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ディグニティ・ストライド  作者: 果報寝待


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第55話 後光返礼


 国都にある宿屋の一室。

 部屋が狭く感じるほどの人で満ちていた。

 俺達とシードゥ達。

 それに加え、フルプレートの騎士が四人。

 そして中心には、青い豪奢な祭服を纏った若い女性が凛と佇んでいる。

 

「それで……誰を治せばいいのかしら?」

 

 彼女が投げかけた言葉の先には、三人の重傷者がいた。

 両足を失い、変異種の呪いによって断面から膿を吹き出させているニム。

 蓄積した振動を解き放った反動で全身の皮膚が裂け、肉が潰れ、今も意識がないキシコ。

 そして、アントの大顎に両腕を食い千切られたレギン。

 いずれも、ラロや並の治癒師の手には負えない重傷だった。

 

「き、キシコと、レギンさんの治療を……どうか、お願いします」

 

 脂汗を流し、苦痛に顔を歪めながらもニムが声を絞り出した。

 

「わ、私は……仲間や恩人を差し置いて、自分だけ治りたくなんて……ありません……!」

「に、ニム!」

 

 シードゥは動揺するが、その言葉を否定はしていない。

 レギンが腕を失った際、シードゥは血が滲むほど地面に額を擦りつけて謝罪していた。

 誰を救うべきか、シードゥも選べないのだろう。

 

「それならば……心配は無用だぞ、ニムよ」

「ど、どういうことでしょうか……?」

 

 レギンの意図を聞こうとした時、部屋の扉が音もなく開かれた。

 現れたのは、洗練された仕草の執事服を着こなした老人。

 老人は鋭い眼光で四人の騎士を一瞥すると、迷わずレギンの前へと歩み、片膝を突いた。

 

「公子殿。キファルメ様の命により、お持ちいたしました」

「うむ。苦労をかけたな」

 

 レギンは老人から、ずっしりと重厚な木の小箱を受け取った。

 

「治癒師殿、これを」

 

 差し出された箱を騎士が受け取り、その蓋を開く。

 室内にいた全員の顔が驚愕に染まる。

 箱の中には、溢れんばかりの金貨がびっしりと詰め込まれていた。

 

「追加で二人分、計三人の治癒を頼もう。急な話だが、これで足りるだろうか?」

 

 レギンの得意げな顔。

 どうやら俺達を驚かせるために、今の今まで伏せていたらしい。

 これでシードゥ達が支払った分と合わせ、三人分の治癒費が揃った。

 

「レギンさん……あんた……!」

「礼なら要らん。この代金の分は、しっかり働いてもらうつもりだからな」

 

 頭を下げようとするシードゥ達を、レギンが制する。

 

「変異種の素材を横取りした貴族の不正を暴くため、証拠集めを手伝ってもらう。この金は、父が他貴族の弱みを握るためにと用意したものだ」

 

 だから自分に恩を感じる必要はない。

 レギンは淡々と言ったが、それでもシードゥ達は頭を下げた。

 床に落ちる涙の音が、静かな部屋に響く。

 

「では、三人とも治すということで……」

 

 治癒師の女性が前へ出る。

 その手に握られた杖に、凄まじい密度の光が宿った。

 視界が白く染まるほどの閃光。

 だが不思議と眩しさは感じない。

 それは日向でまどろんでいるかのような心地よさだった。

 欠損した肉体が再生する激痛に悶える、三人の声だけが部屋に満ちる。

 五分ほど経った頃、光はようやく収まった。

 

 そこには、生えたばかりの足を見つめるニム。

 状況が掴めず、起き上がり唖然としているキシコ。

 そして、再生した両腕の感触を確かめるレギンの姿があった。

 

「あっ、足が……本当にっ……!」

「ニム! キシコ! 本当に良かった!」

 

 シードゥ達の目から、何度目かわからない涙が溢れる。

 俺は彼らの邪魔をしないよう、レギンに調子を尋ねた。

 

