第47話 知恵と工夫と欺き
中級ダンジョン・第四階層安全地帯
焚き火を囲み、仲間達が装備の点検や軽食を摂る傍で、俺は黙々と革紐を編み込んでいた。
「おいバル。何作ってんだそれ?」
干し肉を噛みちぎりながら、グルーが興味深そうに覗き込んでくる。
「山羊対策の武器だよ。グルー、その辺に落ちてる手頃な石を二つ持ってきてくれないか」
俺は受け取った石を、編み上げた紐の両端に手際よく結びつけた。
「そ、それはどうやって使うの?」
「投擲紐か? あの機動力相手に石をぶつけるのは至難の技だと思うが……」
ラロとレギンも興味ありげな顔で寄ってくる。
俺は立ち上がり、数メートル先の枯れ木に狙いを定めた。
「まあ、見てろって」
紐の中央を掴んで振り回し、標的に向かって放つ。
放たれた紐は空中で円を描くように広がりながら飛行し、幹に触れた瞬間に両端の重りの遠心力でバチンッ!と音を立てて木に巻き付いた。
「おお……!」
「『ボーラ』っていう狩猟道具なんだ。ナイフや石が当てにくいのは、それが点の攻撃だからだよ。でも、こうして広がる線の攻撃なら掠めるだけでいい。素早い山羊の足に絡ませて機動力を奪えるはずだ」
かつて村で父さんと狩りをした時に教えられた知恵だ。
「いいなそれ! 俺も欲しいぜ」
「わ、私でも使えるかな?」
「我も一つ持っておこう。これは合理的だ」
全員で革紐を編みながら、残る魔物達の対策をさらに練り上げていった。
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休息を終え、俺達は再び四階層の岩場へと踏み出した。
一歩ごとに足首が悲鳴を上げる悪路を慎重に進んでいると、岩の向こうからあの乾いた蹄の音が聞こえてくる。
「前方、山羊が四匹来るよ!」
「全員作戦通りに。……いくぞ!」
岩壁を蹴り、矢のような速度で迫り来るクルゴート。
俺達は一斉にボーラを投げつけた。
空中で旋回する四つの線が、跳躍しようとした二匹の足首に絡みつく。
「メェッ!?」
バランスを崩した山羊が無様に岩場を転倒した。
「カリーは周囲の警戒、レギンはラロの守護を! 俺とグルーで残りを仕留める!」
「「「了解!」」」
転倒した仲間に構わず、猛進を続ける残りのクルゴートに俺とグルーが立ち塞がる。
「残響傷『熱液』!」
グルーの腕が発光し、能力によって具現された高温の粘液が射出される。
だが山羊は岩壁を垂直に駆け上がることでそれを回避し、鋭い角を突き出した。
「うおぉりゃあ!!」
グルーは大剣を力任せに振るわず、あえて突き出した。
周囲に粘液を撒き散らすことで山羊の着地点を制限し、予測される軌道へ大剣を置く。
奴の突進とグルーの怪力が正面から衝突。
大剣が山羊の体半ばまで、深く突き刺さった。
「ふっ!」
俺は投げナイフを放つが、山羊は岩場を跳ね回り、ナイフは虚しく空を切る。
こちらの攻撃が外れたことに勝機を見たのか、山羊はさらに加速して俺に迫る。
俺は慌てずに、腰のベルトに括り付けていた革袋を掴み取った。
「これでもくらえ!」
迫り来る山羊の顔面に、袋の中身──焚き火から回収した炭と灰をぶちまける。
突進をする事に集中していた山羊は、回避不能な面の攻撃をまともに浴びた。
目に細かな炭が入り、灰が吸い込まれる。
「己力投写!」
黒剣に全神経を集中させ、己の能力を込める。
怯んだ山羊の胴へ、横一文字の黒い線が走った。
ズシャリ、と音がして山羊の巨体が真っ二つに分かれて岩場に崩れ落ちる。
「ゲホゲホッ! バルよ、灰は有効な手だが、少し風向きを考慮してくれ……!」
ボーラで動けない山羊を処理していたレギンが、風下で灰まみれになっていた。
「あ、悪い。そっちに流れるとは思わなかった……」
(次は仲間の位置と風向きを完璧に計算に入れないとだな……)
「やったぜ! あっさり勝てたじゃねえか! 次はあの鳥野郎を落としてやろうぜ!」
「小休憩を入れたら、次の作戦用の道具を揃えようか」
対山羊作戦は、想定以上に上手くいった。
次は落石の怪鳥──ブースカランに引導を渡す番だ。
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上空から見下ろす世界は、彼らにとって広大な餌皿のようなものだ。
『ブースカラン』の濁った黄色の瞳が、岩場を右往左往する四つの影を捉えた。
あれは弱く、脆い獲物だ。
自身の食欲と残虐性を満たすため、ブースカランは巨大な嘴に詰め込んだ石を狙い違わず次々と投下していく。
ガンッ!
というぶつかる衝突音が幾度も鳴り、獲物達は逃げ場を失って重なるように倒れ伏した。
やがて、ピクリとも動かなくなる。
嘴の弾丸を使い果たしたブースカランは、勝利を確信して翼を畳んだ。
獲物の肉を啄み、次の落石用の石を補充するためにゆっくりと岩場へと舞い降りる。
地に降り立った捕食者は、無様に転がっている死骸に勝利の凱歌をあげるべく近寄った。
だがその瞬間。
動かぬ死骸だと思っていた黒い塊が跳ねた。
「──今だ!」
鋭い声が響くと同時に、放たれた銀光がブースカランの無防備な喉元を深々と貫いた。
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「ふぅ……。狙い通りに降りてきてくれたな」
俺は『己力投写』を込めたナイフが標的を絶命させたのを確認し、体に覆い被せていた重い殻を放り出した。
俺達が頭上から降り注ぐ石の雨に耐えられたのは、この『トースアントの殻』のおかげだ。
一メートル級の蟻の殻は驚くほど硬く、それでいて不思議なほど軽い。
何よりドーム状に丸みを帯びているのが幸いした。
これを紐で繋ぎ合わせた即席の盾を全員分作り、内側から支えて亀の甲羅のように潜り込めば、落石の衝撃を外側へ逃がして耐え抜くことができる。
「バル坊、投擲のタイミング完璧だったよ。あいつすっかり騙されてたねえ」
カリーがニヤリと笑いながら、殻の下から這い出してきた。
「ふぅ……この盾、俺には小さすぎるな。はみ出した尻に石が当たるかと思って冷や冷やしたぜ」
グルーが窮屈そうに殻盾をどかして大きく肩を回す。
「す、少し臭うし……学園に帰ったら改良しなきゃだね……」
ラロが顔を顰めながら起き上がる。
この殻は、巣から出て餌を探し回っていた個体を仕留めて得た物だ。
即席ゆえに殻の内側にはまだアントの体液がこびりついていた。
グルーの巨体にはサイズが合っていないし、有効だと分かった以上は本格的な攻略のために素材の吟味と加工は必須だろう。
「だが上手くいったではないか! 我が祖先の武勇伝にも死んだふりで竜を討った話があるが、上手くいく物だな! 早速、素材と魔石を回収するとしよう」
レギンが上機嫌で獲物へ歩み寄る。
俺達は手際よくブースカランを解体し、更なる獲物を求めて歩き出した。




