第43話 披荊斬棘、新たな迷宮へ
門をくぐると、バフタルの静寂を塗り替えるような呼び込みの声と喧騒が俺を出迎えた。
久しぶりに歩く国都の街並みは、相変わらず人で溢れかえっている。
「この喧騒、帰ってきたって感じがするな!」
「私はバフタルの静かな空気の方が好きだったけどねえ」
「ふふ。……みんな元気にしてるかな」
俺達は真っ直ぐに学園へ向かい、見慣れた正門をくぐった。
「ラロちゃん、気分は悪くないかい?」
「うん! 早くみんなと冒険したくて仕方がないくらいだよ!」
カリーの問いかけに、ラロが晴れやかな笑顔で応える。
顔に張り付いていた罪悪感と自己嫌悪はもう無い。
今の彼女には、自分の力と向き合い前を見据える強さが宿っていた。
寮に戻って荷物を置くと、俺達はそのまま談話室へと向かった。
そこにはグルー、レギン、ムンゴの三人が顔を突き合わせて何やら話し込んでいる。
「ただいまみんな!」
「み、みんな久しぶり。……そんなに真剣な顔で何を話してたの?」
俺達の声に、三人が弾かれたように顔を上げた。
「おう帰ったか! ……ラロ、いい面構えになったじゃねえか。もう心配はなさそうだな」
「ようやく戻ったか! 遅いので、父に頼んで国一番の治癒士を呼びつける準備をしていたところだぞ!」
「お久しぶりです! 体調はもう大丈夫なんですか?」
「ああ! 俺もラロも、もう万全だ。すぐにでも迷宮に潜れるくらいにな」
俺の言葉にレギンが満足そうに口角を上げた。
「ならば丁度いい。例の特注装備と、我らがチームのエンブレムが完成したと武具屋から連絡が入っている。これで準備はすべて整ったというわけだ!」
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俺達は、国都でも一、二の腕前を持つ店主の武具屋を訪れた。
出迎えたのは筋骨隆々の大男だ。
「おう来たか坊主ども! ガキには勿体ねえ最高の一品が出来上がってるぜ」
店主はそう言うと、どかりと物をテーブルに乗せた。
並んだのは漆黒の光沢を放つ革鎧だ。
俺達が所有権を得た変異種の黒エイの皮を贅沢に使い、それぞれの戦い方に合わせて作った物だ。
俺とレギンには、可動域を確保しつつ要所を守る軽量の造り。
グルーとムンゴには、金属を併用した堅牢な重装。
そしてラロには、急所を最低限守る防具と上質な漆黒のローブ。
まさに俺達のための至高の逸品だった。
「おっと、着るにはまだ早え。説明が終わってねえぞ」
思わず手を伸ばした俺達を止めて店主が不敵に笑う。
その手にはなぜか、鋭利なナイフが握られている。
「そりゃッ!」
「おい何しやがるッ!」
店主がナイフを革鎧に叩き込む。
グルーが激昂して店主の胸ぐらを掴み上げたが、店主は動じることなく顎で鎧を指した。
「ゲホッ……よく見てみろや」
その光景に俺達は息を呑んだ。
ナイフで刻まれたはずの傷が蠢き、瞬く間に塞がっていく。
「こ、これは……!?」
「驚いただろ、俺も初めは腰を抜かしたぜ。元となった魔物の『死体再生』が素材にまで色濃く残ってやがる。鎧の傷を勝手に修復しちまうのさ」
全員絶句した。
特別な能力を持つ武具など、迷宮深層の報酬か、歴史に名を残す職人か、神話の時代の遺物でしか聞いたことがない。
「相談だが、こいつを売る気はねえか? 然るべき所に流せば、一生遊んで暮らせるぜ」
「……いえ。これは俺達の装備ですから」
一瞬、その金があればどれだけのことができるかが頭をよぎった。
だが命懸けで勝ち取った素材から生まれたこの鎧には金では買えない思い入れがある。
「そうか、そりゃ残念だ。……じゃあお次は武器だな」
店主は未練を断ち切るように切り替え、次の品々を並べていく。
まずは俺のための投げナイフが三十本。
エイの骨を削り出したもので、羽のように軽いのに岩も貫く鋭さだそうだ。
俺の『己力投写』にとって、この軽さと強度の両立は最適の武器だった。
「次は尾棘を使った細剣だ。芯に黒金を使い、真銀で表面を覆ってある。こいつも再生するから、一生研がずに使い続けられる至高の剣だぜ」
