第65話 重き牙、彼方に影す
訓練所の隣にある救護室。
そこで俺の体は温かな光で包み込まれていた。
切り傷、擦り傷、打撲痕。
かなりの怪我だったが、光に包まれるたびに痛みが引き体が健常な状態へと戻っていく。
「に、二回戦突破おめでとうバルくん。あんなに強い人達に勝つなんて本当に凄いよ!」
「ありがとなラロ。……正直、新技の制御を一度でも失敗してたら、負けてたのは俺の方だよ」
「おいおい謙遜すんなって。話を聞く限り、どっちもなかなかの強敵じゃねえか」
「うむ、さすがはバルだ。それでこそ我が認めたチームのリーダーに相応しいというものよ!」
聞き慣れた声が混じる。
声の主はグルーとレギンだ。
レギンは初戦で負った怪我の治療中。
グルーはというと、レギン戦で能力を酷使しすぎたせいで体力を使い果たし、二回戦棄権となってしまったらしい。
「今回は本気で優勝を目指してるんだ。二人の分まで暴れてくるから、期待しててくれよ」
「う、うん! 応援してるね!」
「へへ。俺達の分も頼むぜ、バル」
「後学のためにじっくり観戦させてもらうぞ!」
怪我か治ったのを確認し、俺は救護室を後にした。
再び足を踏み入れた待合室は人数が疎らになっている。
勝ち残った強者達が放つ殺気と緊張感が部屋に満ちている。
そんなヒリついた中で、いつも通りの緩い空気を纏っているのはバビさんくらいだ。
このまま互いに勝ち上がれば、いずれあの人とも当たる。
一年前の俺とは違う。
それを実力で示してみせる。
俺は次の呼び出しの声を待った。
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三回戦の相手も知った顔だった。
一年前よりもさらに鍛え上げられた巨漢が、片手斧と盾を構えて立っている。
「ようやく当たったな。一年前の借りはきっちり返させてもらうぞ、バル!」
タウルだ。
一年前の模擬戦大会、一回戦で激突した相手。
あの時は重力の能力に苦戦を強いられ、辛くも勝利をもぎ取った。
「俺もこの一年、ただ遊んでたわけじゃない。前のようにはいかないぞタウル」
互いに笑みを浮かべて握手を交わし、距離を取る。
「準備はいいですね? では始め!」
開始の合図。
俺もタウルも一歩も動かない。
互いの能力は、去年の戦いで知っている。
タウルの『千斤落』の射程は半径三メートルほど。
不用意に近づけば高重力に捕まり、かといって投擲を放ってもその重力で叩き落とされるだけだ。
こちらが見せていない手札はシハラ戦の『相殺防御』とイブ戦の『空中静止』。
これをどう切るべきか。
互いに決定打を欠き、膠着が続くかと思われた時。
タウルが斧を前方へと突き出した。
「新しい遠距離攻撃は用意してねえみたいだな。ならこっちから行かせてもらうぜ! 『千斤落・線』!」
タウルとの距離はおよそ十五メートル。
斧の間合いでも、重力能力の範囲でもない。
だが俺の直感が警鐘を鳴らす。
俺は真横へと飛び退いた。
ドンッ!
先程まで俺が立っていた地面が、目に見えない巨大な剣を振り下ろされたかのように縦一文字に深く陥没した。
この攻撃は……!
「重力を線状に集中して放ったのか!」
「正解だ。一目で看破するとはな、やはり侮れん男だな」
一部の能力はその範囲を限定や圧縮することで、出力を高めたり射程を伸ばしたりすることができる。
タウルの新技はその両方。
十五メートル先まで届く、不可視の重力斬撃。
地面に刻まれた深い溝を見れば、生身で受けきれる威力ではないことなど一目瞭然だ。
「これが俺の一年の成果、重力斬撃だ! 降参するなら今のうちだぞ!」
タウルが再び斧を振るう。
ドンッ! ドォンッ!
連続して放たれる斬撃。
俺は『己力投写』を足に込め、紙一重で避け続ける。
(……横方向への薙ぎ払いは来ないな。あくまで重力、上から下への垂直な攻撃だけか。それなら!)
