閑話 悪童二人の特別講義
国都郊外、静まり返った平原。
そこでは、風の音を掻き消すほどの叫びと怒号が響いていた。
「おりゃあぁ!」
駆け出し冒険者のリーダー、ザブロが能力を乗せた一撃をグルーに振り下ろす。
しかしその一撃は容易く見切られ、無防備な横腹に蹴りが叩き込まれた。
「ぐふッ……!」
「また力に振り回されてやがる。出力を上げりゃ当たると思ってんのか?」
ザブロの増強系能力は、身体能力を飛躍させる代わりに反動が激しい。
焦って出力を上げ、自滅に近い一撃を放つザブロをグルーは見下ろす。
「いいか、全力出しても当たらなきゃ死ぬだけだ。まずは能力の調整を覚えろ。足りない分の力は、後ろの二人に埋めさせりゃいいんだよ。それができねえなら三人で戦う意味がねえだろ」
「う、うす……」
一方、中衛のテュマは必死になって逃げ回っていた。
「うわぁ!? 右から来るぅ!」
「目を瞑るでない! せっかくの能力をドブに捨てる気か!」
レギンは有無を言わさず、テュマに向かって柔らかい果実を次々と投げつける。
テュマには数秒先の未来が見えている。
だがその未来にパニックを起こし、結局まともに回避できずに果実を顔面で受けていた。
「未来が見えるのなら、最適な動きは決まっているはずだ! まずは恐怖で動かぬその足を直す。反射で動けるようになるまで、徹底的に恐怖に慣れてもらうぞ!」
「うぅ、もう嫌だ……っ!」
そして最後の一人、後衛のルヘンは二人の背後からグルーとレギンを狙っていたが、その指は弓の弦にかけたまま固まっていた。
「おいルヘン! いつまで射たねえ気だ? ビビってんじゃねえぞ!」
「……っ、そいつらが射線にいて射てないだけだ! 味方を射抜けって言うのか!」
ルヘンの能力は矢の軌道を操る。
だが彼は味方が邪魔で効率が悪いと、攻撃の機会を自ら捨てていた。
「お前の目には二人が邪魔な置物にしか見えてねえ。だから連携がズレるんだよ。目的はお前が敵を殺すことか? それとも仲間と勝つことか? 前衛が背中を預けたくなるような、安全な射線を作ってみろや!」
「くっ、そんなの……っ!」
三人が地面に這いつくばるまで続く地獄の特訓。
何度も逃げ出そうとした彼らだったが、学園最強クラスの二人から逃れられるはずもなく。
「逃げたらあの高級店のレギンが立て替えた分を払ってもらう」という脅しが彼らの足を地獄に繋ぎ止めていた。
「よし、今日はこんくらいにしとくか」
「うむ、そうしよう。早く眠り、疲れをとっておくのだぞ」
「「「あ、ありがとうございました……」」」
三人は地面に倒れ伏し、熱い息を吐き出す。
「こんなんで本当に強くなんのかよ……」
「……全くだ。あの無茶苦茶な理屈が、なぜか正論に聞こえるのが腹立つんだよな」
「でもさ、あの二人は学園の生徒なんだよね。僕達と年は近いのに、なんであんなに違うんだろう……」
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数日後。
暖かな日が差す草原に巨大な影が姿を現した。
『パッタルイノシシ』。
岩のような鱗に覆われた大猪で、その突進は直撃すれば全身の骨を容易く砕く破壊力を持つ。
「さあ見せてみろ。あの飯代に見合う働きをな」
グルーが腕を組み、不敵な笑みを浮かべる。
「危険になれば我らが助ける。気負わずに行くがいい」
レギンが猪に向かって挑発の石を投げつけた。
石を頭に受けた猪が怒りの咆哮を上げ、大地を蹴る。
地面を揺らし迫りくる突進。
以前のザブロなら、ここで恐怖に呑まれて出力を全開にして突っ込んでいただろう。
だが今、彼は静かに仲間を待っていた。
「三秒後! ザブロの方に来るよ!」
テュマが叫ぶ。
地獄の訓練で、反射的に情報を言葉にする術を叩き込まれていた成果だ。
「ルヘン、合わせろ!」
「言われなくても!」
ルヘンの放った矢が、仲間の隙間を通り抜けて空中で鋭角に折れ曲がった。
それは猪を殺すための矢ではない。
鱗の無い前足の関節を射抜き、その巨体をザブロの得意な間合いへと固定するための楔だ。
「プギィィッ!?」
「……ここだ!」
ザブロは能力の出力を半分に抑えた。
仲間が作ってくれた隙に持てる技術のすべてを注ぎ込み、剣を突き出す。
ドシュッ!!
剣先が猪の頭蓋を貫き、おびただしい血が噴き出した。
静寂が訪れ、猪の巨体が倒れ伏す音だけが草原に響く。
「や、やったのか……?」
「僕達だけで、本当に……」
「こんなにあっさりと……」
初めての歯車が噛み合った感覚に、三人は呆然と立ち尽くす。
そこにパチパチと拍手の音が響いた。
「見違えたぜ。もう特訓の必要もねえな」
「やるではないか! これならもう駆け出しなどとは呼ばれんよ」
グルーとレギンが素直な賞賛を口にする。
「あんた達のおかげだよ……自分達だけじゃ、あと何年かかっていたか」
「チームを解散するか、死んでいたろうね……」
「なんてお礼を言えばいいか。……せめてこの猪を売った金を受け取ってください!」
「あ? いらねえよ。俺達は暇で付き合っただけだ」
押し問答を始めた五人に地響きのような音が耳に届いた。
視線を向ければ、砂塵を巻き上げて十匹以上のパッタルイノシシがこちらへ猛進してきている。
仲間の悲鳴を聞きつけて、群れがやってきたのだ。
「……ひっ!?」
体を震わせて逃げようとする三人。
グルーとレギンはその前に立ちふさがった。
「ここは一つ、俺らの力を見せてやるとするか!」
「我らの戦いぶり、よく見て学ぶがいい!」
二人は不敵な笑みを交わす。
武器を抜き放ち、矢のような速度で地を駆けた。
「残響傷『鉄拳』!」
グルーが具現化した巨大な拳が、先頭の猪を正面から叩き潰した。
その衝撃波だけで周囲の猪が怯む。
そこへ血に飢えた大剣が振るわれ、巨体が次々と断ち切られていく。
「我は『狩猟豹』!」
一方のレギンは旋風となっていた。
猪の突進を躱し、その勢いのまま群れの中を自在に舞う。
彼が風のように駆け抜けた後には、猪の体に深々とした裂傷だけが残されていった。
「な、なんだよあれ……一体でもあんなに苦労したってのに」
「どんどん、数が減っていく……」
突進を正面から粉砕し、仲間の隙を補い合う二人。
その異次元の光景を前に、三人はもはや絶句するしかなかった。
「……あの二人、本当は六人チームなんだよな? 他は一体どんな連中なんだよ」
「想像するだけで身震いがするよ……」
「……きっと鬼か化け物の類に違いないな」
三人は、いつか出会うであろうさらに恐ろしい怪物たちに思いを馳せてただただ戦慄していた。




