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ディグニティ・ストライド  作者: 果報寝待


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第58話 裏の符号、救う覚悟


 早朝の寮。


 緊張の疲労からか、スカーナはベッドの上でぐっすり眠っている。

 俺は腰に帯びた黒剣の感触を確かめながら、バビさんの帰還を待っている。

 やがて廊下から迷いのない足音が近づき、ノックもなしに扉が開く。

 バビさんだ。

 

「ならず者達はどうなりました?」

「ちょっと痛めつけたら、面白いように喋ってくれたよ。あいつら青燈会せいとうかいっていう裏組織の使いっ走りだって。今は知り合いの警備兵に預けてあるから大丈夫」

 

 バビさんは椅子に腰を下ろし、疲れたように息を吐いた。

 「青燈会せいとうかい」その名には聞き覚えがあった。

 ギルドを介さない違法な依頼や魔素材の売買、薬物から人買まで手広くやっている質の悪い犯罪組織。

 そうベテラン冒険者から聞いたことがある。

 俺は先ほどスカーナから聞き出した真相をバビに伝えた。

 

「現場に落ちてたバッグを持ち逃げかぁ……理由はともかく、組織のメンツを潰したわけだ。複数の下部グループから狙われることになるかもね」

「バッグを返せば見逃してはくれないでしょうか?」

「裏社会の連中がそんなに甘いわけないよ。まあ、まずは現物を見つけないとだね」

 

 俺達は眠っているスカーナを起こし、バッグの隠し場所を聞いた。

 彼女が震える声で告げたのは、自宅アパートの天井裏だった。



 ----------

 


 早朝の冷たい空気の中、俺とバビさんはスカーナの自宅アパートへと向かった。

 三階建て、石造りの建物。

 目的の部屋は二階の角部屋だ。

 裏路地から様子を伺うと、建物の入り口にはガラの悪い男が二人退屈そうに立っていた。

 

「見張りがいますね。あんな露骨な奴ら、入ろうとしたら止められますよ」

「出入りに苦労しそうだね。私がいなかったらだけどっ!」

 

 バビさんは得意げに胸を張る。

 

「助手くんは今から私の指示に従うこと。そうすれば、一番安全な道を通らせてあげるから」

「了解です。能力で奴らの未来を見るんですね」

 

 バビさんが目を閉じ精神を集中させている。

 数秒の瞑想後、足元から小石を拾い上げると路地裏の窓際に置かれた鉢植えに向かって弾いた。

 

「十秒後、二階の鉢植えが落ちてあいつらの意識が逸れる。その隙に中に入るよ。……三、二、一。今!」

 

 ガシャーン! と陶器が砕けた音が響く。

 見張りが音のした方へ向い、その隙に俺達は建物へと潜り込んだ。

 そのまま息を潜めて扉の陰に身を隠す。

 外では見張りが「猫か?」と持ち場に戻る気配がした。

 

「最初からこうなることが決まっていたみたいですね……」

「決まってたんじゃないよ、助手くん。私が選んだの」

 

 二階へそろりと階段を上がる。

 通路の先、スカーナの部屋の前にも二人の男が立っていた。

 今度は扉を背にしており、音で気を逸らすだけでは潜入は不可能だ。

 

「あれは無理ですね。どうしますか?」

「いい助手くん、私達は今から喧嘩中のカップル。奴らに近づいて、声を上げさせないで気絶させるよ。ちゃんと私に合わせてね!」

「えっ、ちょっ……!」

 

 戸惑う俺を置き去りにしてバビさんは迷わず通路へ飛び出す。

 その顔はすでに演技を始めていた。

 

「もう! あなたのそういう優柔不断なところ本当に嫌いっ!」

「おいここは今──」

「ちょっと聞いてくださいよ! この人ったら、記念日のお祝いなのにお店一つ決められないんですよ!」

 

 バビさんが見張りに詰め寄る。

 その動きは計算されており、男達の意識を完全に油断させていた。

 

「すまん……こいつ酔うと面倒なんだ……」

 

 俺が苦々しい顔で追いつくと、男達は「痴話喧嘩かよ」と呆れて舌打ちをした。

 その瞬間バビさんの瞳が鋭く光り、俺に合図を送る。

 

 バビさんが一人の股間を容赦なく蹴り上げ、叫ぶ暇を与えず口を塞ぐ。

 同時に俺も、もう一人の背後に回り込み頸動脈を締め上げた。

 ドサ、と静かに二人の男が床に転がる。

 

「助手くんいい動きだね! 即興で私に合わせられるなんて、なかなか出来ることじゃないよ」

 

 未来を予知し、わずかな隙に行動をねじ込む。

 バビさんにとっては確信ある未来なのだろうが、付き合わされる方には行き当たりばったりにしか見えない。

 

「さてと……スカーナが隠したバッグ、さっさと見つけちゃおうか」

 

 俺達は倒れた男を横目に、部屋の鍵を開け中へと足を踏み入れた。



 -----------



 スカーナの部屋は荒らされていたが、天井裏の隅に押し込まれていたバッグは無事だった。

 これで裏組織に対する唯一の交渉カードが消えずに済んだ。


 寮に帰り安堵した俺だったが、バッグを開けて中身を確認していたバビさんの顔がみるみるうちに険しくなっていくのに気がついた。

 

「スカーナ……この中のお金少しでも使ったりした?」

「えっと、ハサミを買い換えたくて一度だけ……」

 

 その告白を聞いたバビさんは「まずいね……」と呟く。

 

「金貨の一枚や二枚なら俺が立て替えられます。何がそんなにまずいんですか?」

「……助手くん。この金貨を見て何か気づくことはない?」

 

 バビさんはバッグから金貨を一枚取り出すと、俺に向かって弾いてよこした。

 受け取った金貨をまじまじと観察してみる。

 だがどう見ても普通の金貨にしか見えない。

 スカーナもカリーも、不思議そうに首を傾げている。

 

「その金貨の側面を見てごらん。符号が付いているから」

 

 言われた通り、金貨の縁を凝視する。

 ……あった。

 細かく数字と記号の羅列が刻印されている。

 それはバッグに入っている全ての金貨に施されているようだ。

 

「なんでこんな面倒な真似を……?」

「金の流れを追うためだよ。裏社会は裏切りが前提だからね。誰がどこで使ったのか、これ一つで筒抜けになる。普段はここまでしないだろうけど……スカーナさんが目撃したのは、よほどの大取引だったんだろうね。その証拠にこれを見て」

 

 バビさんがバッグから引き抜いたのは一枚の紙だ。

 そこには意味不明な単語や奇妙なマークが整然と並んでいる。

 

「取引の帳簿だね。日時、場所、物、金額。それに当事者の署名と印章。暗号化されているから私達には読めないけど、見る人が見れば犯罪の証拠になるよ」

「そ、それって……」

「もう、お金を返す返さないっていう次元の話じゃないね。これを見てしまった以上、目撃者になった。……全員命を狙われちゃうね」

 

 その言葉にスカーナは顔を真っ青にして崩れ落ちた。

 俺やバビさんなら最悪この国を捨てて他国で冒険者として生き抜くこともできるだろう。

 だが一般市民のスカーナに、影に怯えながら逃亡を続ける生活など耐えられるはずがない。

 

「わ、私は……どうなってしまうんでしょうか……?」

 

 零れ落ちる涙を拭うこともできず震えるスカーナ。

 カリーやバビさんが必死に声をかけているが彼女の耳には届いていないようだ。

 その光景を見つめながら、俺は彼女を救う覚悟を決めた。

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