第66話 偉躯、空を狭む
勝者の待合室に残っているのはわずか四人。
全員の体や革鎧に、ここまでの激戦を語る汚れと傷が刻まれている。
ピリピリとした緊迫感が張り詰める室内。
その中にはバビさんの姿もある。
準決勝という張り詰めた空気など受け流し、鼻歌を歌いながら装備を点検している。
「ディレ・ダナーブ君、バル君! 第一訓練所まで来てください!」
呼び出しの声がかかる。
気を引き締めて立ち上がり部屋を出ようとした時、後ろからバビさんに声をかけられた。
「助手くん。決勝で戦うの楽しみにしてるよ」
その言葉に足が止まる。
バビさんからの期待、これからの勝負への不安と昂り、そして雪辱を果たしたいという執念。
様々な感情が湧き上がり、入り混じる。
俺は熱をすべて肺に満たしてから、空気と一緒に吐き出してふり返った。
「バビさんこそ、俺と戦うまで負けないでくださいよ。……俺は勝ってきます」
それだけを言い残して今度こそ歩き出した。
背後でバビさんが「ふふっ」と嬉しそうに笑い、装備の点検に戻る気配が伝わってくる。
我ながら格好つけた台詞を言ってしまった。
言ったからにはもう勝つしかない。
(もしここで負けたら……バビさんにも、チームのみんなにも死ぬほどいじられるだろうな……)
色んな意味で負けられない。
拳を握り込むと、不思議と闘志が湧いてくるのを感じた。
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「まずは正面に立ち、挨拶を!」
目の前に立つのは、黒い短髪の小柄な男だ。
下手をすれば子供と見間違えるほどの低身長。
だが大会を勝ち上がって準決勝の舞台に立っている。
体格の不利を覆す何かを持っているのは間違いなかった。
俺は内心で警戒心を引き上げる。
「おらはディレ! よろしくな!」
「バルだ。よろしく」
握手をかわして距離を取る。
俺は左手の木剣を半身に構えた。
対するディレは完全な無手。
それどころか防具すら身につけていない。
完全な普段着、だというのに顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「準備はいいですね? 始め!」
開始の合図が響く。
俺は審判であるササ先生が、通常よりも随分と大きく距離を取っているのが気になった。
(どうしてあそこまで離れる必要があるんだ? ディレの能力は広範囲を巻き込むタイプなのか……?)
その疑問の答えは、数秒と経たずに知ることになる。
「『威躯凌天』!!」
ディレの叫び、その小柄な体に異変が生じた。
肉が、骨格が、爆発的に膨れ上がっていく。
ビリビリと服が引き千切れ、落ちる影が巨大化していく。
「ま、マジかよッ……!」
頭には猛獣の牙を組み立てたような王冠。
粗雑な毛皮の腰布を纏い、背中には穴だらけの紫の外套。
空が狭く見えるほどの、十五メートルを超える巨人が俺を見下ろしていた。
「ヴォォオオオオオッ!!」
訓練所をビリビリと震わせる咆哮。
巨人の足が動き出す。
ズガァァァッ!!
地面を豪快に抉りながら迫り来る巨大な蹴り。
俺は『己力投写』を足に込め、横方向へと全力で跳躍して躱した。
嵐のような突風が吹き荒れ、土石が飛び交う。
(こんな規格外の能力があるのか……! この風圧、幻覚や虚仮威しじゃない。巨体に見合うだけのパワーがある!)
足元の虫を払うかのように、巨人は次々と蹴りを繰り出してくる。
直撃すれば一撃で終わる攻撃を、俺は紙一重で躱し続けた。
迫り来る巨木のよつや太い足。
それを躱し、すれ違いざまに木剣を思い切り振り抜いた。
「『己力投写』ッ!!」
常人であれば昏倒し、骨折や打撲は免れない威力。
最大出力で振るわれた木剣は、巨人の分厚い足をほんの僅かに裂く程度で止まってしまった。
(クソッ! これだけの巨体相手、木剣じゃ致命傷を与えるのは厳しいぞ……!)
いつもの黒剣であれば、少しずつ削っていけばいい。
足の腱を切れば、倒れさせることもできたはずだ。
しかし圧倒的な肉の鎧の前では、木剣で何度足を叩こうが勝つことは出来ない。
(……下をウロウロしても意味が無い。どうにかして体を登って、目か耳の穴に直接剣を叩き込むしかない!)
俺を踏み潰そうとする巨人を睨みつける。
遥か上空、十五メートルを超える高さにあるその頭。
そこへ接近するための作戦が脳裏に閃いた。
俺は、その無茶な賭けに出ることを決意する。




