第67話 影を地に置き、巨躯は頽る
ディレ・ダナーブ。
彼は小さな農村の貧しい家で生を受けた。
十を過ぎても彼の体は赤ん坊のように小さく、一向に大きく育つことはなかった。
労働力にならないと両親からは疎まれ、村の者からはノミだ豆粒だとからかわれる日々。
そんな彼が巨人化能力『威躯凌天』に目覚めたのは、必然と言えるかもしれない。
(おらはこんな小せえ村に収まる男じゃねえ。国都さ行って冒険者になるんだ! 大金稼いで、べっぴんな嫁を連れて、みんなを見下ろしてふんぞり返ってやる!)
死にものぐるいで働き、国都までの旅賃を稼いだ。
それからの歩みは、自分自身でも驚くほどに上手く転がり始める。
偶然耳にした学園の試験、それに見事合格し入学。
仲間にも恵まれ、低級迷宮の踏破も順調そのものだった。
(ほら見ろ! チームのみんなも、おらを頼りにしてる! やっぱりおらは村で一番すごい男だったんだ!)
彼が傲慢になればなるほど、能力も飛躍的な成長を遂げていく。
目覚めた頃は二メートルほどにしか変身できなかったが、今や十五メートルを超える大巨人。
これまで魔物を怖いと思ったことは無い。
ディレの中の強さとは大きさだ。
見下ろすだけで敵を震え上がらせる圧倒的な質量。
それを持たない矮小な存在など、自身の足を汚すだけの虫けらでしかなかった。
そして今、足元を駆け回っている男のことも同じ枠に当てはめてしまう。
(ちょこまかと鬱陶しいだ! おらには逆立ちしたって勝てないって分からねえだか!?)
対戦相手の攻撃など、さっき足を薄く切り裂いたのが精々だ。
なぜ降参しないのか、なぜ自分の蹴りが当たらないのか。
湧き上がる苛立ちに任せて巨人の踏みつけは激しくなっていく。
(……む? そうか、これが狙いだったんか!)
自身の激しい蹴りによって土砂が舞い上がった。
訓練所は濃密な土煙に覆われ、対戦相手が見えなくなる。
しかしディレは慌てなかった。
木剣で叩かれたところで痛くも痒くもない。
次に足を叩いてきた瞬間、潰してやる。
そう考えてディレは足元の土煙をじっと凝視した。
下ばかり見つめる彼は気がつかない。
自身の背後、空中に脅威が迫っていることなど。
「『己力投写』ッ!!」
予期せぬ背後からの声。
驚いた巨人が振り返ると、木剣が彼の眼球を切り裂いた。
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「ヴオオオォォッ!?」
(よし! 上手くいったぞ!)
巨人が顔面を両手で覆って絶叫している。
俺はその隙に、空中で後退した。
何も無い虚空で足を踏み込むと、まるでそこに地面があるかのように俺の体は移動する。
上空にある奴の顔面に接近する作戦、それは『己力投写』による空中歩行。
ただ単に自分の体を上に押すだけの浮遊では、一方向にしか進めない。
速度も遅く、実戦での小回りも利かない。
そこで思いついたのが、足の裏に能力を集中させる方法だ。
足裏から上に向けて『己力投写』の力を放ち、それを踏み込み反発を生む。
左右の足で交互に行うことで、俺は地面を全力で疾走するのと変わらない速度で空中を移動する手段を手に入れた。
(だが、これは長く持たないな……!)
俺の額からは滝のように汗が流れている。
足を動かす度に、高速で能力の発動と解除を繰り返さなければならない。
左右の切り替えを一度でも誤れば、待っているのは上空からの落下だ。
その緊張感が俺の体力と精神を削っていく。
(二つ目の技で一気に勝負を決めるッ!)
