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ディグニティ・ストライド  作者: 果報寝待


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第61話 友が鋼、掌に宿る


 待合室は張り詰めた空気で満ちていた。

 誰もがこの後の戦闘に向けて己の心身を研ぎ澄ませている。

 あの事件から日がたち、今日は二つ星の生徒達による模擬戦大会の当日だ。

 

 隅の方では、秘密特訓から帰ったばかりのグルーが全身に傷跡を残したまま座っている。

 皮膚は裂け、爛れ、擦れているがその目は以前よりも鋭い。

 彼は大剣を無言で正眼に構え、深く集中の中にいた。

 

 一方のレギンは、完治した腕の感触を何度も確かめている。

 拳を握り込み、腰の細剣を音もなく抜き放つ。

 空を切り裂くその感触に満足したのか、彼は静かに目を閉じた。

 

 俺もまた、装備の点検を繰り返しながら戦意を高めていく。

 同じ場所、同じ大会。

 けれど俺達の間に言葉は無い。


(……次は負けない)


 全員が同じ思いを胸に抱いているのが空気だけで分かった。

 この一年でどれだけ成長したのか、確かめたくて体がうずいて仕方ない。

 試合開始前だというのに、部屋の気配は戦場のそれへと変貌していた。

 だがそんな殺気を物ともしない人物が一名。

 

「ねえねえ助手くん。私が優勝したら今度こそ事件解決に付き合ってよね」

 

 あの事件以来すっかり助手認定されてしまった俺は、バビさんの予知解決によく駆り出されていた。

 だがその内容は、迷い猫探しや不倫現場の特定、あるいは喧嘩の仲裁などの生死に関わらないものばかりだ。

 人助けは嫌いじゃないが、俺にだって自分の修練がある。

 最近は重大案件以外、断り続けていた。

 

「バビさん……集中したいんで今は勘弁してください」

「え? 普段通りにしてなきゃ、本当の実力なんて分からないよ。もっと気楽にやらないと体が強張っちゃうし」

 

 一理あるなと思ってしまうのが少しだけ腹立たしい。

 結局、彼女にペースを乱され続けて俺の集中時間は幕を閉じた。

 ついに俺の名前が呼ばれたのだ。

 

「次! バルくん、シハラ・パンガくん!」

 

 俺は立ち上がり歩き出す。

 対戦相手のシハラは友人だ。

 歳も近く、迷宮の情報交換や合同訓練を何度もしている仲だ。

 当然、互いの能力は知っている。

 

「一回戦からバルかよ……勝っても負けても恨みっこなしだぜ」

「ああ、望むところだ。まあ勝つのは俺だけどな」

「へっ、言ってろ。お前の知らない隠し玉はいくらでもあるんだぜ?」

 

 不敵に笑うシハラの言葉に嘘はないだろう。

 俺だって最近完成した、チームの仲間ですら知らない技がある。

 友人だろうと手加減できる相手じゃない。

 

「準備はいいですね? では始め!」


 俺は左手に木剣を握りしめて半身の構えを取る。

 右手には投擲用の木の玉だ。

 対するシハラは武器を持たずに両手をぶらりと下げている。

 装備は最低限の急所を覆う革鎧のみ。

 

「いくぜ、バルッ!」

 

 シハラが駆けた、そして手を突き出してくる。

 俺との距離は三メートル。

 手を伸ばしたところで届かない間合いだ。

 だが俺は横へ飛び退いて回避する。

 

 ビュン!


 風切り音が鳴った。

 シハラの手のひらから槍が生え、突き出されている。

 これがシハラの能力。

 

 生成系『武装創躯(ぶそうそうく)

 己の身体からあらゆる武器を自在に生み出す能力だ。

 体から離せないという弱点はあるものの、武器を出し消しする変幻自在の戦闘スタイルは脅威だ。

  

 俺は距離を取り、右手に持っている木の玉に『己力投写(こりょくとうしゃ)』を注ぎ込む。

 

「ハァッ!」


 放たれた木の玉は、白い尾を引きシハラへ走った。

 直撃すれば悶絶は免れない一撃。

 しかしシハラは避ける素振りすら見せなかった。

 

 ガギィンッ!

