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ディグニティ・ストライド  作者: 果報寝待


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閑話 天才シェフ?


 学園・貴族寮

 

 レギンの広い自室には、備え付けの調理場から食欲を刺激する匂いがただよってきている。

 そこで料理している人物は、レギンでも彼お抱えの使用人でもない。

 バビさんだ。

 

「ずいぶんと長いこともっておるが、大丈夫なのだろうか……?」

「いい匂いと料理の音が聞こえているんだ、心配いらないだろ。それに本人が、完成するまで入ってくるなって言ってたしな」

 

 事の始まりは、訓練終わりの他愛たあいもない雑談だった。

 美味しい料理の話題になった際、バビさんは「自分の料理が一番美味しい」と断言したのだ。

 彼女の言葉に懐疑的かいぎてきな俺達に、それなら腕を振るって証明してあげると言い出し、今に至る。

 

「それにしても美味しそうな匂いだねえ。どんな物が出てくるのか楽しみだよ」

「なんでもいいから早く食いたいぜ……あと少し待って来なかったら、俺は食べに行くぜ……」

 

 訓練が終わってすぐに食材を買い込み、バビさんは調理場へともった。

 俺達はボードゲームをしながら待っていたのだが、そろそろグルーの空腹が限界のようだ。

 

「みんなー、出来たよ!」

 

 見計らったかのようなタイミングで調理場の扉が開いた。

 レギンの使用人によって、広いテーブルへと次々に並べられていく湯気を立てた料理の数々。

 どれも空腹の腹まで届く、たまらない香りを出している。

 目移めうつりするほど魅力的な品ばかりだったが、俺はまず切り分けられた肉から手を付けることにした。

 

 ナイフとフォークを手に持ち、肉に入れた瞬間から違っていた。

 ナイフは吸い込まれるようにスッと通り、桃色をした断面からはんだ肉汁が溢れ出す。

 恐れも迷いもなく、ただ舌と脳が求めるままにその一切れを口へと運ぶ。

 

「う、うまい……!」

 

 表面はカリッと香ばしく焼き上げられているのに、内側はパサつきが一切なくジューシーだ。

 肉の傷みを誤魔化ごまかすような塩辛さもなければ、香辛料を使いすぎていて舌がしびれるようなこともない。

 肉本来の旨味を最大限に引き出すための、計算され尽くした最低限の塩加減とスパイスの調和ちょうわ

 

 これはもう手料理という水準すいじゅんではない。

 超高級店で出されても、文句どころか称賛しょうさんしか出てこない品だ。

 そう感じたのは俺だけではないようで、カリーとグルーは無言で皿を貪り、ラロとレギンは口角を上げて味を堪能たんのうしている。

 


 あっという間に肉を平らげてしまい、吸い寄せられるように次の皿へと手を伸ばした。

 今度は色鮮やかな野菜料理。

 綺麗に切り揃えられた野菜達は、皿の上に絵画のように美しく盛り付けられている。

 それをフォークですくい上げて口に入れると、再び衝撃が走った。

 

 野菜そのものの旨味と甘み、そこに食欲をそそる酸味とハーブの香りがからみ合っている。

 ある野菜はあめ色になるまでじっくりと炒められて甘みを引き出され、ある野菜は心地よいシャキッとした食感を完璧に残し、またある野菜は形を崩さないまま芯まで味が染みている。

 見た目の美しさだけではなく、一口ごとに味も食感も多彩に変化する飽きさせない一品だった。

 

「このスープ、まったく雑味がないぞ。数々の食材が全て調和し、美味さだけが手を取りあっている……我が家の使用人より、腕が良いではないか!」

「こ、このパンも凄く美味しい! 硬くも酸っぱくもなくて、ふわふわで噛むたびに甘さが広がるよ!」

 

 全員が口々に料理を絶賛し、バビさんは有頂天うちょうてんになっている。

 逆にその言葉を聞いたレギンの使用人達は、一様に悔しそうな表情を浮かべていた。

 

「これで私の料理が一番だって、納得してくれた? 昔、救済活動の時に高級店へ潜入したこともあるからね。『天理機巧てんりきこう』を使えば、味の完全再現も、未知の料理を作るのもお手の物なんだから!」

「正直……いままで食べたどんな料理よりも美味しかったですよ」

 

 さらに得意げな顔になるバビさん。

 これほどの料理を味あわされたら、誰も異議をとなえられないだろう。

 だが……

 

「でもこれって……バビさんの手料理っていうより、『天理機巧てんりきこう』の手料理じゃないですか?」

 

 痛いところを突かれたのか、バビさんの動きがピタリと止まった。

 そして頬を膨らませると、ジトッとした目で俺を睨みつけてくる。

 

「……文句のある助手くんの分は没収です! 私の手料理は、他のみんなで楽しんでもらいます!」

 

 無駄のない動きで、俺の前から皿が取り上げられる。

 へそを曲げてしまったバビさんの機嫌を取るため、俺は必死になって彼女を褒めちぎる羽目になった。

 

 ようやく許してもらい、料理を返して貰えた頃には、せっかくの馳走がすっかり冷めきってしまっていたのだが……

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