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ディグニティ・ストライド  作者: 果報寝待


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第57話 路地裏の過ち


 散髪をおえた俺は洗髪台へと案内された。

 仰向けになり目を閉じる。

 水桶の微かに泡立った温かい水が頭を包み込む。

 石鹸が溶けているのだろうか、甘く爽やかな花の香りがする。

 スカーナの指先が俺の頭を揉みほぐしていく。

 

「力かげん、強すぎませんか?」

「最高に気持ちいです。この香りも落ち着きますね……」

「ふふ、ありがとうございます。私の自作なんですよ。乾燥させた花を数種類、香り付けに混ぜているんです」

 

 堪能していると、耳の魔道具からは「ずるい。私は外で警戒に忙しいのに……」とバビさんの声が聞こえてきた。

 短時間の付き合いだが、この人の性格が少しづつ分かってきた気がする。


 洗髪が終わり、スカーナが俺の髪に手をかざした。

 彼女の手から温かな風が吹き出し、濡れた髪を素早く乾かしていく。

 

「いい風ですね。美容師にはこれ以上ないほどぴったりの能力だ」

「ええ。掃除にも使えるし、とても便利なんですよ」


 

 整えられた髪の感触を確かめながら、俺は店を出た。

 裏路地の角で不機嫌そうに顔を覗かせているバビさんのもとへと向かう。

 

「初めて行きましたけど、いいものですね。常連にになりそうですよ」

「助手くんだけ楽しんでさ……これ遊びじゃないんだからね。ちゃんと口説けてきた?」

「分かってますよ。口説くのは無理でしたが、ちゃんと収穫はありました」

 

 頬を膨らませるバビさんに、店内で探った状況を報告する。

 同僚との関係は良好、客への対応も丁寧。

 店内に目立ったトラブルは無い。

 店に裏口は無く、正面さえ押さえれば監視は簡単だ。

 

「強盗の線はないのかな?」

「無いとは言いきれませんが……俺には何か別の、個人的な気がかりを抱えているように見えました」

 

 バビさんはひとまず納得したようで、休息を取りに下がった。

 俺は一人、店に出入りする客の観察を続ける。

 いつでも動けるように、腰の剣の柄に軽く手を添えた。



 ----------

 


 日が沈み、街頭のある大通り以外は闇に包まれる。

 店内の清掃を終えたスカーナは帳簿を付ける店長に手短に挨拶し、外へ出た。

 昼間の落ち着きは無く、急ぎ足で時折背後を振り返る様子は怯えそのものだ。

 

 そんなスカーナの前に、裏路地から出てきたガラの悪い男が二人立ち塞がった。

 踵を返して逃げようとする彼女だったが、退路にもすでに二人の男が回り込んでいる。

 

「な、なんですか! あなたたち……!」

「スカーナだな。大人しく付いてきてもらおうか。抵抗はおすすめしないぜ」

 

 男の手にはナイフが握られている。

 悲鳴もあげれずへたり込むスカーナに、縄と布を持った男達が歩み寄る。

 彼女が恐怖に目を瞑った時、暗がりから二つの影が飛び出た。

 

「誰だてめえっ──!」

 

 驚く男達を、俺とバビさんが蹂躙する。

 

「ぐっ……!」

「ぶえっ!?」

「あがっ……!」

「ま、待っ──」

 

 一人も逃がすつもりはない。

 腹に重い拳を沈め、顎を撃ち抜く。

 見るとバビさんは、流れるような動作で残りの男達の急所を蹴り上げ沈黙させている。

 十秒と経たずに四人のならず者は地面に転がり、意識を失った。

 

「ここは危険です。スカーナさんこちらへ!」

「あ、あなたは……昼間のお客さん?」

 

 呆然と腰を抜かしているスカーナを抱え上げるように立たせ、俺達は夜の闇を駆け出した。


 ----------


 学園寮・バルの自室

 

 学園なら、ならず者も容易には近づけないだろうと判断してスカーナを連れて逃げ込んだ。

 捕らえたならず者達の後始末はバビさんに任せてある。

 グルーにも協力して欲しかったが、あいつは今日も秘密の特訓で不在。


 椅子に座るスカーナは、止まらない手の震えを押さえている。

 

「助けてくれてありがとうございます。……あ、あの人たちは一体何だったんでしょうか……」

「それは俺が聞きたいくらいです。何か心当たりはないですか?」

 

 問いにスカーナは口を閉ざした。

 何かを言おうとして、言葉を飲み込む。

 その繰り返しだ。

 俺は急かすことはやめて、彼女が落ち着くのを静かに待つことにした。

 

「おやおや……随分と帰りが遅いと思ったら。まさか女を連れ込むとはねえ」

 

 机の隅。

 手製の寝床からカリーがのっそりと這い出し、欠伸混じりに喋り出した。

 

「し、喋った……! トカゲが……そっか、これ夢なんだ……」

「誰がトカゲだい。カリーと呼びな」

 

 スカーナはあまりの驚きに、現実逃避を始めている。

 わりとすぐに受け入れたグルーやレギンがおかしいだけで、これが一般人の反応だろう。

 だがそのおかげで恐怖から少しだけ意識が逸れたのは幸いだ。

 

「こいつはカリー、俺の家族なんだ。トカゲ扱いはやめてやってくれ」

「か、カリーさん……はじめまして。スカーナと言います……」

 

 律儀に挨拶を交わす二人を横目に、俺は先ほどの出来事を考える。

 あいつらはスカーナを知っていて、どこかへ連れ去ろうとした。

 単なる強盗や暴行の類ではないだろう。

 彼女はなにか裏の組織に触れてしまったのではないか?


 カリーとの他愛ない会話で、スカーナの呼吸がようやく整い始めている。

 俺は再び、核心を突く問いを投げかけた。

 

「スカーナさん。心当たりがあるなら正直に話してほしい。隠されたままだと、俺達も守りきれなくなる。……聞いた秘密は絶対に守ると誓うよ」

 

 真っ直ぐに彼女の目を見据える。

 スカーナは震える手を握り、意を決したようにゆっくりと語り始めた。

 

「六日前、買い物の帰りに少し近道をしたんです。裏路地を歩いていたら、騒ぎ声が聞こえてきて……」

 

 俺とカリーは黙って耳を傾ける。

 

「こっそり様子を伺ったんです。そこでは何人も武器を持って争っていました……危ないと思って逃げ出そうとしたんです。でも私の足元に一つの鞄が飛んできて。中には……見たこともないほどの金貨が詰まっていて……」

「それを、そのまま持ち帰ってしまったのか」

 

 俺の言葉にスカーナは俯いた。

 間違いないだろう、犯罪組織の金だ。

 

「は、犯罪に使われるくらいなら! 私が夢を叶えるために使ってもいいんじゃないかって……自分のお店を作る資金にしようって……」

 

 スカーナの目から後悔の涙が溢れ出す。

 

「夢のためにチャンスを掴みたい気持ちは分かる……けどその金は、誰かを踏みにじった上に成り立っている物だ。何に使っても綺麗にはならない」

「そんなの分かってる……つもりでした。一等地のいい場所にお店を構えないと、お客さんは来ないの。でも、私の稼ぎじゃ何年経っても届かなくて……」

「店を持てたとしても、連中があなたを放っておくはずがない。今ならまだ引き返せるかもしれない。……どうするかは自分で決めるんだ」

 

 スカーナはそれきり黙り込み、膝の上で拳を握りしめた。

 俺は夜空を見つめながら、バビさんの帰還を待った。

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