レギンがその漆黒に輝く剣を手に取った。
使われた貴金属の代金は、レギンが必死に貯めた物だ。
大貴族の父に頼れば簡単に用意できたはずだが「自分で稼がねば意味がない」と頑なに自力での工面にこだわった。
その努力の結晶を手にしたレギンは、抑えきれない笑みを浮かべてニヤついている。
「次は大剣だ。鋼を使った普通の物だが、品質は保証するぜ」
エイの素材は大剣には不向きだったため、グルーの獲物は純粋な鉄塊だ。
グルーはその無骨な剣を軽々と持ち上げ、満足そうに頷いた。
「手に吸い付くみてえだ……早く振り回してえぜ」
物騒な呟きを無視し、店主はムンゴに革盾と鋼のメイスを渡す。
革の盾という選択に首を傾げる店主だったが、ムンゴは笑顔でそれを受けとった。
ムンゴの『洞同体』があれば、革の盾であっても鋼の硬度を持たせることができる。
ムンゴにとってこれ以上の防具はないだろう。
「お次はお嬢ちゃんの杖だ。穂先を真銀で薄く包んである。鋭いから気をつけて扱いな」
ラロが緊張した面持ちで、黒エイの革が巻かれた漆黒の杖を受け取る。
能力の触媒として、教会の杖と同じ形状をしている。
だがその禍々しいまでの漆黒は、聖職者の道具というよりは戦士の獲物に見えた。
「そしてこれが最後だ。首からかけられるようにしておいたぜ」
テーブルに置かれたのは、真鍮製のエンブレムだ。
東西南北を示す指針を背景に、一角の鯨が刻まれている。
全員の意見をまとめて考え出した意匠だ。
どんな困難な嵐の中でも、その角で道を切り拓き、決して迷わないという伝説の魔物。
披荊斬棘の意味が込められている。
「これが……俺達の……」
震える手でそれを手に取る。
チームという形のない絆が、確かな重みを持ってそこに存在していた。
「最後にご注文のバックパック、ロープ、外套だ。間違いねえか確かめてくれ」
冒険の必需品を確認し、代金を支払って店を出る。
「あとは回復薬と解毒薬、携帯食に……鍋や食器も新調しようか!」
「手分けして用意しようぜ。明日には迷宮に潜りてえからな!」
装備の感触を確かめながら、俺達は高揚感と共に歩き出した。
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翌朝。
俺達は国都の北に位置する、中級ダンジョンの入口へと来ていた。
周囲には露店が立ち並び、串焼きの香ばしい匂いや薬草の苦い匂いが混じり合って漂っている。
たむろしているのは、年季の入った武具を無造作に手入れする鋭い眼光の冒険者達だ。
新人である俺達に向けられる視線は、値踏みするような冷たいものだった。
「よお、坊主ども。この迷宮は初めてか? 今なら地図と魔物の情報を安くしとくぜ」
装備の最終確認をしていた俺達に、一人の男が声をかけてきた。
「地図も情報もギルドで確認して写してあります。……いらないですよ」
俺が短く返すと、男は面白そうに目を細めた。
「へえ、準備はいい方か……ならギルドじゃ教えてくれないことを一つ教えてやるよ。一、二階層には、魔物を新人に誘導して救助代をねだるクズがいる。……気を付けるこったな」
「情報はありがたいですけど、金は払いませんよ?」
「いらねえよ。お前達は伸びそうだからな。今のうちに恩を売っておく方が得そうだ。……じゃあな!」
男はそれだけ言い残すと、喧騒の中へと消えていった。
「おもしれぇ。そんな連中が来たら、逆に追い剥いでやるぜ」
グルーが大剣を担ぎ直し笑う。
「行こう。……俺達はもう初心者じゃない」
俺の声に四人が無言で頷いた。
それぞれの胸元では、真新しいエンブレムが鈍い黄金色の輝きを放っている。
迷宮の入り口は、巨大な怪物の口のように黒々と開いている。
新たな魔物、そして悪意を持つ冒険者。
全員に緊張感が走っているが、誰一人として足を止める者はいない。
この時の俺達はまだ知らなかった。
初級ダンジョンでの戦いなど、ただの遊びでしかなかったということを。




