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ディグニティ・ストライド  作者: 果報寝待


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第42話 帰宅と鳥籠


 日が沈み始めたバフタルの街路を、二人で並んで歩く。

 無意識に伸ばし、握られた手は今もしっかり繋がれたままだ。

 握られた手の熱、道行く人の視線が気になってしまう。

 やがて見えてきたラロの家の門扉を開き、玄関を開ける。

 そこには腕を組み仁王立ちのチーヤーさんとその肩に乗ってニヤニヤと尾を揺らすカリーが待ち構えていた。


「おかえりなさい。温かいスープができていますよ、お嬢様」


 穏やかなチーヤーさんの声。

 彼女の視線は俺達の顔を通り過ぎ、繋がれたままの手へと突き刺さった。


「ふっ……認めざるを得ないようだね。お嬢様、なかなかのいい男を捕まえになられた」

「おやおやバル坊。そんなに握りしめてお熱いねえ。離れるのが怖かったのかい?」


 カリーが口元を手で隠しクスクスと笑う。

 俺達は同時に手を離した。

 ラロは耳の先まで真っ赤になっている。 


「ば、バル君とはまだそういうんじゃないから! これは、その……怪我人だから支えてあげようと思ってっ!」

「……支えるなら肩を貸すのが普通では?」

「まあまあチーヤー、若い二人をそう責めるもんじゃないよ。仲が良いのは結構なことだ。ねえラロちゃん?」


 カリーの追い打ちに、ラロは声にもならない悲鳴を上げて自室へと続く階段を駆け上がっていく。


「あ、ラロ!」

「待ちなバル。……お嬢様を追いかける前に、私とじっくり話しといこうじゃないか」


 チーヤーさんから逃げ場を断つ威圧感が放たれる。

 俺は冷や汗を流しながら、最強の家政婦に従うしかなかった。


 ---------


 数日後。

 リビングではラロが真剣な面持ちで杖を握りしめていた。

 

「──『是正宣光(ぜせいせんこう)』」

 

 俺の腹部を、陽だまりのような温かな光が包み込んだ。


「ど、どうかな? ……異常はない?」

 

 俺は椅子から立ち上がり、体を深く捻ったり、腹に力を入れて具合を確かめる。

 あの奥底にあった痛みが嘘のように消え去っていた。


「異常どころか少しの痛みもないよ! これなら明日からでも戦える!」

 

 ここ数日の休息、チーヤーさん特製薬草スープと迷いを吹っ切ったラロの治癒。

 それらが合わさり俺の体は完全に回復していた。


「お嬢様の不調も治ったことだし、さっさと学園へ帰るんだね。ようやく静かに家事ができるってもんだよ」

「ここ数日、本当にお世話になりました。ありがとうございますチーヤーさん!」

「世話になったねチーヤー。次は美味い酒でも持ってくるよ」

「こ、今度は他の友達も連れて遊びに来るね!」

 

 チーヤーさんは「騒がしくなりそうだね……」と呆れたようだが、その口角は微かに上がっていた。

 

 俺とラロ、カリーはその日の馬車に乗り込み、バフタルを後にした。

 次に来た時は、チーヤーさんに手合わせを願いたい。

 そんなことを考えながら、住み慣れた学園そして待っている仲間達の元へと揺られていく。


 ----------


 夕暮れの静寂が戻った家の庭。

 チーヤーは一人、煙草をくゆらせていた。

 すると、玄関の方から慌ただしい馬の嘶きと賑やかな声が聞こえてくる。


「チーヤーいるか! ラロのお友達とはどこだ! 会わせなさい!」

「これはこれは。ご主人様、奥様。おかえりなさいませ」

「仕事を早めに切り上げて、急いで帰ってきたのよ。あの子が連れてきた男の子の顔を拝んでおきたくてね!」

 

 期待に胸を膨らませるラロの両親に、チーヤーは首を振った。


「少し遅かったですね。先刻馬車に乗り、帰路につかれましたよ」


 がっくりと肩を落とす両親。

 ふと、父親が庭の隅に目をやり不思議そうにつぶやいた。

 

「……おや。チーヤー、あの鳥はどうしたんだ? 鳥かごが空になっているようだが」

 

 いつも庭で鳴いていた、あの小鳥のさえずりが聞こえない。

 チーヤーは夕空を仰ぎ、細く白い煙を吐き出した。

 

「ああ、それなら……お嬢様が自分で、自然に帰してやりましたよ。もう傷は治ったようでしてね」

 

 その言葉を聞いた両親は顔を見合わせた。

 

「そうか。あの子が……自分で……」


 父親は、空になった籠が静かに揺れているのを見つめた。

 かつて幼いラロが、治らぬ傷を前に泣きじゃくりながら必死に癒やしの光を注いでいた姿を思い出す。


「自分の執着に縛られて、ずっと治せずにいたのに。私達がいない間にあの子は強くなったのね……」


 母親の呟きに、チーヤーは煙草を消して静かに頷いた。

 

「はい。いい顔をしていましたよお嬢様。あんな顔はここでは見たことがなかった。……あの子にはもう、背中を預け合う仲間がいますから」 

「……どんな子だったの? そのお友達は」

 

 身を乗り出す母親に、チーヤーは少しだけ困ったように笑った。

 

「お嬢様の力を『怖い』と言い切りながら、それでも手を離さない……そんな最高に生意気で、信頼に値する少年ですよ」

 

 バフタルの街に夜を告げる鐘の音が響き渡る。

 三人の親は、ラロが選んだ「冒険者」という険しくも輝かしい道を、誇らしげに思いながら静かに家の中へと入っていった。

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