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ディグニティ・ストライド  作者: 果報寝待


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第49話 群れ呼ぶ彩虹

 

 中級ダンジョン・第五階層

 

 難所だった四層を突破し、次の階段へと辿り着いた俺達は、五階層へと足を踏み入れていた。


 環境そのものや出現する魔物の種類に、四層との違いはない。

 だが、決定的な差が俺たちの行く手を阻んでいた。

 数だ。

 あまりにも敵の数が多すぎる。

 

 少し進むだけで次の個体に遭遇し、一体の処理に手間取れば背後から挟み撃ちに合う。

 俺達は、一メートルを超える蟻『トースアント』の尽きない群れを前に、息も絶え絶えで剣を振るっていた。

 

「クッ……! 巣が近くにあるわけでもないのに、なんでこんな数が!」

「一向に数が減らぬぞ。倒しても倒しても、岩陰から溢れ出してくる!」

 

 レギンが蟻を弾き飛ばし、グルーがその殻を砕く。

 しかし背後からさらなるカサカサという不快な進行音が響いた。

 

「バル坊! また後方から群れが来てるよ! 二十……いや、三十はいる!」

 

 カリーの警告に、俺は背後の斜面を睨みつけた。

 岩場の傾斜の下から真っ黒な蟻の波が這い寄ってきている。

 

「キリがない、近くの安全地帯まで撤退するぞ! みんなあれを撒け!」

 

 俺の指示に、全員がベルトに括り付けていた革袋を手に取る。

 中身は焚き火の跡から回収した大量の灰だ。

 この岩が剥き出しの岩石地帯では、俺の能力やグルーの『鉄拳』でも、目眩ましに使えるほどの土煙を上げることはできない。

 敵の数が多いこの階層において、撤退時に視界と嗅覚を封じる灰は必須と言えた。

 

「らぁっ!」

 

 全員で一斉に灰をぶち撒ける。

 風に舞った灰が蟻たちの鋭敏な触角を狂わせ、俺達の気配を一時的に遮断する。

 その隙を突き、俺達は全速力で安全地帯へと駆けた。

 

 ----------

 

「ハアハア……。 いくらなんでも数が多すぎる。なにか異変でもあったのか……?」

「……アントだけだが、事前に聞いてた話の十倍はいたぜ。あんなの、まともに相手してたら剣がボロボロになっちまう」

 

 グルーが大剣を置き、荒い息を吐きながら座り込む。

 

「これでは出口にたどり着けるか分からぬぞ。我らの消耗が早すぎる」

「ま、まずは、ここにいる他の人達にも話を聞いてみようよ。みんな同じ状況なら、何か理由があるはずだよ」

 

 俺達は乱れた呼吸を整え、安全地帯で休息をとっている他の冒険者達へ話を聞くことにした。


 休息をとっている冒険者達は、一様に硬い顔をしていた。

 俺は、ひときわ年季の入った装備のベテラン冒険者に声をかけ、現状を尋ねた。

 

「……アントが異常発生? ああ、俺達も群れから逃げてきたところだ」

 

 男は苦々しく唾を吐き、水筒を煽る。

 

「二十年この迷宮に潜ってるが、こんなことは初めてだ。あいつらは本来、ほとんどが巣に籠もって動かない魔物だ。それがあんな風に迷宮中を彷徨き回るなんて……まるで何かに吸い寄せられているようだったぜ」

 

 ベテランの言葉に、背筋が冷たくなるのを感じた。

 自然現象ではない、何らかの異変が今この階層で起きているのだ。

 

「何か……魔物を引き寄せるような魔道具でも使われたってことでしょうか」

「さあな。だが一つ言えるのは、この階層のどこかに、アントどもを狂わせる元凶があるってことだ。そいつが消えない限り、五階層はこのままだろうよ。俺達はギルドの救助が来るまでここで動かねえぜ」

 

 その時だった。

 安全地帯を囲む柵が、乱暴に押し除けられた。

 

「――っ頼む! 入れてくれ!」

 

 五人の冒険者が、悲鳴に近い声と共に転がり込んできた。

 全身が泥とアントの体液で汚れ、装備は至る所が損壊している。

 昨夜、酒場で俺達に憎悪を向け去っていったシードゥのチームだった。

 

「おいおい、ふざけるなよ! アントを連れてきたのか!」

 

 安全地帯にいた冒険者達が一斉に武器を構え、立ち上がる。

 シードゥ達の背後からは、岩を這うカサカサという無数の進行音が不気味に迫っていた。

 

「頼む……体力がもう限界なんだ……!」

 

 シードゥが肩を貸している仲間の足取りは、もはや引きずっているに近い。

 即座に俺達も武器を取り、なだれ込もうとするアントの群れを食い止めるために立ち塞がった。

 

 押し寄せる蟻の数は尋常ではなかったが、安全地帯にいた冒険者達が協力して迎え撃てば、対処できない相手ではない。

 短い乱戦の末に蟻は片付き、今は祝福系の能力を持つ冒険者が、疲弊しきったシードゥ達に治癒を施している。

 

「す、すまねえ。助かった……」

 

 憔悴しきった表情で礼を言うシードゥ。

 だが俺はあることに気がついた。

 ボロボロになっているシードゥ達のバックパック。

 その裂けた穴の隙間から、鈍い虹色の輝きが漏れ出していることに。

 

「シードゥ、そのバックパックの中身は何だ?」

 

 問いかけた瞬間、シードゥが血走った目でこちらを射抜いた。

 彼は必死の形相でバックパックを抱え込み、黙り込む。

 仲間達もまた、怯えるような表情で強張っている。

 

「おい、お前ら……包み隠さず出しな」

 

 不穏な空気を感じ取ったベテラン冒険者が、仲間と共にシードゥへ詰め寄った。

 抵抗を力ずくで押さえ込み、ひったくるようにしてバックパックをひっくり返す。

 

 ──ガラガラ、と硬質な音を立てて転がり出たのは、見たこともない輝きだった。 

 虹色の光沢を放つ、巨大なアントの殻。

 

「シードゥ、その素材……!」

 

 俺の頭に学園の講義内容がよぎる。

 冒険者ギルドの危険種リストにも載っている、最上位個体。

 アント達の母体──女王クイーントースアントの殻だ。

 

「今すぐどこかに捨てろ! そいつがある限り、蟻の暴走は止まらねえぞ! 死んでもなお、アントを呼び寄せるフェロモンを出し続けてやがるんだ!」

 

 ベテラン冒険者が怒号を浴びせる。

 しかしシードゥは蒼白な唇を震わせ気合いで叫び返した。

 

「……断る! 捨ててたまるか、これだけは……これだけは絶対に渡さねえッ!」

 

 その悲痛な絶叫が、静まり返った安全地帯に響き渡った。

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