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ディグニティ・ストライド  作者: 果報寝待


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第40話 魂の在り処


 バフタルの住宅街を進んでいると、広い庭がある手入れの行き届いた一軒家の前でラロが足を止める。


「こ、ここが私の家だよ! 遠慮しないでくつろいでいってね!」

「大きい家だな……ラロって結構いい家の出なんだな」

「そんなことないよ。親が敬虔な信徒で、あんまり浪費しないだけだよ」

 

 ラロが慣れた手つきで門扉を開ける。

 すると家の扉が勢いよく開き、巨大な影が俺達を覆った。

 

「おや……お嬢様でしたか。泥棒でも入り込んだのかと思いましたよ」


 出てきたのは、百九十はある筋骨隆々の巨体。

 四十代ほどの獣人の女性だった。

 フリル付きのエプロンをつけているが、明らかにサイズが合っておらず、筋肉ではち切れそうになっている。

 その頭頂部では、ネズミのような丸い耳が動いていた。


「ただいま! 今日はお友達を連れて来たんだよ!」

「……ほう。 お友達、ですか」


 ギロリと目を向けられる。

 発せられたとてつもない威圧感。

 俺は思わず疑問を口にした。

 

「あの、家政婦のチーヤーさんはどこに……?」


 巨体の女性が眉をひそめ、ゆっくりと腰を曲げて俺へ顔を近づけてくる。

 

「……私がそのチーヤーだよ、坊や。文句はあるかい?」

「え……?」

「あはは……お、驚くよね。チーヤーさんは元々銀級冒険者だったんだよ! 引退して、いまはうちの家政婦をしてるんだ」


 銀級冒険者。

 どおりで冷や汗が止まらないわけだ。

 警戒されているのか、先程からとてつもない殺気を感じる。

 チーヤーさんはフンッと鼻を鳴らし、俺を値踏みするように睨む。


「お嬢様が話していたバルだね。……人を見た目で判断しないことだね。そんな所に突っ立ってないで、さっさとお入り」

「は、はい。お邪魔します……」


 胸元ではカリーがくすくすと笑っている。

 

「こりゃあ、夜這いなんてしたらタダじゃ済まないねえ」

「そんなことする訳ないだろ!?」

 

 俺は小声で抗議する。

 冷や汗を拭い、ラロの家へと足を踏み入れた。

 リビングへと案内されると、チーヤーさんが木の椅子に腰掛けた。

 ギシリと椅子がきしむ。

 

「さあ座りな。まずは自己紹介といこうじゃないか」


 俺は彼女の向かいにある椅子に腰を下ろした。

 返答を間違えれば、すぐに家から蹴り出されそうな雰囲気だ。


「私はチーヤー・デラム。元銀級冒険者で、今はここの家政婦だよ。お嬢様は幼い頃から、多忙なご両親に代わって私が育ててきてね。……悪い虫がつかないように気をつけてるんだ」

 

 チーヤーさんの圧が更に増す。

 次の瞬間には首を絞められてもおかしくない殺気だ。

 隣の椅子では、ラロがあわあわと狼狽えている。

 俺は喉のひりつきを押し殺し、眼光に屈さずに言葉を返した。

 

「バルです。学園の二つ星生で、ラロとは一緒にチームを組ませて貰ってます」


 自己紹介を聞き終えると、チーヤーさんは面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 

「フンッ。殺気で逃げ出さないのは、まあ合格としてあげようか。……だがね、人の家に紹介もできない隠し物を連れ込むのはサマナの流行りなのかい?」


 そう言って俺の胸元を指差した。


(カリーに気がついている……!)

 

 さすが元銀級だ。

 どう説明すべきかと慌てるラロを横目に、俺が口を開こうとすると胸元から声が響いた。


「バル坊、隠さなくてもいいよ。たしかに忍び込むのは失礼にあたるからねえ」

 

 ひょい、と胸ポケットから小さな頭を覗かせて卓上へと這い出た。


「はじめまして、私はカリー。バル坊のお目付役みたいなもんさ。……呼び方はチーヤーでいいかい? 」


 胸元の気配の正体にチーヤーさんが目を見開いた。

 

「まさか聖獣とはね……。これは失礼、チーヤーで構いませんよ。……お嬢様、このことはご存知で?」

「うん! カリーさんはいつも助けてくれるし、相談にも乗ってくれる、私にとっても大切な仲間だよ!」

「……なるほど。なかなか面白いチームに入ったようですね」


 チーヤーさんから一瞬で殺気が消え去る。

 彼女は俺の前へ、分厚い手を出してきた。


「試してすまなかったね。お嬢様の話通り、真面目な少年のようだ」

「いえ……こんな強い家政婦がいるなら、ラロも安心ですね」

 

