第52話 散らじとぞ、命脈継ぎて
俺達は武器を構え、三体の『トリアントースアント』を睨みつけた。
しかし、銀色の殻を持つ三体は動かない。
威嚇するように巨大な顎を打ち鳴らすだけだ。
「……もしかして、後ろから来る群れを待っているのか?」
「そんな知能があるなら厄介だな……」
俺とシードゥの予想に、全員が警戒を一段階引き上げる。
群れが合流する前に倒さなければ勝ち目はないかもしれない。
「まずは遠距離から叩く! いくぞ!」
俺の合図とともに、四人が同時に能力を解放した。
「『己力投写』ッ!」
「我が腕は『投石機』!」
「残響傷『ナイフ』!」
「『千散射』!」
放たれたナイフに矢、加速した石が空気を裂きながら突き進む。
だが三体は避ける素振りも見せず、ただそこに佇んでいた。
ギャリンッ!
音を立てて全ての攻撃が弾かれる。
俺が放ったナイフが表面を削った以外、殻にはかすり傷一つ付いていなかった。
「う、嘘だろ……」
背後から漏れた仲間の声が、絶望を代弁していた。
これほど強固な外骨格を持つ相手と、今の消耗した状態で、近接戦闘で戦わなければならない。
俺の体がわずかに震えた。
その時、トリアントースアントが静止を辞めて前進を開始した。
背後からは、百を超える蟻の群れがすぐそこまで迫っている。
「……バル。群れさえどうにかなれば、アイツらに勝てるか?」
振動感知の能力を持つキシコが、地面に手をついたまま俺に問いかけてきた。
「勝てない相手じゃない。だけど、あんな数に囲まれたら──」
「……分かった。なら群れは俺が引き受ける」
キシコが俺達の前に一歩踏み出した。
「俺の能力は音を消すだけじゃない。消し去った音の力は、俺の体の中に蓄積されていくんだ。……ラロさん、消音の結界でみんなを包んでくれ!」
「え……は、はい!」
「待てキシコ! それをやったらお前が!」
シードゥ達が制止の声を上げたが、キシコは止まらなかった。
ラロの能力による光のカーテンが俺達を包み込む。
それを見届けたキシコが、群れを睨みつけた。
「……ニムには、俺は村に帰ったと言ってくれ。みんなあとは頼んだぞ。『震脈無潜』解放!」
瞬間、世界が割れたように感じた。
結界の中にいるはずなのに、内臓を揺らすほどの振動が響き渡る。
足元の岩石が砕け、塵が舞い上がる。
その不可視の攻撃を浴びた蟻の群れは、殻がひび割れて体液を吹き出し、粉砕されていった。
しかし、振動の中心にいたキシコは惨憺たるものだった。
全身の穴から血が吹き出し、目が破裂している。
骨は砕け、生きているのが奇跡と言えるほどの有様だった。
──それほどの衝撃を受けても、むくりと起き上がる三つの影があった。
銀色のトリアントースアントは、殻を歪ませながらも生きている。
怒りに狂ったように目を赤く染め上げ、俺達に走り出した。
「ラロ、キシコを頼む! シードゥチームは左、グルーとレギンは右だ! 真ん中は俺がやる!」
俺は叫びとともに地を蹴り、体高三メートルを超える巨体へと黒剣を突き出した。
「ハァッ!!」
ビシリ、と硬い手応えとともに剣先が殻を割る。
喜ぶ暇はなかった。
巨大な顎が俺を狙って迫る。
ガギン、と空を切る音が響く。
(まともに喰らえば両断されるな。まずは足から削いで、機動力を奪う!)
俺は『己力投写』を両足に限界まで込め、アントの周囲を駆けた。
「らぁっ!!」
撹乱するように動き回りながら、関節の隙間に黒剣を滑り込ませる。
強固な殻を避け、アントの足を一本切り飛ばした。
「────っ!!」
音にならない絶叫を上げるアント。
巨体ゆえに、小回りとスピードならこちらに分がある。
このままいけば勝てる。
そう確信した時、頭上から大量の液体が降り注いだ。
「……っ!? しまった!」
アントが放った大量の蟻酸を浴びてしまう。
肌を焼く激痛が走る。
何よりも不味いのは視界を奪われたことだ。
目が開けられず、痛みの中で後退する俺の耳に、巨大な足音が迫ってくる。
「バル坊! 右だよ、右に避けな!」
革鎧の中に避難していたカリーの声が聞こえる。
反射的に体が右へ跳んだ。
直後、俺がいた場所を巨大な顎が叩き潰す音が聞こえる。
「私が指示を出すから、避け続けな! ラロちゃんが来るまで踏ん張るんだよ!」
カリーの指示を頼りに、盲目の中で紙一重の回避を繰り返す。
「バルくん! 『是正宣光』!」
キシコの応急処置を終えたラロが、間一髪で駆けつけてくれた。
浄化の温かな光が俺を包み込み、酸を無害な物へと変えていく。
ようやく視界が戻り、目の前のアントを捉えた。
「助かったラロ! 『己力投写』ッ!」
俺に噛み付こうとする顎を、跳躍して回避する。
そのままアントの頭上へと舞い上がり、持てる全ての力を黒剣に注ぎ込んだ。
(反動は考えない。ここで一気に決める!)
「『己力投写』ッ! うおぉぉ!!」
ギィィィンッ!
火花が散り、黒剣が銀色の首を断ち切った。
俺は受け身も取れずに地面に叩きつけられる。
全力で振るった反動で、俺の両腕はあらぬ方向に折れ曲がっていた。
(みんなの援護には行けないな。だけど、俺の勝ちだ……)
痛みの中で勝利を確信し、意識が遠のきかけた時。
頭を失ったはずのアントが、ガシャリと音を立てて再び動き出した。
(虫の神経節か! しまった、学園の講義で習っていたのに……!)
頭がなくても、体内の神経の塊が盲目的に攻撃を継続させる。
これが昆虫型魔物の恐ろしい点だった。
立ち上がることのできない俺に、岩をも穿つ巨大な脚が迫る。
「バル坊! 早く立ちな!」
カリーの悲鳴が聞こえたが、体は動かない。
「やあぁぁぁ!!」
ズシャ!
肉を裂く音が聞こえた。
見れば、ラロが震える手で杖を構え、アントの切断面へと突き立てていた。
「『是正宣光』!」
杖から眩いばかりの光が溢れ出し、アントの巨体を内側から包む。
溢れ出す血が水へと浄化されていく。
大量の血を失った巨体は、ついに力尽きて崩れ落ちた。
「ハァ、ハァ……」
「ら、ラロ! ありがとう。本当に助かった!」
その場に座り込むラロ。
他のみんなの状況も気になるが、今はまずここから離れることが先決だった。
俺はラロに肩を貸してもらい、激痛に耐えながら歩き出した。




