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ディグニティ・ストライド  作者: 果報寝待


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第72話 大会後の日常


 学園・教室

 

 俺が座る机の前には、朝からちょっとした人だかりが出来ていた。

 俺が大会で優勝したから、ではない。

 注目の的なのは、机の上でふんぞり返っている一匹の青いトカゲ。

 カリーだ。

 

「聖獣様って普段は何を食べてるんですか?」

「どうしてバルと一緒にいるんですか!?」

 

 クラス中からの質問攻めにも、「カリーさんと呼びな」といつもと変わらない態度で周囲をあしらっているカリー。

 

 これまで人目を避けていたのに、なぜ教室で堂々としているのか。

 理由は昨日、俺に届いた数枚の紙。

 差出人はキファルメ公で、中身は『』聖獣入境免状せいじゅうにゅうきょうめんじょう』と『神聖共存誓約書しんせいきょうぞんせいやくしょ』だ。

 

 国には聖獣の売買禁止や正体不明の動植物持ち込み禁止、野生聖獣の私的捕獲禁止などの聖獣に関する法律がいくつも存在する。

 俺とカリーはそんな法律など知らず、騒ぎが嫌だからという理由で隠して入国してしまった。

 レギンに後から言われたことだが、密輸みつゆや不法入国の罪で投獄されても文句は言えないらしい。

 だからこれまでは信頼できる者以外にはカリーを隠し続けていたわけだが、その状態を解決してくれたのが公爵様だった。


聖獣入境免状せいじゅうにゅうきょうめんじょう

 これは国都がカリーの滞在と入出国を正式に認めた許可証。


神聖共存誓約書しんせいきょうぞんせいやくしょ

 これは教会が「この聖獣には害意はない」と公認した聖獣認定書であり、他国へ入国するさいにも通用するものだ。

 

 ちなみに『主責任追及法しゅせきにんついきゅうほう』という法律があり、カリーが起こした事件はすべて俺の責任になる。 

 どの書類も正式な手順を踏めば何ヶ月もかかる物だろう。

 それを俺への報酬として、公爵はこの短期間で手配してくれたのだ。

 

 こうして学園にも許可を取り、カリーは隠れなくてもよくなった。

 「暇だから授業の見学がしたい」と俺の肩に乗ってついてきたのだ。

 

「まさかバルがこんな隠し事をしてたとはな……いままで教えてくれなかったの、ちょっとショックだぜ?」

 

 人だかりの隙間から、シハラが声をかけてきた。

 

「ごめんごめん、信用してなかったわけじゃなくてさ。話すタイミングがなかっただけなんだよ」


  

 やがて講義が始まったのだが、教壇に立つササ先生の様子がおかしい。

 なぜかチラチラと、机の上のカリーへ視線を向けている。

 

(まさかササ先生……カリーのことを気にしてるのか?)

 

 龍をはじめとする古代の聖獣は、人智じんちを超えた知識が蓄えられていると本で読んだことがある

 植物を研究する学者でもあるササ先生からすれば、目の前にいる聖獣と話したくてたまらないのかもしれない。

 

 確かにカリーは長く生きてるし、博識はくしきでそれなりに含蓄がんちくがある。

 だが賢者かと言われると疑問だ。

 なにせ知識の大半は、旬の食材と美味しいレシピでしめられている。

 

 聖獣への畏敬いけいの念で緊張しているササ先生。

 俺はバレないように笑みを噛み殺した。



 -----------



 学園・談話室だんわしつ

 

 放課後の俺達はテーブルを囲んで何気ない談笑をしていた。

 話題は他愛のない日常のことから、真剣な迷宮攻略の計画まで。

 これからは冒険者ギルドでもカリーを隠さずに堂々と歩けるか、という話し合いをしていた時。

 背後から気配が近づいてくるのを感じた。

 

「助手くんー。授業がおわったなら私にかまってよー」

 

 後ろからガバッと抱きつかれ、首に柔らかな髪があたる。

 声の主はバビさんだ。

 いつものキッチリとした見た目と違い、切りそろえられた髪は寝癖で乱れて服装はラフな部屋着のままだ。

 

「バビさん……まさかその格好でここまで? 着替えくらいはしましょうよ……」

 

 バビさんは俺の背中に顔をうずめたまま「やだー! めんどくさいもーん」とまるで子どものように駄々をこねだす。

 

「ど、どうしたのだ一体? バビ殿の様子がいつもと違うようだが……」

「ああ、そういえばまだ言ってなかったな」

 

 驚いているレギンとグルー、そして状況が理解できていないラロとムンゴ。

 同クラスのためレギンとグルーは面識があるが、そういえばラロとムンゴはバビさんと初対面になる。

 俺は紹介も兼ねて、この状況を説明することにした。

 

「ラロ、ムンゴ、この人はバビさん。前に話した美容師の事件を予知した人だよ。いつもはしっかりした人なんだが……今は事情があってな」

 

 模擬戦の決勝で、バビさんは演算能力を全力稼働させた。

 普段は抑えているらしいが、どうやら脳に過負荷かふかをかけたことで副作用が出てしまったらしい。

 感情の起伏きふくが激しくなったり、誰かに甘えたり、ようするに子どものようになってしまうと決勝の後に本人から聞かされた。

 決勝戦から二日たっているが、いまだこの状態だ。

 

「いわゆる、幼児退行ようじたいこうってやつですかね?」

「なるほど。だからこの数日、講義に姿を見せなかったのか」

「頭使った反動でバカになっちまってるってことか? そりゃ気の毒だな、俺なら絶対にいやだぜ」

「グルー坊はもうお馬鹿なんだから、心配しなくてもいいんじゃないかい?」

 

 皆がわいわい話す中、ラロが突然ガタッと立ち上がった。

 

「ば、バル君から離れてください……! 嫌がっていますっ!」

 

 ラロは顔を真っ赤にしながら、必死にバビさんを俺から引き剥がそうとしている。

 だがバビさんの鍛え抜かれた体に、後衛のラロが敵うはずがなかった。

 バビさんは微動だにしていない。

 

「えー? 助手くんいやじゃないよねー? お姉ちゃんが大好きだもんねー」

 

 なぜだか分からないが、この状態のバビさんは俺を弟として扱ってくる。

 ラロの健闘もむなしく、俺はバビさんの気が済んで自然に離れてくれるのを待とうと諦めた。

 しかしバビさんの発言に、もう一人立ち上がる。

 

「なんだと!? バルが本当にしたっているのは兄である俺に決まってるだろ!」

 

(……どっちも血縁関係はないのに、何を言ってるんだこいつらは……)

 

 「離してください!」「助手くんは私の弟なのー!」「いや俺の弟だ!」とヒートアップしていく三人。


 三方向から引っ張られてガクガクと揺れながら、俺はこの状況が収まるのを待つしかなかった。

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