第53話 遅れじの果て、漸く届きぬ
バルが死闘を繰り広げていたのと時を同じくして、シードゥ達もまた『トリアントースアント』に死闘を強いられていた。
大盾を構えたパールが壁となってアントの猛攻を食い止める。
フェンが放つ牽制の矢がアントの注意を逸らし続け。
その僅かな隙を縫ってシードゥが攻撃を叩き込んでいく。
数多の修羅場を潜り抜けてきたシードゥ達の定石。
しかし『トリアントースアント』の強固な外骨格は、積み上げてきた連携を嘲笑うかのように硬い。
フェンの矢は貫けず、シードゥの剣も表面で弾かれる。
「オラァッ!」
シードゥはアントの周囲を円を描くように駆け、何度も剣を振るい続けた。
シードゥの能力とは「動き続けることで、身体能力が加速度的に増していく」という物。
最初は火花を散らすだけだった剣が、次第に硬い殻を裂き、銀色の殻を砕き始める。
バチバチ、とアントが悶えるように顎を鳴らす。
その時、アントの腹部の毒腺から大量の蟻酸が辺り一面に吹き出した。
「くッ、パール大丈夫か!」
「少し浴びちまったが、平気さ!」
間一髪で二人は回避に成功したが、引き換えに状況は悪化する。
回避のために足を止めたことで、シードゥが積み上げた身体強化が消滅してしまった。
シードゥの能力は、一度でも動きを止めればまたゼロからやり直しになる。
アントは再び蟻酸を貯めるべく腹部を膨らませていく。
辺りは刺激臭を放つ酸の床と化し、これでは滑り縦横無尽には走り回ることは出来ない。
「どうするシードゥ!」
フェンの叫びに、シードゥは焦りを隠せない。
強化を失った今の自分では足手まといになる。
かといって、走って力を溜める間、パール一人に負担を強いるのはあまりに危険だ。
(俺がもっと、バルみたいな賢い判断ができるリーダーだったら……!)
そんな考えを見透かしたように、パールが力強く言い放つ。
「シードゥ、私なら大丈夫だ! あんたは限界まで力を溜めてきな!」
「パール……ッ!」
「もたもたしてるんじゃないよ! 私達のリーダーはあんた以外にいないんだ!」
「シードゥ、俺も援護して時間を稼ぐ。早く走り始めろ!」
仲間の言葉に背中を押され、シードゥは走り出す。
歩みは一歩ごとに重さを増し、空気を切り裂く速度へと変わっていく。
(俺は……俺はいつもこうだ。大事なものを置いて走って、結局最後には間に合わない……!)
脳裏に忌まわしい過去が蘇る。
幼い頃、病に伏した母のために医者を呼びに走ったあの時も、間に合わなかった。
変異種との戦いでニムが足を失った時も、自分が力を溜めている間に悲劇が起きた。
(なんでこんな能力なんだ! もっと仲間を守れる力があれば……)
後悔が思考を鈍らせ、足を重くしていく。
視界の端ではパールがボロボロになりながらアントの巨体を食い止め、フェンが指を血で滲ませ矢を射続けていた。
「シードゥ! 私を、仲間を信じな!」
顎で鎧に穴を開けられ、血を吐きながらも叫ぶパール。
シードゥの視界が滲む、涙を拭う暇すら惜しみ、さらに足に力を込め走る。
その速度は、生物の限界を突破しようとしていた。
「フェン、今だよ!」
「『千散射』!!」
パールの合図とともに、フェンが空へ矢を放つ。
一本の矢が倍々に分裂し、千を超える雨となってアントに襲いかかる。
パールはアントの懐へ潜り込み、降り注ぐ矢の雨をやり過ごす。
無数の矢が殻の隙間に突き刺さり、アントが怯んだ瞬間、パールは自らの能力を全力で解放した。
「『重荷涌出』!!」
『トリアントースアント』の二トンを超える巨体を持ち上げる。
パールの膂力は、その重量でさらに増していく。
「りゃあぁぁッ!!」
パールは暴れるアントを、凄まじい力で空高くへと放り投げた。
アントの巨体が宙を舞う。
そして、それを追う影が一つ。
シードゥが限界まで高まった身体能力で垂直の崖を駆けている。
そのまま岩壁を強く蹴り、空中の標的に向けて跳躍した。
「『亥進励活』ッ!!」
音を超えた速度、崖を駆けるほどの身体能力によって放たれる連撃。
極限まで高まった膂力で振るわれる剣は、もはやアントの殻を紙のように切り裂き、その巨体を空中でバラバラに解体した。
(今回は……間に合ったぜ……)
ドシィン、と響く落下音。
アントの残骸とシードゥが地面に激突した。
「シードゥ、パール! 無事か!」
フェンの叫びが響き渡渡る。
「いてて……なんとか、強化が消える前に着地できたみたいだ」
「私も……動けそうにないけど、なんとか生きてるよ……」
フェンの安堵の息。
限界まで能力を酷使した二人はそのまま横たわっているが、その表情には確かな達成感が浮かんでいた。
フェンは満身創痍の二人を引きずるようにして、出口へと向かう。




