第41話 夕暮れの影で
「お嬢様の飼っているあの鳥……なぜいつまでたっても飛べないのか、わかるかい?」
黙り込む俺に、チーヤーさんが問いかけてきた。
ラロが幼い頃に保護したという羽を怪我した小鳥。
彼女は何度も能力で癒やしてきたはずなのに鳥の羽は完治せず、カゴから飛び立てないままだと聞いている。
「羽の怪我が能力の力を超えて……」
「不正解。治癒できないんじゃないよ。お嬢様が心の底では居なくなってほしくないと望んでいるから、治らないのさ」
その答えに思わず唾を飲み込む。
「お嬢様の力は、対象を『自分が望んだ状態』にすること。あの子は治したいんじゃない、そうあってほしいんだよ」
「それは……」
「気がついたかい? その危うさに。もしお嬢様が無意識にでも死や破滅を望めば、治癒ではなく誰かを殺すことになる」
「ラロはっ……!」
「しないだろうね、お嬢様は優しいお方だ。……だがね、今後もその力が暴走しないと言い切れるかい? 次の瞬間には自分を殺すかもしれない力に、あんたは背中を預けられるのかい?」
チーヤーさんの冷徹な問いに、俺が口を開こうとした時。
廊下を走る足音と、乱暴に扉が開く音が家中に響き渡った。
「……私としたことが。聞かれてしまうとは」
チーヤーさんの顔に初めて明確な焦りが浮かぶ。
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知られていた、知られてしまった。
隠していた醜い部分を、知られたくない人に。
ラロは視界を滲ませながらバフタルの街並みを無我夢中で走る。
昔から誰かに嫌われるのが死ぬほど怖かった。
だからずっといい子の自分を演じてきた。
心から笑い本音から話せたのはチーヤー、そしてチームのみんなの前だけ。
能力の本質については何度も打ち明けようと悩んだ。
けれどもしも怖がられたら? 離れられたら? そう考えると、喉の奥で言葉が詰まって話すことはできなかった。
チーヤーの問いに、バルがどう答えるかを確認する勇気はなかった。
もしも彼の口から拒絶の言葉が出たら、自分の心が粉々に砕けてしまうのがわかっていたから。
いつの間にかたどり着いたのは、入り組んだ路地の先にある古い塔へと続く外階段の上。
両親がいなくて寂しい時、周囲の輪に入れなかった時、いつもここで街を眺めながら涙を堪えてきた。
誰にも邪魔されないラロだけの隠れ家。
(……もう、学園には戻れない)
大切な仲間に隠し事をしていた、卑怯な自分に失望したに違いない。
能力の正体がエゴの押し付けだと知った仲間は、もう背中を預けてはくれないだろう。
そう思うだけで、自分がどんな顔でどんな声で仲間と過ごしていたかすら分からなくなっていく。
(パパとママに頼んで、どこか遠くの教会の治癒士になろうかな。冒険者の夢はもう終わりに……)
暗い考えが頭を離れず、夢も諦めようとした時。
「ら、ラロ……結構、足速いんだな……」
荒い息を吐きながらバルが階段を上ってきた。
「ば、バル君……!」
ラロは慌てて顔を背けて涙を拭った。
「ど、どうしてここが……」
「チーヤーさんが教えてくれたんだ。『お嬢様なら、古塔の非常階段だろう』って」
「……かなわないな、チーヤーさんには」
「いい眺めだなここ。俺も村にさ、自分だけの隠れ家があったな」
バルは隣に腰を下ろすと、懐かしそうに目を細めた。
「ご、ごめんなさい……能力のことずっと隠してて。私……」
「別に気にしてないよ。カリーも言ってたぜ『女なら人に言えないことは一つや二つある』ってな」
遠くの王城を眺めながら、バルは冗談っぽく笑う。
だがラロの震えは止まらない。
「それでもっ……! 怖がられるのが嫌で黙ってるのは、みんなを信じてないのと同じだよ。もうチームにいる資格なんて……」
──辞める。
その言葉を口にしようとした時。
バルが隣で、それまでの笑顔を消して真っ直ぐにラロを正視する。
「チーヤーさんの言ってたことは、たぶん当たっているんだろうな。ラロの力が単なる治癒じゃなくて『自分の望み』を押し付ける力だって話も」
バルはラロから目を逸らさず、淡々と話し続ける。
「正直に言うよ。……治癒の光が次の瞬間には俺を殺す力に変わるかもしれないって聞いて、怖くなかったわけじゃない。死ぬのは嫌だからな」
ラロはびくりと震え、顔が絶望に染まる。
バルはその絶望さえも見据えたまま言葉を続けた。
「でもなラロ。……この世界で怖くない力なんてあるのか? 俺の能力だって、力任せに振り回せば仲間を巻き込む。人なんて、みんな殺す力を持って歩いているんだ」
バルの顔には嘘も慰めもない。
「ラロの力がエゴの押し付けだとしても、それでもいい。あの時、死にかけていた俺を『生かしたい』と望んだのがラロの身勝手なエゴだったとしても……俺はそれのおかげで今ここに立てているんだ。それは絶対に揺るがない事実だよ」
「バル、君……」
「お前が自分を卑怯な化け物だと思うなら、勝手に思ってればいいよ。怖いなら怖いままでいい。……俺は、自分の力に怯えながら、それでも俺達を救いたいと願うラロを信じてる。それが俺の答えだ」
バルは立ち上がり、座り込むラロに手を差し出す。
「チームを辞めるなんて言わないでくれよ。ラロがいなきゃ、俺達はとっくに全滅してるんだからな」
差し出された手。
バルの言葉は優しくはなかった。
ラロの力の危うさを認め、それを怖いとはっきり言い放った。
けれどその言葉は甘い慰めよりもラロの胸に深く突き刺さった。
「……うん。……私、みんなと一緒にいたい。……冒険者辞めたくないよ」
ラロは震える手を伸ばし、バルの手をしっかり握り返す。
胸の奥を塞いでいた不安は、いつの間にか消え去っていた。
「……じゃあ、早く帰ろうぜ。チーヤーさんがスープを作って待ってる。……冷めると絶対怒られるぞ」
バルに引っ張られてラロは立ち上がる。
並んで歩き出した二人の影が、夕暮れに染まった石畳の上に長く伸びていた。




