じぬ、完璧な挨拶をせねば……格式高く……いや親しみを持って……」
「は、はじめましてっ! ら、ラロ・シュリー・クジシフと申します! あ、あの、バル君にはいつも、お世話になっておりましてっ……!」
こちらの二人はブツブツと挨拶の練習を繰り返している。
ラロにいたっては緊張のあまり噛み噛みだ。
「のどかでいい村ですね。バルさん、村にはどんなお店があるんですか?」
いつも通りに穏やかに話すのはムンゴだけだ。
(ムンゴ……お前がチームに入ってくれて良かったよ……)
心の中でムンゴに感謝する。
たびたび思うことだが、うちのメンバーは個性が強すぎるのだ。
全員の我が強く、リーダーとして意見をまとめるのに骨が折れることがある。
そんな中、良識派であるムンゴには助けられている。
(とくにレギンが騒ぎを起こさないといいんだけどな……)
そんな不安はあったが、やがて馬車が停止する。
俺は扉を開け、懐かしい故郷の地面へと降り立った。




