第54話 相搏つ果て、二志一刃
バルやシードゥ達が戦いを繰り広げる中、グルーとレギンの二人は、最も絶望的な状況に置かれていた。
彼らの相手は、キシコの放った振動波から遠い位置にいた個体。
他の二体とは比較にならないほどダメージが軽く、銀色の外骨格には傷一つない。
万全の状態の『トリアントースアント』の動きはもはや魔物のそれではなく、まるで洗練された武人のようだった。
「我は『狩猟豹』!」
レギンが地面を蹴り、アントを翻弄するため駆け回る。
その速さをもってしても、アントの攻撃を完全には避けきれていない。
突き出される前足は、熟練の槍使いの刺突のようにレギンを捉える。
レギンの体には、すでに無視できない数の傷が刻まれていた。
「レギン避けろ! 残響傷『熱液』!」
グルーが放った高熱の粘液。
当たれば殻を歪ませ身を焼くその攻撃を前に、アントは冷静だった。
向かってくる粘液に対し、自らの蟻酸を正確に射出。
空中で打ち落とし、無力化してみせたのだ。
「うおおおッ!!」
生じた僅かな隙を突き、グルーが大剣を叩きつける。
ガギンッ、と殻を砕く音が鳴り響く。
一部に亀裂を走らせるものの、巨大なアントを仕留めるには決定打が足りない。
「クソ! また防がれたか……!」
「焦るなグルー! 我ら二人なら、必ずや勝機を掴めるはずだ!」
他の二体よりも格段に強い相手。
押し付けられたとも言える状況だが。
──二人の闘志は消えていなかった。
「バルが、俺達なら勝てるって判断したんだ。かっこ悪いとこ見せる訳にはいかねえな!」
「任されたからには、出来ないとは言えぬ。それが男の辛いところだな、グルーよ!」
命を天秤にかけた極限状態。
二人は臆するどころか獰猛に笑った。
恐怖も痛みも無いように、死線へと突き進む。
「我は『狩猟豹』!」
再び加速し、死角を突こうとする。
だがアントの鋭敏な触角は、逃さずレギンを捉えていた。
背後に回れば蟻酸、正面は槍のごとき足、側面は二トンを超える巨体の体当たり。
隙の無いアントに対し、レギンが選んだのは──
「我は『鷹』ッ!」
アントに一度も見せていない「鷹」の能力による飛躍。
想定外の方向へ逃れた獲物を、アントの複眼と触覚がつい追ってしまう。
「残響傷『鉄拳』!」
その隙をグルーが逃すはずはなかった。
無防備なアントの頭部。
そこへ最大威力の攻撃が炸裂した。
ビキリッ!
顎に亀裂が入り巨体が大きくよろめく。
「オラぁぁッ!!」
大剣を振り上げ追撃。
しかしアントはまだ死に体ではなかった。
よろめきを強引に修正し、振り下ろされる大剣を頭部で迎え撃つ。
衝突音が周囲の空気を震わせた。
「ぐおっ!!」
膂力で負けたのはグルーだった。
大剣は弾かれ、体勢を大きく崩してしまう。
無防備になったグルーを両断するため、巨大な顎が迫った。
「グルー! 我が身は『大盾』!」
着地したレギンが能力を切り替え、グルーを突き飛ばす。
代わりに大顎に挟み込まれたのは、レギンの体だった。
「ぐあぁぁぁッ!!」
大盾の硬度を宿したレギンの体。
だがトリアントースアントの顎の力は、その硬度を上回っていた。
メキメキと軋む音が鳴り、レギンから鮮血が吹き出す。
「レギンッ! おおぉぉ!!」
仲間を救うべく、グルーが大剣を握り直して駆ける。
アントはそれを一瞥し、毒腺から大量の蟻酸を射出した。
強酸がグルーの体に降り注ぎ、その身を焼く。
「そんなもんで……俺が止まるかよッ!!」
目を潰す酸が、皮膚を焼く激痛がグルーに走る。
だが足は止まらない。
踏み込みをさらに強くし、酸で焼かれた両目で敵を睨みつける。
上段に構えられた大剣。
アントはその攻撃を回避すべく身を翻そうとした。
視界を失ったグルーに、回避された一撃を当てる術はない──はずだった。
「我は『狩猟豹』ッ!!」
レギンが大盾の力を解き、瞬時に豹の力を宿す。
そして、その口でアントの触角に全力で噛み付いた。
自身の腕に大顎が食い込むが、レギンは構わず喰らいつく。
「─────ッ!?」
アントに痛覚は無い。
だが反射的に感覚器を守ろうとする本能が働いた。
一瞬の硬直。
止まってしまった回避行動。
そこへグルーが迫る。
(一撃で仕留めなきゃ、俺達は負ける!!)
防がれれば死、チャンスは一度のみ。
レギンは両断され、自分も殺される。
だが普通の大剣の一撃では、この銀色の殻を突破できない。
グルーは自らの「能力」を「武器」にぶつけた。
「残響傷『鉄拳』ッ!」
アントの殻にヒビを入れるのが精一杯だった「鉄拳」。
それを、振り下ろす大剣の背に直接叩き込む。
「おおおぉぉ!!」
グルーの全膂力、大剣の質量、緑の巨拳よる押し出し。
それらが一つに重なり、掛け算的な破壊力を生み出す。
空気を震わせる轟音とともに、大剣が振り下ろされた。
ガギンィィッ!!
地面の岩を砕く音が響く。
大剣がアントの胴体を断ち、巨体は音を立てて崩れ落ちた。
グルーの手には、確かな手応えがあった。
二トンの巨体を両断した、かつてない重みが。
「へへ……俺にも、必殺技が出来たぜ……」
痛みと疲労、安堵が混ざり合い、グルーはその場に崩れ落ちた。
「ぐ、グルーよ……。バル、ラロ! 誰か助けを……!」
こうして、アントの近衛兵三体はすべて倒れた。