一つ目の思いつきの技はこの空中歩行。
そして二つ目の技は──
俺は空中で距離を詰め、顔を押さえて悶絶している巨人の肩へと飛び移り手を突いた。
「『己力投写』!!」
俺の膂力と同等の力を持つ『己力投写』だが、この巨体を押し倒すにはあまりに力不足だ。
なら、一撃ではなく絶え間ない連続ならどうか。
それが俺の二つ目の思いつき。
巨人の肩に手を押し当て能力を発動した瞬間に解除し、すぐさま再び発動する。
ドドドドドドドドッ!!
激しく叩きつける轟音が連続し、巨人が大きく体勢を崩す。
これほどの巨体はそうとうな重量だ。
一度重心が崩れてしまえば、体勢を立て直すのは厳しい。
ズシィィィンッ!!!
巨人が尻もちをつき、訓練所が地震のように揺れる。
俺が更なる追撃を叩き込もうとすると。
「やめてぐれえ! おらの負げだ、負げだあっ!」
涙と悲鳴を上げたディレの身体が縮んでいき、地面にうずくまった。
「そこまで! 勝者バル君!」
その瞬間、訓練所を震わせる大歓声が、観戦席から一気に降り注いだ。
「嘘だろ! あの巨人をひっくり返しやがった!」「よくやったぞー!」「あいつに大金賭けてたのにクソッ!」「決勝も応援してるわよ!」
巨人の派手な戦いを目当てに集まっていた生徒達が、口々に興奮した声を上げている。
俺は地面にうずくまって涙を拭っているディレへと歩み、声をかけた。
「いい試合だったよ。目の怪我は大丈夫そうか? 一人で歩けるか?」
「うぅ……な、なんとか。目が痛いだけだべ」
ディレは目を押さえながら、立ち上がりそのままトボトボと歩いていった。
まだ余力はあるように見えるが、戦意が完全に折れてしまったのだろう。
俺は観戦の中からチームのみんなの姿を探した。
「いい戦いだったぜバル! それにしても、あんな奥の手まで隠し持ってるとは驚いたぜ!」
真っ先に身を乗り出して叫んだグルーの言葉に、隣のラロとレギンも同意するように頷いている。
「ただの咄嗟の思いつきだよ。決勝戦が始まるまで少し休んでくる。また後でな」
仲間に軽く手を振り訓練所を後にした。
待合室へと戻り、流れる汗を拭いながら深い呼吸を繰り返す。
目を瞑り、ベンチに腰掛けていると扉が開いた。
「あ、助手くん。勝てたんだね、あの巨人の子に」
入ってきたのはバビさんだ。
「ディレのこと知ってたんですか?」
「うん、去年戦ったからね。あの頃はまだ六メートルくらいだったから勝てたけど、十五メートルは厳しそうだと思ってたんだ。助手くんが勝ってくれてよかったよ」
バビさんはいつもと変わらない様子だ。
けれど、体からは焦げ臭い匂いが漂ってくる。
「私の相手もなかなか強かったよ。火の能力だったんだけど、無理に突っ込んだら少し髪が焦げちゃった……。せっかくスカーナに綺麗にして貰ったばっかりだったのにな……」
バビさんは焦げて縮れてしまった金髪の毛先を、残念そうに指先で弄っている。
「ラロの光なら髪の焦げでも治せますよ。あとで頼んでみましょうか?」
俺が提案すると、バビさんは嬉しそうな顔で「お願い!」と両手を合わせてきた。
あと数分もしないうちに、俺達は鎬を削り合うことになる。
それは分かっているはずなのに、バビさんのどこか弛緩した空気にこちらの気まで緩みそうになってしまう。
(……もしかしたら、これもバビさんの術中なのかもしれないな。この人、普段は子供っぽいけど計算高いからな……)
バビさんの年齢は知らないが、おそらく俺より五つか六つは年上だろう。
その予測能力で人助けを繰り返し、あまたの修羅場を潜り抜けてきているに違いない。
油断すれば、彼女のペースに飲み込まれてしまう。
俺は心でぐっと気を引き締め直して会話を続けた。
絶対に勝ちを掴む。
俺の胸では、熱い闘志が激しく燃え盛っていた。




