第64話 無形の力、宙を停む
いくら待っても、グルーもレギンも待合室に帰っては来なかった。
試合が長引いているのか、それとも怪我をして医務室へ担ぎ込まれたのか。
俺は不安を振り払うように息を吐き、目の前の試合に集中することにした。
「俺はバル。よろしく」
「イブ・マノシャクティです! よろしくお願いします!」
握手を交わした対戦相手は、小柄な女の子だ。
切り揃えられた赤いショートヘアに、華奢な体格。
左腕には小型の円盾をくくり付け、右手には細身の片手剣を携えている。
だが外見は何の指標にもならない。
増幅系であれば、あの細腕で岩をも砕く。
俺は警戒を最大限まで引き上げ、木剣を構えた。
「準備はいいですね? では始め!」
開始の合図と同時、イブが左手を突き出してくる。
「『五後念捻』!」
反射的に力を込め、回避出来るように身構える。
……だが何も起こらない。
火が飛び出すわけでも、俺の身体に不調が起きるわけでもなかった。
(ブラフか? なんの意味が……)
意図を探るため思考を巡らせた次の瞬間。
ビシィッ!
不可視の力が俺の全身を締め付けた。
幾重にも縄を巻き付けられたように動くことができない。
笑みを浮かべたイブが、片手剣を構え距離を詰めてくる。
「ッ『己力投写』!!」
自身の体を押し飛ばし、地面を転がりながら攻撃を躱す。
土にまみれながら立ち上がると、先ほどまでの拘束は無くなっていた。
(拘束能力か!? 範囲や時間は──)
「『五後念捻』!」
能力を推察する時間など、彼女は与えてくれない。
ふたたび突き出された左手。
やはり直後には何の変化もない。
だが俺は足に『己力投写』を込めて、真横へと跳躍した。
バチィンッ!
先程まで俺がいた空間に、鞭のような音が鳴る。
衝撃波で土が舞い上がった。
イブは「くそっ!」と悪態をついている。
俺は漠然とだが、能力の正体を掴むことができた。
(念動力ってやつか! 初撃と今の攻撃……発動から効果が現れるまで、数秒の遅延があるんだろうな)
その遅れを突く。
俺は加速し、訓練所を縦横無尽に駆け回った。
『己力投写』による高速移動と、不規則な蛇行。
数秒後の位置を絞らせないための撹乱だ。
左右へ激しくステップを刻み、一気に彼女の懐へ飛び込もうとする。
──しかし、それだけで勝てるほど甘くは無かった。
「『五後念捻』!」
イブは手を突き出すのではなく、左手を横に大きく薙いだ。
五秒後。
俺の身体が宙へと跳ね上げられた。
視界が回り、まるで大型の魔物に激突されたような衝撃。
俺は訓練所の中央から一気に壁際まで吹き飛ばされた。
「が、はっ……!」
視界が点滅し、意識が暗転しかける。
当然、その好機を彼女が逃すはずもない。
「『五後念捻』ッ!」
俺の上空の空間が歪む。
こちらを押し潰そうとする、不可視の力が解放されようとしていた。
「こ、『己力投写』ッ……!!」
朦朧とする意識の中、能力で無理やり体を起こす。
転がるように回避した直後。
地面が巨大な岩を落としたかのように陥没した。
(縛るだけじゃない……不可視の力で攻撃も出来るのか! あんな威力、何度も喰らえないぞ……!)
痛みを堪えて走りながら、少しでも呼吸を整えて体力の回復を図る。
イブの攻撃は止まらない。
地面が爆ぜ、真空の刃が飛び、空気の矢が降り注ぐ。
俺の体に傷が増えていく。
動きを少しでも止めれば、あの全身拘束が飛んでくる。
能力の宣言から発動まで、体感で五秒。
本来なら欠点と言える遅延。
だが発動される攻撃が多種多様すぎる。
五秒後に何が来るのかを読み切り、完璧な回避をし続けなければならない。
肉体の疲労だけではなく、精神的負荷が俺の動きを徐々に鈍らせていく。
(相手に疲労の色はない。……このまま長引けば俺が先に尽きる。どうにか間合いを詰めて、一撃で決める!)
走りながら投擲を放つが、回避に能力を割いているため容易に盾で弾かれる。
俺は覚悟を決めて、イブへと真っ直ぐに地を蹴った。
「『己力投写』ッ!!」
イブまでの距離は遠く、能力を全開にしても五秒では届かない。
確実にもう一発攻撃が飛んでくる。
「『五後念捻』!」
能力の宣言。
上から押し潰してくるか、横から吹き飛ばしてくるか、それとも正面から切り刻んでくるか。
満身創痍の俺に次の直撃は耐えられない。
回避の選択を間違えれば負け。
俺が選んだ賭けは──
ダンッ!
踵で地面を蹴り、体を空へと近づける。
三メートルほど跳躍し、放物線を描く俺の体に異変はない。
(賭けに勝った……! 地上を狙う攻撃だったのか。このまま着地して一気に切り込む!)
そう考えた俺の目に、笑みを浮かべているイブの顔が飛び込んでくる。
突如土砂が巻き上がり、凄まじい突風が吹き荒れた。
彼女を中心に、すべてを吹き飛ばす旋風が渦を巻く。
空中で放物線を描く俺は、あの嵐に突っ込み無残に弾き飛ばされる。
イブも審判も、観戦の誰もがそう確信した。
「え……っ!?」
イブが驚愕に固まる。
俺の身体が、重力を無視して空中で完全に停止したからだ。
竜巻を避けるための打開の一手。
俺は『己力投写』の押す力で己の体を持ち上げ続けることで、浮遊を成立させた。
五秒後。
目の前の激しい竜巻がぴたりと止む。
「らぁッ!」
俺は宙に浮いたまま、手の木剣を全力で投げつけた。
ガンッ!
木剣は彼女の円盾に弾かれる。
それで十分だ。
意識が逸れた一瞬の隙に俺は着地し、イブの胴体へと手を添えている。
「『己力投写』ッ!!」
俺の筋力と能力による押す力。
二つの力を掌底に込めてイブの腹部へと突き出す。
ガァンッ!
イブの華奢な体は吹き飛び、訓練所の壁に叩きつけられて意識を失った。
「そこまで! 勝者バル君!」
空中に留まるという技は練習していた物だが、即座に実行できなければ負けていたのは俺だった。
この一年で成長したのは俺達だけではない。
他のみんなも死線を潜り、強くなっている。
頭では分かっていたつもりだったが、苦戦と痛みでようやく実感できた。
「……痛ッ……まずはラロのところだな」
俺は怪我を治してもらうために歩き始めた。




