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ディグニティ・ストライド  作者: 果報寝待


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閑話 ムンゴの研鑽記・二


 太い木の枝をなんの抵抗もなくへし折りながら、のそのそと歩く巨体。

 獰猛どうもうさを感じさせる目にじっと捉えられ、ムンゴ達は恐怖によって凍りついた。

 逃げたところで容易に追いつけるという傲慢ごうまんな自負からか、五メートルを超える『ウンガリーベア』は、周囲を見回しながら緩慢かんまんな動作で近づいてくる。

 

「お、おいおい……なんだよあいつ……!」

「見たら分かるでしょ……! ウンガリーベアよ……!」

「いや違う、ウンガリーベアは三メートルほどのはずだ! あれはその倍近くあるぞ!」

 

 魔物を極力刺激しないように、ウバ達は小声で言葉を交わす。

 ムンゴは眼前の魔熊から、恐怖のあまり目を離せずにいた。

 

(レタさんの言う通りだ。じゃあ、あのウンガリーベアは……異常個体なのか!?)

 

 異常個体。

 それは突然変異や過酷な環境、偶然が生み出す通常の種とは一線を画す魔物のことだ。

 規格外の巨体や、本来は持っていないはずの特性、能力が発現していることすらある。

 ムンゴの脳裏には、かつてバル達と共に死闘の末なんとか倒した魔エイの異常個体のことが浮かんでいた。

 

(む、無理だ……異常個体なんて、僕達の手に負える相手じゃない! どうにかして逃げないと……)

 

 生存本能が撤退を叫ぶ、それはウバ達も同じだった。

 

「レタ、あいつの意識はいまどこに向いてる?」

「周囲に一割、狩ったウサギの死体に三割、そして……俺達に六割だな」

 

 レタの持つ能力は、周囲の生命を感知するだけではない。

 視界に入っている生物が、今どこにどれほどの意識を割いているかを見ることができる。

 その能力によると、狙いはムンゴ達だった。

 

「小せえウサギより、俺達を腹いっぱい食いたいってか……」

「は、早く逃げないと! 本当に殺されちゃうよ……!」

 

 恐怖に震えているルルスが訴える、逃げるという選択は正しい。

 だが問題はその方法だ。

 身体強化の能力を持つウバや、攻撃を防ぎきれるムンゴなら背を向けての逃走も可能だろう。

 しかし後衛であるレタ、ルルス、マーハの三人はそうはいかない。

 魔物の脚力から逃げ切れるほど足は速くないし、追いつかれた時点でひと噛み、あるいは爪をひと振りで終わる。

 

「……やるしかねえだろ。レタ、お前は森の外へ走って助けを呼んできてくれ。出来れば高位の冒険者をな!」

「分かった……! すぐに強い奴らを呼んでくるから、絶対に死ぬなよ!」

 

 レタが意を決し、森の外縁部へ走り出す。

 

 獲物が一匹減ったことに憤怒を覚えたのか、それまで緩慢かんまんだった『ウンガリーベア』の動きが変わった。

 怒りの咆哮を上げ、凄まじい速度でムンゴ達へと迫る。

 

「お前ら腹をくくれ! まずはいつもの連携でいくぞ!」

「はい!」「ええ!」「分かりました!」

 

 チームを守る前衛として、ムンゴも覚悟を決める。

 迫り来る魔熊へ踏み出した。

 


「『飛礫雨弾ひれきうだん』!」

 

 前に出たウバとムンゴの背後から、数十の石礫が風切り音と共に飛来する。

 ルルスの『飛礫雨弾ひれきうだん』は、軌道をある程度操ることができる石の射出能力だ。

 数、速度、射程が揃った使い勝手の良い能力ではあるが、威力が低いという欠点があった。

 

 『ウンガリーベア』級の魔物に対しては、まともな痛痒を与えることはできない。

 しかし浴びせられる石の雨は魔熊の気を逸らし、その突進を食い止めることに成功する。

 その隙を逃さず、二人の前衛が間合いを詰める。

 

「『貯力出強ちょりょくしゅつきょう』ッ!」

 

 寝る、食べる、休むといった活動で体内にエネルギーを貯蔵し、それを戦闘時に身体強化へと使えるウバの能力。

 日頃の節約によって膨大に蓄えられた力をウバは一気に解放した。

 『ウンガリーベア』にも劣らぬ速度とパワーで剣を振り抜いた。

 

「グガァァァッ!!」

 

 分厚い毛皮ごと腕を裂かれ、激痛に魔熊が絶叫する。

 攻撃はそれで終わらない、ウバの離脱と交差するようにムンゴが駆けた。

 

洞同体どうどうたい『鉄・鉄』ッ!!」

 

 地面を踏み込んだムンゴがまばゆい光を放つ。

 鋼鉄の二倍の強度と重量。

 超重量のぶちかましが、魔熊の巨体を吹き飛ばした。


「ゴバッ!?」

 

