第74話 雷角と知と技
巨大な魔鹿『ビジュリーディア』は唸り声をあげながら前足で地面を叩いて威嚇を繰り返している。
それを前にしてもバビさんは気後れせずに歩む。
四メートルほどの距離まで近づいたところで歩みを止め、腰の細剣を握りしめた。
──バシュッ!
なにか勢いのある音が鳴り、バビさんの右腕が霞んだ。
細剣は届かない距離にいたはずの『ビジュリーディア』が、悲鳴を上げてよろめく。
その前足からは血が噴き出している。
「なんで剣が届いてんだ!?」
「この細剣はね、五メートルまで伸縮できる魔道武具なんだよっ!」
バビさんは魔鹿の周囲を素早く駆け回り始めた。
一歩踏み込むたびに繰り出される、止まることの無い納刀と抜刀。
剣を抜き去るたびにバシュッという音が鳴り、『ビジュリーディア』に切り傷が刻まれていく。
「そしてこの鞘は、内部に蓄えた空気を噴射することで抜刀の速度を引き上げることができる!」
怒り狂った魔鹿の突進を、バビさんは軽く回避する。
そのまま十分な距離を保ち、伸縮する刃を振り続けた。
体中に無数の傷をつけたれた『ビジュリーディア』の頭部で、再び黒角が青白い閃光を迸らせる。
(不可避の電撃が来るぞ! あの距離でどうするつもりだ!?)
バビさんと魔鹿の距離はおよそ三メートル。
突進であれば躱せるし、伸縮剣なら一方的に攻撃できる間合い。
だが奴の放電は直線であれば十メートルはくだらない射程だ。
まともに喰らえば体が痺れ、下手をすれば死にかねない一撃。
「さて、ちょっと授業をしてあげるね」
危機的状況だというのに、余裕のあるバビさんの声。
「魔物の放電攻撃はね、空中に魔力で道を作ってそこに電気を流しているだけの見掛け倒しなんだよ。本物の雷ほどの威力はないの、だからその道に障害物さえ置いてあげればっ……!」
バビさんは頭上に向けて細剣を振り回した。
空を覆っていた巨木の枝が、バラバラと魔鹿の周囲へ降り注ぐ。
バチンッ!!
魔鹿の黒角から、網の目のような閃光が放たれる。
だがバビさんへ向かう電撃は空中の枝へ吸い込まれ、火花を散らして霧散した。
バビさんには火の粉すら届いていない。
「ね? こうやって簡単に防げるんだよ。それともう一つの弱点──」
バビさんは淀みない動作で腰から暗緑色のナイフを抜き、そのまま前方に投げつけた。
無駄のない見事な投擲だったが、俺やレギンが放つほどの速度ではない。
敏捷な魔物なら回避できる速度だが、『ビジュリーディア』はその場から一歩も動こうとしない。
「放電生物っていうのはね、別に本人に効いていない訳じゃないんだよ。普段は分厚い脂肪や魔力で作った絶縁体で身を守ってるけど、それでも電気は本人にも流れてる。だから全身を傷だらけにして血を流してあげれば……自分の電気で痺れて、少しだけ動けなくなるの」
ドスッ、と肉にナイフが突き刺さる音。
魔鹿の胴体に刻まれてあった傷口に、ナイフが正確に投擲されていた。
それで戦いは決着がついた。
『ビジュリーディア』の巨体はその場に崩れ落ち、ビクビクと痙攣している。
「このナイフはね、毒を吸い込ませると、その成分を傷口から一気に流し込むことができる魔道具なんだ。魔物の強力な猛毒を吸い込ませてあるから、みんなは触らないように気をつけてね」
バビさんは細剣に付着した血を布で拭い去ると、チャキンと鞘へと納めた。
振り返ったバビさんの顔は、これ以上ないというほどの自慢げな得意顔だ。
「勉強になりました……俺達がチームで挑んでも歯が立たなかった相手をたった一人で完封してしまうなんて。模擬戦の時は実力の一端しか見えてなかったのがよく分かりましたよ」
俺の言葉に、チームの皆も同意している。
「まあね! でも皆だってすぐに勝てるようになるはずだよ。対魔物の戦闘は実力って言うよりも、相手との相性や攻略法が大事だからね」
上機嫌になったバビさんのしたり顔はさらに大きくなる。
だがその子供っぽい態度に文句を言える者は一人もいなかった。
それほどまでに、彼女の戦い方は圧倒的だったのだから。