俺は訓練所を駆けて翻弄し、タウルが一瞬呼吸を置いた隙を突いて能力を発動した。
地面に手をつけて能力を走らせる。
ドシャッ!
訓練所の土砂が打ち上がり、濃い土煙が立ち込めた。
(これなら俺を正確に狙うことは出来ない。この煙に紛れて一気に間合いを詰める!)
だがその思惑が実現することはなかった。
土煙の向こうでタウルが野太い声で叫ぶ。
「『千斤落・広』!」
その宣言と同時。
舞い上がっていた大量の土砂が地面へと叩きつけられた。
俺の体にも重力がのしかかる。
「ふふ、バル。俺のことを舐めてるんじゃないか? 一年の成果がたった一つだけだと思ったか!」
勝ち誇るタウルの言葉を聞き流し、俺は自身の状態を確認する。
(重い……が、動けるな。範囲は広いが重力は弱いって所か。だが目眩ましは封じられた。何か攻略の糸口を見つけ──)
「『千斤落・線』!」
タウルがすかさず追撃かける。
広範囲重力を維持したまま、重力斬撃を併用できるとは思っていなかった俺は、完全に不意を突かれ慌てて飛び退いた。
しかし重力斬撃は飛んでこない。
「ブラフかよッ!」
「おおぉぉォ!!」
嘘の宣言に釣られ、無理な回避で体勢を崩した俺の眼前にタウルが肉薄していた。
振り下ろされる斧をかろうじて躱し、すれ違いざまに返しの剣を振るう。
だがタウルの円盾に容易く防がれた。
広範囲重力の影響下で、水の中のように動きの鈍る俺とは違いタウルは万全のキレで動いている。
「『千斤落』!」
「くッ……!」
接近されたことで、タウル本来の強力な重力圏に捕らわれかける。
俺は命からがら後ろへと飛び退いて、大きく距離を取った。
(重力は本人に影響なし。距離を取れば斬撃と範囲重力。近づけば高重力。……一か八か賭けるしかないか)
重力斬撃を躱し続け、俺の体力は削られていく。
俺はまだ動けるうちにすべてを決するべく、タウルへと真っ直ぐ駆け出した。
対するタウルは斬撃を飛ばしてくる様子もなく、どっしりと構えて俺を待ち受けている。
俺は高重力圏に突入する前に、足元の土を思い切り蹴り上げた。
舞い上がった土が重力に捕らわれ、タウルへと降り注ぐ。
だがタウルは慌てない。
当然だ、これは一年前の大会と同じ手だからだ。
「うおぉぉおッ!!」
タウルは土が入らないように腕で防ぎ、周囲へ斧を激しく振り回した。
手当たり次第に放たれた、どこにいても切り刻まれる猛威だが俺に届くことはない。
自身を覆った影に気がつき、タウルが上空を見上げる。
俺とタウルの目が合った。
俺は地上から突っ込んだのではない。
高重力圏の上空から侵入したのだ。
「おおおッ!」
上空四メートルから自由落下する俺に、タウルが斧を振り抜いた。
(ここだ!)
俺の体がピタリと静止する。
高重力でも浮遊出来るかは賭けだったが、一瞬だけ静止することが出来た。
それで十分。
斧が空を切って通り過ぎる。
「『己力投写』ッ!!」
高重力によって増した落下速度と木剣の重量。
そこに俺の膂力と『己力投写』を上乗せして振り下ろす。
メギョッ!!
凄まじい衝撃が手に届く。
木剣はタウルの肩へ深くめり込み、力に耐えられずへし折れた。
タウルがその場に崩れ落ちる。
「そこまで! 勝者バル君!」
肩の骨を砕かれたタウルは、救護班によって担ぎ込まれていった。
俺も鈍い足取りで救護室へと向かう。
四メートルを超える跳躍で両足が悲鳴を上げていた。
(さすがにやりすぎたな……あとでタウルには謝りに行かないとだな)
救護室へ向かう俺の耳に、隣の試合場からの轟音が聞こえてきた。
周囲を見回すと、俺とタウルの試合の観戦は随分と少ない。
どうやらあっちでは、俺達の死闘が霞むほどの派手な戦いが繰り広げられていたらしい。
さらなる激戦の予感に痛みを忘れて身震いした




