第46話 焚き火の傍ら、再戦の策
新人狩りを返り討ちにしてからの攻略は、自分達でも驚くほどスムーズだった。
草原の魔物の行動パターンを把握した俺達は、わずか一週間で四階層への階段にたどり着いた。
だが中級ダンジョンが本当の牙を剥くのは四階層からだと思い知った。
それまでの開けた草原とは打って変わって、巨大な岩壁が視界を塞ぎ、足元はゴツゴツした岩場へと変貌を遂げている。
一歩踏み出すごとに足首が悲鳴を上げ、高低差のある岩石地帯はただ移動するだけで体力を削り取っていった。
「……はぁはぁ……視界が最悪だな。岩陰が多すぎて、どこに潜まれているか分かったもんじゃない」
俺の呟きに全員が険しい顔で頷く。
大きな岩場を乗り越えるたびに呼吸が乱れる。
そんな俺達の消耗を嘲笑うように、頭上の断崖から乾いた蹄の音が響き渡った。
「全員構えな! また山羊が三匹来るよ!」
垂直に近い崖の斜面を縦横無尽に駆ける影が躍り出た。
『クルゴート』。
通常の山羊より一回り以上大きく、前方に突き出した鋭利な二本の角が特徴だ。
平地であればそれほど脅威ではない魔物だが、この岩石地帯という環境が彼らに圧倒的な機動力を与えていた。
「うおっ! クソッ、足が……!」
グルーが大剣を振るうが、不安定な足場にバランスを崩しその刃は空を切る。
平坦な草原や石床での戦いに慣れていた俺達にとって、足首を挫きかねない傾斜地は体力を奪う難所だった。
「我が身は『大盾』! バル、トドメを!」
レギンが大盾の力を使い、突進してくる山羊を正面から受け止める。
その隙を突き、俺は動きの止まった山羊の急所に剣を叩き込んだ。
「是正宣光!」
同時にラロの放つ光が残りの二匹を包み込み、その動きを封じる。
「残響傷『熱液』! うおぉぉ!」
グルーが一体を高温の粘液で焼き払い、もう一体を渾身の一撃で両断した。
俺達はようやく一息つく。
「厄介だな……。我もバルも、この足場では得意の高速戦闘が封じられてしまう。投擲もあの速度で跳ね回られては安定しない。山羊の力を使えるよう、訓練すべきだろうか?」
「それだと前線がレギンだけになって、負担が大きすぎる気がするな。ルートを変えるのが──」
今日だけで山羊に何度も苦戦をしていた。
俺達は岩陰に身を潜め、次の階層へ至るルートを再考し始める。
だがその話し合いの最中、ラロが何かに気がついたように空を見上げた。
「ば、バル君、空! 何かいるよ!」
ダンジョン内とは思えないほど広い青空を、大きな翼が旋回していた。
次の瞬間、旋回していた怪鳥が嘴を大きく開き、大量の石を投下した。
「ブースカランだ! レギン、大盾を!」
翼長六メートルを超える怪鳥『ブースカラン』。
彼らは巨大な袋状の嘴に石を詰め込み、上空から獲物を狙う。
それは高所からの加速も相まって致命的な落石となって降り注ぐ。
「我が身は『大盾』!」
レギンが能力を発動し、全員がその背後に身を隠す。
激しい衝突音が鳴り、レギンが苦しげに声を漏らした。
「グッ……! これは長く持たんぞっ!」
「おい! あそこの隙間に逃げ込むぞ!」
グルーが指差したのは、崖に刻まれた深い裂け目だった。
降り注ぐ石の雨から逃れるため、そこへ飛び込もうとした時。
「待ちなグルー坊! そこに何かがいるよ!」
カリーが焦燥に満ちた叫びを上げる。
だがグルーはすでに割れ目の直前まで迫っていた。
「ギュアァ!」
壁面がうねるように動き出した。
『ヴァランリザード』。
周囲の環境に合わせて体色を自在に変える、トカゲの魔物だ。
三メートルはある巨体。
その強襲に対し、グルーは反射的に大剣を盾にして防ぐ。
「ぐおっ! ざ、残響傷『鉄拳』!」
グルーに覆いかぶさった大トカゲが、具現化された緑の巨拳によって弾き飛ばされる。
だがトカゲが叩きつけられた崖の奥から、さらなる絶望が這い出してきた。
「……っ! 全員、今すぐ撤退だ!」
その正体に気づいた瞬間、俺は全速力での撤退を命じた。
這い出してきたのは、数十匹の『トースアント』。
硬質な漆黒の殻に覆われた、一メートルほどの蟻の魔物だ。
数匹なら問題はない。
だが、トカゲが飛ばされた先は奴らの巣だったのだろう。
暗闇の奥から、さらにぞろぞろと黒い影が溢れ出してくる。
俺達は血の気を引かせながら、必死に岩場を駆け下りた。
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俺達は四階層の安全地帯へと逃げ込んだ。
澄んだ池を囲むように草木が茂る、嘘のように静かな空間。
不思議なことにここには魔物が湧かず、近づくことすらしない。
「痛っ……」
全員、無理な撤退のせいで大なり小なり打撲や裂傷を負っていた。
「是正宣光……」
ラロの温かな光が俺達を包み、傷を癒していく。
沈黙の中でグルーが気まずそうに口を開いた。
「……すまねえ。俺のミスだ。焦って迂闊に飛び込みすぎたぜ」
「いや。割れ目を見つけたのがグルーなだけで、誰でも同じ判断をしたはずだよ。全員無事だったんだ、これを次に活かせばいいさ」
「しかし、厄介な魔物ばかりだな。あれほど擬態に長けたものがいては、安易に身を隠すこともできぬ」
「空から石が降ってきたら、私は鎧の外に出ることもできないよ……」
「な、何か対策を考えなきゃだね……」
四階層の魔物については、ギルドで予習済みだった。
だが文字で読むのと実戦では訳が違う。
草原の攻略が順調すぎて、俺達の警戒心はどこか緩んでいたのかもしれない。
「まずはあの山羊をどうするか。そこから考えよう」
俺達は焚き火を囲むように輪になり、次の攻略に向けて作戦を練り始めた。
ボロボロになり敗走した直後だというのに、誰の顔からも闘志は失われていなかった。




