第70話 兆し潰え、天理は顕る
笑みを浮かべた俺を見て、バビさんの表情に警戒が走った。
わずかに重心を後ろに傾け、即座に回避へ転じられるよう身構えているのが分かる。
俺は構わずに腰を深く落として左手の木剣を半身に構え、一気に距離を詰めた。
踏み込みと同時に、木剣を真っ直ぐに突き出す。
突き。
それは俺が普段は選択しない攻撃だ。
レギンの刺突をイメージしただけの、見様見真似のぎこちない動き。
案の定、バビさんは軽々と横に躱し、返しの細剣を振るおうとした。
そのすれ違いざま──
──ビシッッ!
突きで完全に伸びきっていた俺の左腕が、真横へと弾け飛んだ。
予期せぬ方向から振るわれた木剣が、バビさんの胴を掠める。
バビさんが驚愕に目を見開き、距離をとる。
その表情を見て俺はさらに口角を上げた。
(成功だ! やっぱりこの動きは読めていない!)
今俺がバビさんの予測の裏をかいた方法。
それは『己力投写』による体の駆動だ。
通常は突き出した腕を横に動かすには、筋肉を縮める、関節を曲げる、体重を移動させるなどの予備動作が必ず発生する。
バビさんの予測演算は、その動きを捉えて未来を視ているんだろう。
だが今の攻撃に予備動作は無い。
伸びきった腕に『己力投写』の押す力を使い、腕を真横へと弾いて剣を振るった。
能力を込めた俺の腕は光を放つ。
だがそれが『威力と速度を上げるため』なのか『剣を予想外の方向へ動かすため』なのかを外見から区別することは出来ない。
予備動作が完全にゼロの、変則的な軌道変更。
バビさんの予測演算には今『起こり得る、無数の未来の分岐』が映り込み、大混雑を起こしているはずだ。
「らあァッ!!」
俺は息つく暇を与えずに、次々と木剣を振るう。
振り下ろした剣が不自然に跳ね、横薙ぎが直角に折れ曲がる、電光の如き不規則な軌道で剣が踊る。
緩急の激しい、予測不能の剣舞。
即興ゆえに荒削りで非効率な動きだが、今はそのデタラメさが武器だった。
バビさんの顔に明確な焦りが浮かび、彼女はたまらずに後方へと大きく跳び退いた。
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「ハァ……ハァ……」
バビは大きく肩を揺らして、今しがた叩き込まれた技への対処法を考えていた。
(……土壇場での底力、そして発想力。やっぱりそれが助手くんの強みだね……)
本人から聞いたこれまでの戦闘、そして今の戦い。
バビの予測演算が導き出す『バル』という男の脅威はその一点に尽きた。
ただ物体を『押す』だけという、シンプルで単純な能力。
一見すれば汎用性のない能力に思える。
実際、並の人間が使えば武器の威力を底上げするだけの力押しで終わるだろう。
だがバルの使い方はあまりにも型破りだった。
土砂を爆ぜさせて土煙を作り、空を踏み込み空中を走る、果てはノーモーションの一撃を放ってくる。
(全てを利用する柔軟な発想と、それを実現させてしまう地力。……本当に強いよ、助手くん……使いたくないけど、勝つにはこれしかないよね!)
友人に起こる死の危機を今ここで潰すため、バビは腹をくくった。
抑え込んでいた自身の能力へ、静かに意識を委ねて身を任せる。
「『天理機巧』……。──助手くんを倒して」
小さく、祈るような呟き。
バビの体から、訓練所を塗り替えるほどの光が放たれた。