 

 木製らしからぬ硬質な音が響く。

 シハラの全身から無数のナイフが鱗のように逆立っている。

 鋼の装甲が俺の投擲を弾き飛ばしたのだ。

 

「響くぜ……だけどなバル、この程度じゃ俺の守りは崩せねえぞ?」


 いつもの投げナイフなら貫通できただろうが、模擬戦は木製武器がルールだ。 

 木玉ではあの金属の鱗は抜くことは出来ないだろう。


(防御の隙を与えずに投擲を当てるのは厳しいか。近接で勝負を決めるしかないが、果たして……)

 

 シハラは両手から片手剣を生やし、俺を挑発するように手招きしている。

 俺は足に能力を込めて一気に踏み込んだ。

 

「らぁッ!!」

 

 肉薄して放つ俺の連撃。

 腕と剣に次々と能力を切り替え、残像すら残さぬ速さで叩き込む。

 シハラは両手の剣とナイフの鎧でそれを辛うじて防いでいた。


 一見、俺が優勢。

 だがシハラは不敵な笑みを浮かべ、逆に俺は険しい表情を崩せない。

 

 バキリッ!

 

 その音を聞いた瞬間、俺は大きく飛び退いた。

 

(やっぱりこうなるか……!)

 

 俺の手に残った木剣は、中ほどから折れていた。

 シハラの能力で創られた武器は鋼鉄製。

 模擬戦用に刃を潰しているようだが、金属と木を打ち合えばどちらが負けるかなど火を見るより明らかだ。

 

「折れちまったみてえだな。大人しく降参しろよバル。それとも素手で戦うか?」

「俺が降参すると思うのか、シハラ」

 

 普段なら素手でも殴りかかる。

 だがこれは先生が審判をしている模擬戦だ。

 シハラの刃の鱗を殴り、拳を血だらけにすれば即座に止められて負けを宣言されるだろう。

 それに、打つ手がないわけじゃない。

 

「そうかよ。なら勝負を決めさせてもらうぜ!」

 

 シハラが踏み込みと共に剣を振り下ろした。

 俺は折れた木剣を捨て、無手で迎え撃つ。


「そこま──っ!?」

 

 ササ先生が制止の声を上げようとして驚愕に喉を詰まらせる。

 シハラの振り下ろした鋼の剣は、俺の手のひらに吸い付くようにピタリと止まっていたのだ。

 目を見開くシハラ。

 信じられないと言わんばかりに、何度も剣を振るってくる。

 

 パシ、パシッ!

 

 軽い音を立てて、シハラの剣が俺の手で防がれていく。

 金属の剣は刃がなくても凶器だ。

 まともに受ければ肉は潰れ、骨だって折れるだろう。

 だが俺の手に怪我はない。

 

「な、なんだそれ……!? お前の能力は『押す』もんだろ!?」

「ああ合ってる。別に新しい能力じゃないぞ」

 

 シハラの驚愕と疑問に俺は冷静に答える。

 

「お前の振るった剣に触れた瞬間に『己力投写(こりょくとうしゃ)』を込めたんだ。俺の押す能力で勢いを相殺して、止まった剣を受け止めているだけだよ。お前は増幅系でもグルーみたいな怪力でもないからな」

「当たった瞬間の妙な感触はそれだったのか……」

 

 これが俺の新技の一つ。

 『己力投写こりょくとうしゃ』による『相殺防御そうさいぼうぎょ』だ。

 人外の力を持つ魔物相手にはまだ通じないが、対人戦ならいまでも十分に通用する。

 

「へっ、なるほどな。これでお互い決定打がなくなったわけか」

「いや。悪いけど俺の勝ちだ」

 

 俺はそう言いシハラの腹にそっと手を添える。

 俺の説明に意識が逸れた彼の腹部は隙だらけだった。

 そこに『己力投写(こりょくとうしゃ)』を込めた掌底を繰り出す。

 

「ゲブッ!?」

 

 シハラは俺の能力に押されて後方へ大きく吹き飛んだ。

 壁にぶち当たる鈍い音。

 シハラは地面を這いつくばり立てなくなっている。

 

「そこまで! 勝者バルくん!」

 

 今度こそ先生の宣言。


 一年前なら間違いなく負けていた。

 防御もできずに、剣で打ち据えられて終わっていただろう。

 俺はこの勝利に確かな成長を感じ、喜びで拳を握りしめた。

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