 俺達は、ようやく穏やかな顔で握手を交わした。


 その晩。

 俺達はチーヤーさん特製の絶品料理をご馳走になった。

 よく煮込まれたスープに、カリーも夢中で食らいついている。


「──という風にラロには助けられているんです。彼女がいなきゃ、俺は四回は死んでいましたよ」

「お嬢様も成長なされたんだね……この話、ご両親にも聞かせたかったよ」

「わ、私なんて全然だよ。それよりチームのみんなのほうが凄いんだよ!」

 

 ラロは褒められて顔を赤くして照れている。


「浄化といえばね。お嬢様は小さな頃、能力で料理を美味しくしようとして。スープを水に──」

「ち、チーヤーさんっ! その話しはもういいから!」

 

 大慌てで叫ぶラロ。

 おそらく何度も擦られている失敗談なのだろう。

 非常に気になるが、ここは聞かなかったことにしてあげよう。


 楽しい食事が終わり、就寝の時間。

 チーヤーさんが再び、俺の襟首を掴まんばかりの圧をかけてきた。


「バル……もしお嬢様に手を出したら私が承知しな──」

「ばっ! バル君がそんなことするわけないでしょ!?」

 

 ラロが耳まで真っ赤にして割り込む。


「任せておくれチーヤー。私が目を光らせておくよ」

「カリーがそう言ってくれるなら安心だ」

 

 いつの間にか、この二人はすっかり意気投合していた。


「そんなことはしないので安心してください。じゃあおやすみラロ」

「う、うん。おやすみバル君……」


 用意された客室に入り、ベッドに潜り込む。


「凄い人だったなあ。でも、まだ現役でやっていけそうなのに……なんで家政婦をしているんだろ?」

「さあね。人には言えない事情の一つや二つ、女なら抱えているもんさ。それより早く寝な。傷の治りが遅くなるよ」

「ああ、おやすみカリー」

「おやすみバル坊」


 学園でのラロとは違う、家族の前での彼女の顔。

 バフタルに響く穏やかな鐘の音を聴きながら、俺は眠りに落ちていった。


 --------


 翌日。

 昼食の片付けを手伝いながら、チーヤーさんの現役時代の武勇伝に耳を傾ける。


「それで、その岩礁から魔物が次々と這い出してきたんだよ」

「そんな魔物が……身の毛もよだちますね」

「出会ったら最後さ。逃げきれたのは運がよかったね、海に行ったら気をつけな」


 銀級として冒険を繰り広げてきた彼女の話は、どれも教訓になる。

 ラロがこの話を聞いて育ったなら、学園に入り冒険者の道を選んだのも頷ける。


「……っ、つ……!」

 

 不意に腹部に鋭い痛みが走り、俺は思わず顔を顰める。


「おや、どうしたんだい。 料理が合わなくて腹痛かい?」

「いえ……。実はエイの変異種に腹を貫かれまして。傷は塞がったんですが時々こうして痛むんです」


 毒の症状と治療の経緯を話すと、チーヤーさんは俺の腹に手を当てて触診を始めた。

 隣で、ラロが視線を落とし暗い影を顔に落としている。


「なるほどね、刺されて猛毒にか。……よし、今晩は特製の薬草スープを作ってやろう」

「えっ、本当ですか?」

「現役時代に薬草学を学んでてね。お嬢様、今から言う薬草と食材を市場で揃えてきてくれますか?」

「う、うん! 私にできることなら何でも言って! すぐに行ってくるよ!」


 俺の怪我を自分の責任だと抱え込んでいたラロは、自分にできる役割を与えられたことで、目に見えて表情を明るくした。

 彼女はチーヤーさんのメモをひったくるように受け取ると、風のように家を飛び出していった。

 玄関の扉が閉まる音を確認すると、チーヤーさんはそれまでの穏やかな表情を消して静かに口を開いた。

 

「……お嬢様の不調は、その治療のトラウマってことかい」

「はい。おそらくは俺を苦しめたという罪悪感が、彼女を縛っているんだと思います」


 チーヤーさんは俺の顔をじっと見つめた。

 

「バル……あんたは、お嬢様の能力をどこまで理解している?」

「ラロの能力、ですか? 傷の治癒、浄化や消音……色々な局面で助けられています」

「そうじゃないよ。出来ることを聞いているんじゃない」


 チーヤーさんの顔が冒険者のそれに変わる。

 

「能力ってのはね、願いや性格、好悪にトラウマ……。言ってみればその本人の『芯』だね。魂の在り方で形が決まる。……高位の冒険者なら誰でも知ってる噂だね」

 

 その言葉にヴィブラム先生の話を思い出した。


「知っていた、という顔だね。若いのに博識じゃないか。……話を戻そう。あんたはお嬢様の『芯』……あの能力の、本当の『本質』にどこまで気づいている?」

 

 チーヤーさんの問いかけは重たく鋭かった。

 俺はチーヤーさんが何が言いたいのか、その真意を探るべく考えを巡らせる。

 

 その会話を、財布を取りに戻り廊下で立ち止まったラロが息を潜めて聞いていることにも気がつかずに。

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