 地面を転がされる、それは初めての経験と屈辱だった。

 魔熊の頭が怒りで染まったが、すぐに霧散することになる。

 獲物だと侮っていた人間の頭上に、空気を歪ませるほどの巨大な火炎が浮かび上がっていたからだ。

 

「『劫火焼天ごうかしょうてん』ッ!」

 

 マーハの能力『劫火焼天ごうかしょうてん』。

 文字通り天をも焦がすほどの熱量を凝縮した、超威力の火の大槍。

 消費が大きく連発こそできないが、この一撃を喰らって生きていた魔物はいない。

 絶対の自信と勝利への確信をもって、大槍が放たれようとしていた。

 

 だが────

 

 彼らは致命的なことに気がついていない。

 そもそもなぜ、広範囲の生命を感知できるレタが、視界に入るまで『ウンガリーベア』に全く気がつけなかったのか。

 

「……え?」

 

 大槍の狙いを定めていたマーハの視界から、『ウンガリーベア』の巨体が消えた。

 異常事態に動揺するマーハだったが、高まる熱量の制御に限界を感じて『劫火焼天』を前方へと放った。

 

 ゴガアァァッッ!!

 

 大槍が衝突した地面は轟音と共に爆ぜ、あまりの高温にドロドロと溶けていく。

 辺りには熱波が吹き荒れたが、『ウンガリーベア』はすでにそこから退避していた。

 

「おいマーハ!? どこ狙ってんだよ!」

「え!? で、でもそこに居たんじゃっ……!」

 

 視界の中心に捉えていた魔熊を見失い、移動したことにさえ気がつかない。

 前衛の二人は、なぜマーハが外してしまったのか混乱していたが、すぐにその答えを知ることになる。

 

 敵の反撃を警戒し、ささいな動作も見逃すまいと魔熊を凝視していたウバとムンゴ。

 次の瞬間、二人とも『ウンガリーベア』を見失ってしまう。

 

「なッ!?」

「消えた!?」

 

 今度は後方のマーハとルルスが混乱することになった。

 前衛の二人はすぐ目の前の接近する『ウンガリーベア』に気がつかず、辺りを見回している。

 

「ムンゴさん!! 危ない!」

「え?」

 

 ムンゴの視界に突如として『ウンガリーベア』の巨体が現れた。

 

 ドゴッ!!

 

 反応が出来なかったムンゴへ、魔熊の爪が振るわれる。

 凄まじい衝撃に、今度はムンゴが地面を転がされた。

 しかし幸いなことに、戦闘中は常に『鉄・木』を維持しているため怪我は免れる。

 

「ウバ! 次はあんたに向かったわッ!」

 

 マーハが叫ぶが、ウバはいくら見渡しても『ウンガリーベア』の姿を見つけられない。

 そしてムンゴと同様に、突如として目の前に現れた魔熊に吹き飛ばされた。

 

「ぐッ……くそッ……!」

 

 ウバもまた、敵を見失った瞬間にエネルギーのすべてを身体強度の引き上げに回していたため軽傷で済んでいる。

 だが防ぎきった安堵はなく、ウバ達の精神状態は追い詰められていた。

 

 ただでさえ勝てるか分からない異常個体の怪物。

 それがどのような原理か唐突に見失ってしまう。

 切り札であったマーハの能力は空を切り、レタが呼んでくる助けはいつ到着するか分からない。

 

「ひっ……! い、いや……死にたくない、助けて……!」

 

 自分の勝利を確信したのか、それともウバ達の戦意が挫けたのを察したか。

 『ウンガリーベア』は追撃を仕掛けてくるでもなく、ただ獲物を値踏みするように見つめていた。

 ルルスが恐慌状態に陥ってしまうのも無理はなかった。

 魔熊は絶望に歪む人間の顔を、前菜とばかりに見つめている。

 

(あ、あいつは姿を消す能力を持ってるんだ! ば、バルさん達だったら一体どうするんだ……!)

 

 なにか対抗策を思いついただろうか?

 それとも実力だけで相手をねじ伏せただろうか?

 現実逃避に近い想像を始めてしまったムンゴだったが、ある言葉が脳内に木霊した。

 

「ムンゴ坊。あんた、バル坊達に肩を並べたいなら追いかけるのは辞めるんだねえ。それじゃあ、背中しか見えやしないよ」

 

 以前カリーから諭すように言われた言葉。

 その言葉が、ムンゴの意識を現実へと引き戻す。

 

(違う。バルさん達なら、じゃない! 僕なら、今この状況なら、どうするかを考えなきゃいけないんだ!)

 

 人の背中を追うのをやめる、そう覚悟を決めたムンゴ。

 すると奇跡のように、一つの作戦がムンゴに浮かび上がった。

 

「皆さん! あいつを倒せるかもしれない作戦があります。……僕の我が儘に付き合ってくれませんか!」

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