第38話 目覚めと見舞い
微睡みから目を開く。
鼻を突く消毒液の匂いと、精製された魔法薬特有の苦い香りが鼻をくすぐった。
視界がぼやける。
ここは……。
「バル君! 目が覚めたんだね!」
隣でラロがポロポロと涙をこぼしている。
「ら、ラロ……俺はどれくらい……」
「三日だよ! 眠っている間、ずっと名前を呼んでたんだけど……目が覚めなくて」
ラロの目には深い隈がある。
ずっと世話をしていてくれたのだろうか。
「あの後、先生達が急いで国都まで運んだんだ。ササ先生の植物が毒を吸い出してくれたおかげで、処置が間に合ったんだよ」
「三日か……ぐッ!?」
起き上がろうとして腹に走る痛みに顔をしかめる。
「まだ動いちゃダメだよ! みんなに知らせてくるから、じっとしてて!」
ラロが病室を飛び出していった。
痛みであれが夢じゃなく現実だったことがわかる。
死にかけた。
そう思った瞬間、背筋に冷たいものが走る。
生きていてよかった。
安堵から涙がこぼれ落ちる。
(……みんなの前で泣くわけにはいかないな)
俺は誰にも悟られないよう、腕で乱暴に目元を拭って涙を止めた。
しばらくすると、騒がしい足音と共に仲間達が雪崩れ込んできた。
「よお人間花瓶! 腹減ってるだろ、景気付けに肉を持ってきたぜ!」
「グルー坊、それは病人に食わせる量じゃないよ……」
病室のドアを蹴破るような勢いで入ってきたグルーがニヤリと笑った。
手には病人への差し入れとは思えないほどの量の肉が盛られた皿がある。
「……グルー、その呼び方はよしてくれよ。まだ腹が痛いんだぞ」
「そりゃそうだ。腹に根っこ生やされたんだからな。 栄養つけねえと、お前が枯れちまうぜ?」
「バルよ、我からはこれだ。我が一族の始祖にして伝説の騎士『金槍キファルメ』の遠征本だ」
レギンが重厚な装丁の古書を五冊も差し出してきた。
「レギンの先祖の本……? 退屈しのぎには少し重くないか?」
「何を言う! 死線を越えた貴殿なら、始祖の境地も理解できよう。隅々まで読み耽るがよい!」
胸を張って語るレギンを見て、ムンゴが苦笑いしながら口を出す。
「レギンさん、どの本が一番面白いか選んでて、結局全部持ってきちゃったんです」
「むっ! 余計なことを言うなムンゴよ!」
「僕は、ボードゲームを持ってきました。 暇つぶしにはもってこいですからね」
「私は果物よ。今剥いてあげるから……大人しくしてなさい」
ヴィブラム先生まで加わって、ベッドの周りはあっという間に差し入れで埋まった。
「み、みんな、病室では静かに……」
ラロの注意でようやく静かになる。
そこへ、息を切らしたササ先生が駆け込んできた。
「バル君! 無事でよかった、本当に……!」
「先生、病室では静かにってラロが怒るぜ」
「あ、ああ……すまない」
ササ先生の手には、鮮やかな花が植えられた鉢植えが握られていた。
「先生、その花は?」
見舞いにしては、根の張った鉢植えというのも変だ。
「これかい? これはね、バル君の腹に根を張って毒を吸い上げたあの植物だよ。見てごらん、こんなに美しく咲いたんだ。ぜひ君に持っておいてほしくてね」
病室の空気が冷え込む。
「ササ……あなた、相変わらずデリカシーがないわね」
「え、何がだい? ヴィブラム」
命を救ってくれた花、には間違いない。
だが腹の中を這い回った激痛と恐怖の植物を、わざわざ枕元に置きたい人はいないだろう。
「さ、ササ先生……気持ちは嬉しいんですが。できれば処分してくれませんか」
「そうかい? せっかく君の栄養を吸って、こんなに立派に咲いたのに……」
落ち込む先生に、おずおずとラロが手を挙げた。
「じ、じゃあ……私が預かってもいいですか? 命の恩人……ですし」
「バル君がいらないなら、君に託そう。大切に育ててやってくれ」
なぜかラロがその花を引き取ることになった。
「ああ、そうだ。もう一つ君達に本命の差し入れがあるんだよ」
ササ先生が表情を引き締め、一枚の紙を差し出してきた。
そこには印章と共に『変異種・黒エイ 素材所有権バル』と書かれている。
「これは……」
「君達が仕留めたあの黒エイの、全素材の権利書だよ。売るなり加工して装備にするなり、休みながらじっくり考えなさい」
その言葉にチーム全員が歓喜の声を上げた。
あの巨体だ。
変異種の素材となれば、数年は遊んで暮らせるほどの金貨が動く。
「俺が所有なんて……いいんですか?」
「君以外に誰がいるんだい? 作戦を立て、命を懸けてあいつを止めたのは君達だ。もし文句を言う奴がいたら、私がこの拳で黙らせてやるさ」
ササ先生が少し悪戯っぽく笑った。
「やったなバル! 特注装備の代金になるぜ!」
「いや、変異種の素材は金で買える代物ではないぞ! 加工をして武具にすべきだ!」
「エイの皮なら軽くて丈夫です……骨や針も、かなりの硬度があるはずですよ!」
「ど、毒は売ってもいいんじゃないかな? 加工の代金も必要だし」
俺達は素材の使い道を熱く話し合う。
その様子を、ヴィブラム先生とササ先生は懐かしそうに見守っている。
「私達は……邪魔ね。行きましょうか」
「そうだね。仕事も溜まっているし。バル君お大事に、また来るよ」
先生達が去った後、俺達はカリーも交えて夢中で話を続けた。
死にかけた恐怖も、腹の痛みも、仲間達の笑い声の中に溶けて消えていった。




