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ディグニティ・ストライド  作者: 果報寝待


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第45話 伏す返しの剣


 学園・談話室

 

 群れから敗走し、学園へ戻った俺達は新人狩りへの対策を練り上げていた。

 しかし、奴らがどうやって魔物をあれほどの密度で呼び寄せたのかが掴めずにいた。

 

「君達……何をそんなに悩んでいるの?」

 

 声をかけてきたのはヴィブラム先生だ。

 魔物の生態に精通し、冒険者として活動していた彼女なら。

 俺は藁にも縋る思いで事の経緯を説明した。

 

「なるほどね……君達も、新人狩りに遭ったというわけだ」

「君達も……ということは先生もですか?」

「ええ。冒険者時代にササ達とね。あの頃……大事にしていた杖を救助代として奪われたわ」

 

 ヴィブラム先生の目が細められる。

 その丸眼鏡の奥にある目は決して笑っていなかった。

 憎悪が揺らめいているように見える。

 

「ここは教師として……私が同行して目に物見せてあげようかしら……」

 

 先生から放たれる圧が膨れ上がり、その美貌が肉食獣のように獰猛に歪む。

 

「い、いえ……先生に手を煩わせるほどのことではありません」

 

 俺は慌てて首を振った。

 先生は一度火がつくと必ずやりすぎる。

 実験の手伝いを通してその性格を熟知してきた俺には、彼女が新人狩り達を血祭りに変える未来が容易に想像できた。

 

「それより、魔物を誘引する具体的な手段を教えてくれませんか」

「……ふん、まあいいわ。一階層なら、ラクターモスキートにバドブーラット、それとダードウルフだったわね。……おそらくはバドブーラットのメスを利用したのでしょう」

 

 先生は顎に手を当てて冷徹な分析を始めた。

 

「バドブーラットは極端にメスが少なくてね。普段は巣穴に引きこもっているけれど、そのメスが殺されると周囲のオスは理性を失って乱心するの。死んだメスの臭い……つまり体液が付着している生物を、仇として徹底的に追い詰めるわ」

「最初に何匹かラットを倒した気がします。あれの中に……」

 

 先生の言葉に戦慄しながら状況を整理する。

 

「メスを殺ればオスが狂い、そのオスを倒せば撒き散らされた大量の血に誘われて、モスキートとウルフが雪崩れ込んでくる……そういう仕組みか」

「その通り。完璧な死の連鎖ね。メスを特定の場所へ誘導する手段は……何らかの特殊能力でしょうけれど。見分け方は簡単、尾が栄養を蓄えて丸々と太っているのがメスよ」

 

 解決の糸口が見えて全員の顔に光が戻る。

 

「ありがとうございます! これだけ分かれば、十分です」

「そう……よかったわ。私の分も含めて、きっちり仕返ししてきなさいね」

 

 先生はそう吐き捨てると、気怠そうに去っていった。

 

「よし。今もらった情報を元に作戦を構築するぞ」

 

 俺達は再び頭を突き合わせ、敗北感を復讐心へと塗り替えていった。


 ---------


 中級ダンジョン・第一階層

 

 草原の茂みに潜む六人組の冒険者達は、苛立ちを隠せずにいた。

 視線の先には、昨日洗礼を浴びせたはずの新人が四人。

 

「チッ、どうなってやがる。全然群れが来ねえじゃねえか。……おい、本当にメスを誘導したんだろうな」

「当たり前だ。条件は完璧なはずなんだが……」

「けどよ、あいつらさっきから突っ立って喋ってるだけですぜ。様子を見に行きやすか?」

「……運よく体液を避けたのか? チッ、行くぞ」

 

 痺れを切らした新人狩り達が、獲物へと音もなく忍び寄る。


 ---------


「バル坊、後ろ二十メートルの茂みにいるよ」

 

 集中しているラロの肩に乗り、後方を警戒していたカリーが警告を発した。

 

「へへ、ようやく来やがったか」

「クククッ。奴らの被害に遭った者達の痛み、その身で存分に味わってもらおうではないか」

 

 グルーとレギンが不敵な笑みを浮かべて呟く。

 俺は腰のベルトから、投げナイフを一振り引き抜いた。

 

「よし、グルー。やってくれ」

 

 新人狩り達が十分に近づいたことを確認し、合図を送る。

 グルーが振り返り、わざとらしく叫び声を上げた。

 

「おっといけねえ! 手が滑っちまった!」

 

 放り投げられたのは、縄で縛られた一匹の魔物。

 捕獲した、猛烈な悪臭を放つバドブーラットのメスだ。

 

己力投写(こりょくとうしゃ)!」

 

 新人狩り達の頭上に達したラットを俺のナイフが貫く。

 空中で弾けた体液が、雨のように六人組へと降り注いだ。

 

「なっ!? この臭いは……やべぇ、メスの体液だ!」

「まずい! 今すぐ消臭の魔道具を──」

「うわああああ! もう来てるぞ!」

 

 魔道具を取り出す暇さえなかった。

 周囲で草や根を齧っていたオスラット達がメスの死とその仇敵に狂い、波となって六人組へ殺到する。


「……さて、巻き込まれる前に少し離れようか」

 

 -----------

 

 数十分後。

 俺達が様子を見に戻ると、そこには血と泥と悪臭にまみれて息も絶え絶えな六人組がいた。

 周囲にはまだ、獲物を囲む魔物達の唸り声が響いている。

 

