第4話 奪った葛藤
馬車に揺られ、幌の中から外の景色を見ている。
頭に思い浮かぶのは村での別れだ。
あれは持ったかこれは持ったかと騒がしい母さんだったが、ようやく覚悟を決めたらしい。
永遠の別れでもないのに。
俺は少し苦笑いをした。
「バル! 寂しくなったらいつでも帰ってくるのよ!」
「帰ってきた時には本気で戦ってやる。楽しみにしているぞ」
「俺のお土産は高いやつでな」
「私はお土産お菓子がいいなー」
「お前たちは少し心配しろよ」
俺は薄情な友人たちにつっこみを入れながら馬車に乗り込む。
「またな皆! 手紙はちゃんと書くよ!」
そう言いながら家族に友人に村の人たちに手を振る。
泣く母さんを慰める父さん。
手を振る皆がだんだんと小さく、見えなくなっていく。
俺は期待と不安を胸に学園までの旅に出た。
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「なんだい、泣いてるのかい? バル坊もまだまだ子供だねえ」
カリーがからかってくる。
「泣いちゃいないさ」
「本当かねえ」
「本当さ。それよりカリーこそいいの? 村を出るなんて」
「当たり前さ、私の夢は世界中を旅して美味しい物を食べ尽くすことなんだから」
そんな夢があったなんて知らなかった。
「それで母さんに、俺に着いて行くって言ったのか」
「なんだいバレてたのかい。まあ、お前の母さんも心配してたからね」
バレないようにコソコソと話す俺たちに御者が声をかける。
「お客さんそろそろ着きますよ! 」
その声に反応して馬車の先を見ると村とは比べ物にならないほど大きい街が見えてきた。
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フラマキ
ガーウブ村と国都の中間にある街。
「ようやくちゃんとした所で寝れるな」
「一日休んだら国都までまた馬車だけどねえ」
俺は慣れない馬車にうんざりする。
「まずは寝床だな、それから馬車の時間の確認をしよう」
「そしたら食事だね。村を出たのは久しぶりだから楽しみだよ」
カリーがこんなに食いしん坊だったなんて。
十二年も一緒に暮らしていたのに。
知らないことは、あるものだな。
馬車の時間を確認した俺たちは、街の屋台で様々な食べ物を買い宿に戻った。
相部屋だとカリーが隠れないといけないため個室だ。
街で一番安い所ではあるが。
そこで俺たちは、買った食べ物に舌鼓を打つ。
カリーはトカゲだが、能力で人間の機能を持っているため食べても平気らしい。
「美味しかったねえ」
「いいのかな……こんな贅沢して」
「いいんだよ、半分はバル坊が稼いだんだ」
今持っているお金は父さんと母さんに渡された他に、自分で稼いだ物が半分を占めている。
修行で倒した魔物の素材や、動物の毛皮や肉で稼いだ物だ。
まだまだかなりの余裕があった。
「明日の馬車は早いんだ、そろそろ寝るよ」
「ああ、おやすみバル坊」
次の日。
俺たちは荷支度を整え馬車が来るのを待っている。
人目がある所では、カリーは服の内側に作ったポケットの中だ。
穴を開け外の様子も見れるようにしている。
「遅いなぁ」
時間はとっくに過ぎているはずなんだが。
まあそういう事もあるかと、のんびり待っていた俺たちに。
「いやいや大変お持たせしました」
小太りの男が手を揉み話しかけてきた。
「何かあったんですか?」
「ええ、少し荷物の運搬に手間取りまして……」
「じゃあしょうがないですね」
料金を値切られるとでも思っていたのか、小太りの男は明らかに安堵した。
「では早速、国都に向かいましょうか」
そう言われ馬車に乗り込む。
「バル坊……」
カリーが小声で話しかけてきた。
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馬車の中で幌の隙間から外を睨む。
「いやあ、お客さん若いのに一人旅ですかい? もしや学園に入学する生徒さんで?」
御者の小太りの男が話しかけてくるが、俺は無視して外に注意を払う。
他に馬車に乗っているのは女が一人と男が二人。
何とかなるだろうか?
