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ディグニティ・ストライド  作者: 果報寝待


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第44話 泥にまみれて折れぬ牙


 中級ダンジョン・第一階層


 見渡す限りの草原の中、俺達は疲労困憊で戦い続けていた。

 再生能力を持つ漆黒の革鎧はすでにボロボロ。

 修復が追いつかないほどの無数の傷、そして悪臭を放つ体液がべっとりと張り付いている。

 草原という視界の良さが、これほどまでに凶悪だとは思わなかった。

 

 全方位から押し寄せる三種類の魔物の群れ。

 頭上からは巨大な蚊『ラクターモスキート』が血を求めて羽音と共に針を突き出す。

 足元は腐敗臭を撒き散らす『バドブーラット』が埋め尽くしている。

 そしてその隙を突いて、こちらの喉元を狙ってくる『ダードウルフ』の群れ。

 

「ラロ! モスキートの動きを止めてくれ!」

「ご、ごめん! 羽音と臭いで集中が……!」

 

 蚊の耳障りな羽音とラットの鼻が曲がるような悪臭。

 ラロの集中力が乱され、能力の効果を低下させていた。

 前線に立つグルーとレギンもまた、悪臭に顔を歪めて吐きそうになりながら必死に武器を振るっている。

 小柄なカリーは、モスキートの針から逃れるために鎧の中だ。

 

 個々の実力では確実に勝っている。

 だが敵は減るどころか増えているようにさえ感じられた。

 徐々に体力と精神が削り取られていく。

 

「グルー、レギン! そっちはどうだ!?」

「最悪だぜ! ネズミもウルフも次々湧いてきやがる!」

「このネズミの臭いを嗅ぎつけて寄ってきているのだ! 悪臭を浄化せねば、こちらが先に倒れるぞ!」

 

 あまりの物量に撤退を考えた時だ。

 

「おーい! そこの坊主ども、助けはいるかー?」

 

 遠巻きにこちらを眺めている六人組の冒険者達が声を張り上げた。

 

「バル君、あれって……!」

「ああ、間違いないな。……新人狩りだ」

 

 最初から罠だったのか。

 この異常な数の群れは、あいつらが何らかの手段で誘導してきたものに違いない。

 

「全員、無視して撤退だ! グルー道を空けてくれ!」

「了解だ! 残響傷(ざんきょうしょう)『鉄拳』!」

 

 グルーが具現化した巨大な拳が地面を激しく叩きつけた。

 凄まじい衝撃と轟音が響き渡り、土煙が視界を遮る。

 魔物達が怯んだ一瞬の隙を突き、俺達は一直線に出口へと駆け出した。


 -----------

 

「はぁ、はぁ……いきなり大失敗だな……」

「クソッ、まんまとはめられちまったな。回復薬が割れちまったぜ」

 

 ダンジョンの外へと出た俺達は、乱れた息を吐き出しながら地面に座り込んだ。

 新調したばかりの鎧は悪臭を放ち、返り血と体液で見る影もない。

 

「鼻が馬鹿になっちまいそうだよ……」

「この鎧に再生能力がなければ、初日で大赤字になるところだったぞ」

「い、いま回復と浄化をするね」

 

 ラロの放つ温かな光が俺達の傷を癒し、まとわりついていた悪臭を消し去っていく。

 

「よ! やっぱりやられちまったか。警告してやっただろうに」

 

 装備の点検をしていた俺達に、聞き覚えのある声がかけられた。

 ダンジョンに入る前、新人狩りの存在を教えてくれたあのベテラン冒険者だ。

 

「……あのとてつもない群れ。あれが、あいつらの手口なんですか?」

「おう。六人組だったろう? 恥じることはねえぞ。ここらの冒険者は、あいつらに一度は洗礼を食らわされてる。逃げ切れただけ大したもんだ」

 

 そう言われ周囲を見渡すと、他の冒険者達からも、同じ苦労をした者へ向ける懐かしむような視線が送られていることに気がつく。

 

「四階層まで行けば、新人狩りの手も届かねえ。銀貨三枚と倒した魔物の素材七割を寄越すなら、俺達が同行してそこまで連れて行ってやるぜ?」

 

 迷宮は入る時に一度到達した階層から再開できる。

 この話に乗れば、厄介なエリアを飛び越えることができるだろう。

 

「おっちゃん、それ最初から言ってほしかったぜ……」

「経験しなきゃ、俺の警告もただの客引きだと思って信じやしねえだろ?」

 

 確かにその通りだ。

 全員の視線が判断を仰ぐように俺に集まった。

 

「ありがたいですが、今回は遠慮しておきます」

 

 俺の返答に男は意外そうな顔をする。

 

「なに? あいつらのやり方は判明してないんだぞ。俺達みたいなベテランが睨みを利かせてなきゃ、何度でもハメられるのがオチだ」

 

 男の言葉には商売っ気だけでなく、本心からの心配が混じっていた。

 

「……一応、理由を聞いてもいいか?」

「やられっぱなしは性に合わない。……理由はそれだけですよ」

 

 俺がはっきりと告げると、仲間達がニヤリと笑った。

 

「へへ。そうこなくっちゃな!」

「あのような外道ども、我らが引導を渡してくれよう!」

「次は絶対に負けない作戦を立てなきゃね!」

 

 俺達の答えを聞いたベテラン冒険者は呆れたような、どこか眩しいものを見るような顔で鼻を鳴らした。

 

「そうかよ……まあ、気が変わったらいつでも声かけな。安くしてやるぜ」

「はい、ありがとうございます」

 

 男が去った後、俺達は輪になり装備を点検しながら作戦を練り始めた。

 撤退した直後の落胆はもうどこにもない。

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