「て、てめぇら……よくもやってくれたなぁッ! ぶち殺して魔物の餌にしてやる!」

「ああそうだ! ギルドに報告してやるからな! 魔物を誘導した違反をよぉ!」

 

 俺達に気がつき、自分達の悪行を棚に上げ喚き散らしている。

 

「助け……いりますか?」

「だ、誰が頼むか! 全員気張れ、こんな群れ俺達だけで倒し切るぞ!」

 

 顔を真っ赤にして叫ぶ彼らを無視し、俺達はその場に腰を下ろした。

 

「じゃあここで見学させてもらおうか。ラロは休憩してて。周辺の警戒は俺達がやるから」

「……うん、ありがとう」

 

 捕獲したメスの臭いによる誘引を防ぐため、ラロはずっと空気の浄化を使い続けてくれていた。

 かなりの疲労だろうが、その目には強い怒りの色が宿っている。

 

「あいつらが何分持つか賭けようぜ。俺は三十分だな」

「我は二十分持つと予想する!」

「かなり消耗してるようだし。十分も持たないんじゃないかねえ」

「お前ら悪趣味だぞ……俺は十五分かな」


 

 褒められたことでは無いと思う。

 だが、こいつらはそれだけのことをしてきた。

 

「……じ、じゃあ私は三十分以上で」

 

 意外なことにラロも賭けに乗ってきた。

 よほど腹に据えかねていたらしい。

 

「よし。当たった奴が全員に一つ命令な! 俺が勝ったら、全員で死ぬまで筋トレだ!」

「我が勝てば、祖先の英雄が記した全五巻の自伝を読み、感想文を提出してもらおうか!」

「私はそうだねえ、菓子作りを手伝ってもらおうかね。グルー坊、あんたは買い出しだよ」

 

 俺は勝った時の命令を考え、ニヤリと口角を上げた。

 

「俺が勝ったら──男子は女装、女子は男装して食べ歩きをしてもらう。……もちろん街の大通りでな」

 

 グルーとレギンが猛烈な批判を上げたが、俺はそれを聞き流した。

 そんな馬鹿話をしている間にも、六人組の声は次第に弱々しい懇願へと変わっていく。

 

「たっ、助けてくれ……ッ!」

「許してくれ! 頼む、死にたくない!」

 

「……救助代は弾んでもらいますよ?」

 

 俺の合図でチームが一斉に飛び出した。

 すでに数の減っていた群れを蹴散らし、ボロボロになった彼らを救助する。

 

「……助かったぜ。救助代は俺らの装備で……」

「そんなボロボロの装備いりません」

 

 呆れ顔で吐き捨て、俺は条件を突きつけた。

 

「金貨二十枚を払うか、自分達の罪をギルドに報告する。これ以外の選択肢はありません」

「き、金貨二十枚!? ふざけるなよ、足元を見やがって!」

 

 六人組がボロボロの体で必死に猛抗議してくる。

 俺は冷めた目で彼らを見下ろしたまま続けた。

 

「ああそうそう。俺達がメスを使って魔物を誘引した件ですが、どうぞギルドに報告してください。全く構いませんよ」

「は……?」

 

 俺の言葉に、リーダーと思わしき男が呆然とした顔をした。

 おそらくはこちらの弱みとして交渉の材料にするつもりだったのだろう。

 

「ですがね、不思議なんですよ。この辺りの冒険者に聞き回ってみたんですが、誰も『メスの体液でオスを引き寄せられる』なんて知らなかった。なのにあなた達はあの悪臭を嗅いだだけですぐに勘づいたうえに消臭の魔道具も持っていた。……ずいぶんとお詳しいんですね?」

「そ、それは……っ」

 

 男の声が詰まる。

 ようやく自分達が嵌まった罠の正体に気づいたようだ。

 俺達がメスを投げたことを報告すれば、当然その場にいた彼らがなぜそれを瞬時に理解できたのかも洗われることになる。 

 今まで証拠が出なかっただけで、方法さえ割れてしまえば話は早い。

 こんな無法者はギルドもすぐに追放、あるいは投獄の処置を下すだろう。

 

「そもそもだな。貴様らのような下衆、我が父に頼めばいかようにも投獄できるのだぞ。……それが嫌なら真面目に冒険者をすることだ」

「父……? 投獄……?」

「このレギンの父親は、あのキファルメ公爵だぞ。溺愛する息子を罠にはめたと知ればどうなるか……わかるな?」

 

 その名はこの国で抗えぬ絶大な権力の象徴だ。

 六人組はまるで死を宣告されたかのような顔で震え、地面に額を擦り付けた。

 

「す、すみませんでした! 金貨でも何でも払います! それだけは……それだけは勘弁してください!」

 

 ---------

 

「ちっ、結局勝ったのはバルかよ……」

「十五分を少し過ぎた程度だったな。計算し尽くされていたか……」

 

 ダンジョンを後にした俺達は、清々しい気分で夕暮れの街を歩いていた。

 

「バル坊、今からでも普通の食べ歩きに変更しないかい?」

「……わ、私はちょっと楽しみかも」

 

 文句を言いながらも、仲間達の顔からは昨日の陰りは消えていた。

 俺は懐に仕舞った金貨を叩き、イタズラっぽく笑う。

 

「さて、まずは衣装選びから始めようか!」

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