そう考えていると馬車が止まり外からは草を分けて歩く音が聞こえる。
俺は腰の剣を抜いた。
乗客の女と男が驚いた顔でこちらを見る。
どうやら仲間ではないらしい。
「おうおう! 乗ってるやつら全員出てきて金寄越しな! そうすりゃ命は盗らないぜ」
耳障りな大声が響く。
「今度は馬車を汚さないで下さいよ! 洗うのが大変だったんだ」
御者の声。
やはりグルだったか。
しかも初めての事ではないみたいだ。
「おい! さっさと出てこい!」
「へへへ、怖いのかな?」
俺はポケットに溜めていた石を取り出し、幌の中から声に向かって投擲する。
「ぎゃぁっ! 」
汚い声がするが俺は気にせずに次々と外に投げていく。
「ぐぁ!」「痛てぇ!」
ポケットの石が無くなり俺は馬車の外にでる。
「倒せたのは三人だけか、幌のせいで威力も落ちてたみたいだな」
「ガキ!? おいてめぇ! 何を連れてきた!」
「わ、私は何も知らない! ただの子供じゃないか!」
御者と盗賊が争っているが、俺は気にせずに剣を構えた。
盗賊はあと三人。
「初めての実戦が盗賊とはな……」
あの時からどれくらい強くなれたのか。
楽しみで笑みが浮かんでいた。
「喰らえや!」
一人の盗賊が手から火を飛ばし、俺に斬りかかってくる。
父さんと比べたら悪いんだろうが遅すぎた。
俺の足が光を帯びる。
火を避け盗賊の横腹目掛け、急加速。
「ぎゃあ!」
盗賊の横腹に剣を振るった、まずは一人。
「左だよ!」
カリーの声に反応して左を向く。
もう一人の盗賊が、剣を振るい隙が出来た俺にナイフを突き立てようとしていた。
「ふっ!」
息を吐き、ナイフを躱して盗賊の胸に手を当てる。
殴れば拳も腕も痛める、ならば。
腕に能力を込め全力で押す。
「ごふぉっ!?」
盗賊は弾き飛ばされ、木に激突して動かなくなった。
「やっぱり反動が少ないな」
俺は自分の体が壊れない戦い方を考えていた。
殴るのではなく押すのもその一つだ。
「やるじゃねえか。ガキのくせによ」
小太りの男と口喧嘩をしていた残りの盗賊が話しかけてきた。
「お前仲間になる気は? 殺さないでやるぜ」
「断る」
俺は短く断り、斬りかかろうとする。
「じゃあ死ねや!」
そう叫ぶ盗賊の手が光り、黒いモヤが俺に襲いかかる。
「しまっ......!」
俺の体から力が抜け地面に手をつく。
眠気が急速に押し寄せてくる。
能力……おそらく眠らせる類のやつだ。
「ぎゃはは! 残念だったな、俺の停滞睡で眠っている間に殺っ……!」
男が勝ち誇り近づいてくる。
ペラペラとおしゃべりをする盗賊の腹に、俺の手から飛んだ石がめり込んだ。
「ぎぃやぁ!」
盗賊は地面にのたうち回った。
俺の体の力も戻っていく。
「まっ……待ってくれっ……」
そう言い必死に息を整える盗賊に、俺は剣を振り下ろした。
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恐怖に顔を引きつらせる御者台の小太りの男。
その背中に俺は剣を突きつけた。
「ひいぃっ! 助けてくれ……!」
「……次、妙な真似をしたら容赦はしない」
「わ、わかりましたぁ!」
国都までの道が分からない以上この男は生かしておく必要がある。
襲撃してきた盗賊のうち、生き残っているのは最初の投石で気絶していた三人だけだ。
今は馬車の隅で手足を縛り、目隠しを施して転がしてある。
「バル坊」
胸元からカリーの声が聞こえてきた。
「どうかしたカリー?」
「手……震えてるよ」
指摘されて初めて気がついた。
剣の柄を握る右手が自分の意志とは無関係に小刻みに震えている。
「……別に大丈夫。ただの戦闘の興奮のせいだよ」
「強がらなくてもいいんだよ」
カリーの声はいつになく淡々としていた。
それがかえって俺の心に響く。
「あんた、人を殺したのは初めてだろ?」
「……ああ」
「怖かったかい?」
自問自答。
怖かったのか?
死ぬことへの恐怖はあった。
あの能力で眠気が来た瞬間、本当に終わるかもしれないと感じた。
だが奪うことへの恐怖はどうだっただろうか。
俺は静かに首を振った。
「違う。怖くはなかった」
「じゃあなんだい?」
「……分からないんだ。何が正解で、どうあるべきなのか」
カリーは小さく、吐息のようなため息をついた。
「なら、今のその感覚を覚えておきな。慣れてくるともっと自分が分からなくなるよ」
その言葉に沈黙していると、馬車の影から怯えていた乗客の三人が恐る恐る近づいてきた。
「あ……あの、ありがとうございます。助かりました」
「いえ。……自分の身を守っただけですから」
震える手を隠すように剣を鞘に収め、突き放したような態度を取る。
「カッコつけちゃって」というカリーの茶化す声が聞こえたが今は無視だ。
「あの、なぜ盗賊が叫ぶ前から分かっていたんですか? 」
御者の男も、俺のあまりに速すぎる対処に疑念を抱いているのか聞き耳を立てているのが分かった。
「……知っていますか? トカゲには人間に見えない光が見えていて。丁寧に洗ったつもりでも、彼らには血の跡がはっきりと見えるんですよ」
カリーが「トカゲじゃない」と抗議の念を送ってくるがこれも無視した。
御者も乗客も、何を言っているのかわかっていない様子だった。
俺は周囲の警戒を続けながら先ほどの戦闘を頭の中で反芻した。
二人目は、カリーの警告がなければ間に合わなかった。
三人目も、油断してくれなければ倒せなかっただろう。
「バル坊もまだまだだねえ」
俺の顔を見て考えを読んだのか、カリーがそっけなく告げる。
「……助かったよカリー。国都に着いたら美味いもんを奢るからな」
傍から見れば独り言を呟く俺を御者が怪訝そうに見つめてくる。
一人でも確実に勝てるようにならなければ、この先は生き残れないだろう。
俺は震える拳を強く握り込み更なる研鑽を心に誓った。
国都、そして学園まではあと少しだ。




