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ディグニティ・ストライド  作者: 果報寝待


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第51話 門前の銀影

いづくぞ

我が母を屠りしものは

いづくぞ


土の宮を侵せしものは

いづくぞ


許されざる殻門を越え

王座の間へ踏み入りて

母の命脈を絶ちしもの


いづくぞ

いづくぞ


風は答へず

土は語らず


されど忘れじ

忘れじ


六つの脚は地を巡り

千の眼は影を追ふ


母の慟哭

母の残香


辿り

辿り

辿りて


遂に見ゆ


巣を穢せし影

王を奪ひし影


見ゆ

見ゆ

見ゆるぞ


 出口へ向かって走る中、グルーが疑問を口にした。

 

「そういえばよ。お前ら、よく女王蟻なんて狩れたな。普段は巣の奥に引きこもってるんだろ?」

 

 それは俺も気になっていた。

 アントの巣は人が歩けるほど巨大だが、当然そこには何百もの働き蟻がいる。

 女王に辿り着く前に、普通なら力尽きるはずだ。

 

「ああそれはね。キシコの能力で巣に忍び込んだのさ」

 

 グルーに答えたのは、重厚なプレートアーマーに身を包んだ大盾と大剣を持つ女性、パールだった。

 

「キシコの能力はね、地面や空気の振動を検知するんだけど、それだけじゃない。自分達の出す足音や鎧の擦れる音を消すこともできるんだ。そこに消臭の魔道具も併用したのさ。アントは触覚は鋭敏だけど目は悪いからね。暗い巣の中なら、私達は透明人間だったわけさ」

 

 パールは誇らしげに作戦と仲間の力を語った。

 

「なるほど音を消す能力か、ラロと同じことができるんだな。ちなみにその消臭の魔道具って……」

 

 それがあれば脱出も一気に楽になる。

 

「残念だけど、潜入と逃走に全部使い切っちまったよ」

 

 やはりそう上手くはいかないか。

 俺が内心で溜息をついた時。

 

「……待て、全員止まれ」

 

 先ほど名前の出たキシコが足を止めた。

 険しい表情で膝をつくと、手を岩肌に当てて目を閉じる。

 

「……まずいぞ。後ろからかなりの規模の群れが迫ってる」

「じ、じゃあ急ぎましょう! 追いつかれる前に!」

 

 ラロが焦った声を上げたが、キシコは首を横に振る。

 

「……いや、それだけじゃない。前方と左右からも、アントが歩く振動が伝わってくる。……完全に囲まれたぞ」 

「キシコさん、距離と数はわかるのか?」

「……大雑把にしか言えないが、左右はそれぞれ三十ほど。だが前方と後方は、数が掴めないほど多い」

 

 キシコの報告に全員が俺の顔を見た。

 俺は手を顎に当て、少しだけ考えて答えを出す。

 

「前方の群れを一気に突き破るぞ。正面の敵を素早く突破すれば、出口までは一本道だ」

 

 俺が方針を決めると、カリーが険しい顔で聞いてきた。

 

「バル坊、灰はまだあるのかい? 突破に目眩ましが必要だろう?」

「……いや、もう使い切った」

 

 逃走用の灰もなく、退路も断たれている。

 全員が武器を握り直し、死力を尽くすための覚悟を決めた。



 ---------



 押し寄せる蟻の群れに、俺は囲まれそうになる。

 

「『己力投写こりょくとうしゃ』!」

 

 黒剣に能力を最大限込め、地面を薙ぎ払う。

 数匹のアントを切断したが、その穴はすぐに次のアントによって埋められる。

 尽きることのない群れに、俺達は苦戦していた。

 

「バル坊! 左から群れが来てるよ!」

 

 シードゥの過去を聞き、彼らを信じると決めたカリーは、隠れるのをやめて正体を明かしている。

 

「左の群れは任せてくれ! 『千散射せんさんしゃ』!」


 シードゥチームの弓使い、フェンが叫ぶ。 


 大弓を引き絞り、空へ向けて一本の矢を放った。

 放たれた矢は空中で分裂を開始する。

 一が二に、二が四にと増殖していく矢の雨が、アントの群れに降り注いだ。 

 たった一射で三十匹近い群れが殲滅される。

 

「おお! 素晴らしいな、こちらにも頼む!」

 

 その攻撃を目撃したレギンが援護を求めたが、フェンは息を吐き肩を上下させている。

 