「どうだレギン。問題なく動けそうか?」

「……いや、力が入らん。上手く動かせないな……」

「新しく生やしたばかりですからね。今のあなたの腕は、赤ん坊のようなもの。一から鍛え直さねばなりませんよ。ひと月ふた月もあれば元通りでしょう」

 

 動揺する俺達を、治癒師がたしなめるように説明した。

 続けて、彼女はどこか感心した様子で微笑む。

 

「あなた達には、いいものを見せてもらいました。譲り合いの精神……久しぶりに善人を治した気がします」

 

 金を積まなきゃ、拝むことも出来ない高名な治癒師。

 彼女が普段、どんな欲望や損得勘定を目の当たりにしているのか、俺には想像もつかない。

 

「そのせいで少々、力が入りすぎました。ついでにあなた達の体調まで整えておきましたよ」

 

 言われて自分の体に意識を向けると、感じていた腕や関節の痛みが綺麗さっぱり消え去っていた。

 内側から活力が湧いてくるような感覚だ。

 周りを見れば、他のみんなも驚いている。

 

「本来、無償の治癒はご法度。……内緒ですよ?」

 

 いたずらっぽく片目を瞑る彼女。

 その美貌と仕草に、俺は思わずドキリとしてしまった。

 すると後ろから「ギリッ」と歯を食いしばるような音が聞こえ振り返る。

 いつも通り、にこやかなラロしかいなかったが……気のせいだろうか。

 

 治癒師は手際よく三人の体調を確認すると、足早に去っていった。

 次の予約が詰まっているらしい。

 

「お前らには、返しきれない恩ができちまったな。せめて俺達が倒したアントの素材を受け取ってくれ。今はこれくらいしか……」

「だから要らないって。お返しは情報で十分だよ。無償の善意じゃない、損得だって最初に言っただろ?」

「ただの、俺達のプライドを傷つけないための建前だろ……」

 

 素材の押し付け合いを繰り返していると、ふらつきながらニムが立ち上がり、こちらを向いた。

 

「今回の件、言葉では言い尽くせません。素材がダメなら、私達の手足はどうでしょうか? 困ったことがあれば何でも言ってください。必ず力になると約束します」

 

 その目の真っ直ぐさと、病み上がりとは思えないほどの気迫。

 俺は思わず圧倒された。

 

「わかったよ。……困ったことがあれば、君達のチームを頼る。それで貸し借りなしだ」

「ありがとうございます……」

 

 その一言を残し、ニムは再びベッドへ崩れ落ちた。

 シードゥ達が慌てて駆け寄る。

 やはり、体力までは完全には戻っていないらしい。


 ---------

 

「明日も様子を見に来ますね!」

 

 ラロが声をかける。

 ニムの足に絡みついた変異種の呪いはまだ残っているが、元は断たれた。

 ラロが浄化を続ければ、そう遠くないうちに消えるはずだ。

 俺達はシードゥに別れを告げ、学園へと歩き始める。

 

「そういえばレギン。なんで金を準備してたのを、俺達にまで隠してたんだよ」

「うむ。それは無論……かっこいいからだ! あの瞬間のために、ずっと父の部下を外で待機させていたのだよ!」

 

 その答えに俺達は呆れ返る。

 かっこつけるためなら、どこまでも手間をかける奴だ。

 

「でもよ、レギンはひと月はリハビリだろ? また迷宮探索は休みか……」

 

 グルーは残念そうに肩を落とす。

 

「その件だが。治癒代の件も含め、父に呼ばれていてな。我は明日からひと月ほど、実家へ帰ることになった」

「こ、公爵様に? 大怪我を心配されたのかな……」

「理由は後々知らせよう」

 

 レギンが不敵に口角を上げた。

 これもまた、後で発表して驚かせるつもりなのだろう。

 

 レギンが留守の間、迷宮攻略は止まる。

 だがやるべきことが無いわけではない。

 今回の戦いで、自分の圧倒的な力不足を痛感した。

 おそらく全員が同じ想いのはず。

 

 学園の模擬戦大会が、もうすぐそこまで迫っている。

 俺達はその日までにさらなる力をつけるべく決意を固めた。

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