「すまないっ、再使用まで時間がかかるんだ……!」

 

 全員の動きに精細さが欠け始めている。

 特に、女王の重い素材を抱えて回避に徹しているシードゥの疲労は深刻だ。

 このままでは誰かが致命的なミスを犯す。

 

「まだか! グルー、パール!」

 

 俺の叫びに、頭上の岩壁から返答が響いた。

 

「位置についたぜ! 巻き込まれる前にそこどけ!」

「いくよ!」

 

 傾斜の上にパールが立っている。

 彼女はフルプレートアーマーに加え、石が限界まで詰められた巨大なバッグパックを背負っている。

 普通なら立つことさえ不可能なその重量を支え、パールの全身が激しい光を放ち始めた。

 

 彼女の能力は、その身にかかる重量が重ければ重いほど、膂力を爆発的に増強させるという──

 

「『重荷涌出じゅうかゆうしゅつ』ッ! おおりゃあああ!!」

 

 うねりを上げて振り下ろされた大剣が、岩盤を叩きつけた。

 あまりの衝撃に足元が大きく波打ち、衝撃に耐えきれなかったパールの大剣が粉々に砕け散る。

 だがその一撃は、岩石地帯に深い亀裂を走らせるには十分だった。

 

「やるな! 負けられねえぜ、残響傷ざんきょうしょう『鉄拳』!」

 

 グルーが能力を解放した。

 具現化された緑の巨拳が、亀裂の入った岩肌にトドメの衝撃を叩き込む。 

 ドゴォッ! と音が轟き、岩場がガラガラと音を立てて崩れ始めた。

 

「みんな全力で引け! 崖崩れが来るぞ!」

 

 全員が死に物狂いで後退する。

 背後では、巨大な岩塊が雪崩のようにアントの群れを呑み込んでいった。

 ぐしゃりという不快な音が、轟音に混じって響き渡る。

 

「あ、危なかったね……」

 

 ラロの呟きに、全員が頷く。

 ほんの数秒遅れていれば、俺達もあの岩の下敷きになっていただろう。

 

「おーい、全員無事か!」


 グルーが、消耗したパールに肩を貸しながら降りてきた。

 

「ああ全員無事だ。パールを回復したら、一気に出口へ向かうぞ」

 

 ---------

 

 満身創痍だが、何とか出口へと辿り着いた。

 この漆黒の穴の先には外が待っている。

 安堵して気を緩めようとした時、後ろからアントのものとは思えない重い足音が響いてきた。

 

 振り返った先にいたのは、三メートルを超える巨体。

 鈍い銀色の輝きを放つ堅牢な殻を持った、女王の近衛兵トリアントースアントが三体だった。

 

「は、早く逃げるぞ! 何止まってるんだ!」

 

 シードゥが危機感から叫ぶが、俺達は動かなかった。

 

「先に行っててくれ。俺達はあいつを仕留めてから行く」

「何言ってんだよ! 群れだってすぐ後ろに来てるんだぞ! 勝てるわけねえだろ!」

「あんなのが出入り口に居座っていたら、この後に入ってくる冒険者が殺される。心配しなくても、無理だと判断したらすぐに逃げるさ」

 

 俺の言葉に、シードゥは驚愕のあまり絶句した。

 出口と俺達を交互に見て、やがて髪を掻きむしりながら叫んだ。

 

「──あぁもう! 分かったよ! 俺も付き合ってやる! リウ、お前はもう限界だ、素材を持って先にギルドへ行け!」

 

 今度は俺達が驚く番だった。

 

「……逃げられない可能性もあるぞ? お前達は自分を優先しろよ」

「はいそうですかって、言って逃げられるかよ。お前らへの貸し、少しは返させろ!」

 

 シードゥはそう言い放ち、仲間のリウにバッグパックを押し付ける。

 リウは回復役として限界まで動いていた。

 自分も残ると食い下がったが、シードゥに押され悔しそうに出口へと走り出した。

 

「バル。ここを出たら、ニムに……仲間に会ってやってくれ。お前らを、俺達の恩人として紹介したい」

「そのためには、こんなところで死ぬわけにはいかないな」

 

 俺とシードゥは並んで剣を構える。

 迫る群れの足音と、目の前の銀色の近衛兵。

 

 ガチガチと顎を打ち鳴らす音が響く中、俺達は最後の戦いに備えた。

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