第37話 命を賭して、黒翼を断つ
「──という作戦だ。……正直言って博打すぎる。チームを危険に晒すわけにはいかない。一人でも反対ならこのまま国都まで撤退しよう」
周囲に沈黙が流れた。
あまりに無茶な、一度きりの空中強襲作戦。
「いいぜ、やろう。逃げて背中を刺されるよりはマシだぜ」
「あの速さだ、逃がす可能性が高い。我はここで確実に倒すことに賛成するぞ」
「わ、私もやるよ。もしも国都まで追ってきたら、もっと多くの人が危ないもんね!」
みんなの目に迷いはなかった。
「レギンはムンゴに作戦を伝えてくれ。俺はヴィブラム先生に協力をお願いしに行く」
レギンが踵を返し、後方で防戦に回っているムンゴのもとへ駆けていく。
俺は深く息を吐き、次なるハードル──この無謀な作戦の鍵を握る女性のもとへ歩き出した。
「……お願いしますヴィブラム先生! 俺達をあの黒エイの懐まで、幻影で運んでほしいんです!」
最前線で煙を操っていたヴィブラム先生が、丸眼鏡を指で押し上げた。
「正気? もしも見破られて攻撃を受けたら……あの高度から自由落下よ。地面に仲良く肉片になるわ」
「何を言っているんだバル君! 私は反対だ!」
横からササ先生が血相を変えて割って入ってくる。
「生徒をあんな化け物の近くに放り出すなど……! 指導者としてそんな自殺行為は許可できない!」
ササ先生の剣幕は凄まじい。
生徒を死なせたくないという指導者としての正論だ。
だがヴィブラム先生は対照的に、どこか懐かしそうな目で俺達を見据えていた。
「ササ……あなた、すっかり守るだけの臆病者ね。まるであの町の老人達みたいよ」
「ヴィブラム……!?」
「私達、昔はもっと馬鹿だった……頭じゃ勝てないってわかってる時に、無茶な方法を選んで勝ってきた。……それが私達のやり方だったじゃない」
ヴィブラム先生が珍しく熱を帯びた声で呟く。
彼女の手の中で紫煙が渦巻いた。
「この子達の目は、あの頃の私達……どんな絶望的な相手にも勝ちを捨てていなかった、リーダーの目と同じよ」
「しかし……彼らはまだ学生なんだぞ!」
「冒険者に大人も子供もないわ。いいわよバル君、協力してあげる。その代わり、しくじったら地獄の果てまで追いかけて説教してあげるから」
ヴィブラム先生の不敵な笑みに、ササ先生は力なく肩を落とす。
やがて大きく溜息を吐いた。
「……やれやれ。君達がそこまで言うなら、私は全力で白エイの注意を引きつけよう。その代わりに必ず生きて学園へ帰ること。いいですね!」
「はい……! ありがとうございます!」
合流したムンゴも覚悟を決めた顔だ。
「準備はいいわね? ……空の主を引きずり下ろすわよ!」
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「煤影贋身『ザハルウォラーレイ』!」
ヴィブラム先生の紫煙から、実物と見紛うエイが次々と形成される。
グルー、レギン、ムンゴが、実体化した一体の背に乗り込む。
遠くでは、白エイの突撃が兵士の陣形を無慈悲に削り続けていた。
その惨状に俺の胸に不安が立ち上がる。
「三人とも……危なくなったらすぐに地上へ──」
「バル、俺達を信じろや」
「我らが必ずやあの黒エイを撃ち落とす。案ずるな!」
「……やります、やってみせます!」
三人を乗せたエイが、死体の群れに紛れて空へと舞い上がる。
「ラロ、ヴィブラム先生! 黒エイの注意を!」
「わかってるわ」
「──是正宣光!」
ラロの放った光が黒エイを包み込み、その視覚を一時的にだが奪う。
同時にヴィブラム先生が作り出した無数の鳥が、配下の死体エイたちを翻弄し始めた。
「あぐっ……な、長くは持ちませんっ……!」
ラロが杖を握りしめて歯を食いしばる。
対象が巨体かつ強大すぎる。
能力の維持に、凄まじい精神力と体力を削られているのがわかった。
俺にできるのは、空を見上げ三人の無事を祈ることだけだった。
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エイの背で三人は風圧に耐えていた。
高度が上がるにつれ風は強くなり必死に表面にしがみつく。
「近づいたら俺の攻撃で注意を逸らすぜ! 合わせろよ!」
「グルーこそ、落ちて死ぬではないぞ!」
戦意を剥き出しにする二人に対し、ムンゴは震えていた。
(こんな高さ……能力を使っても無事でいられるのか? 黒エイの攻撃を僕なんかが防げるわけ──)
「おいムンゴ。考えるのはいいが、怯えるのは戦場じゃだめだぜ」
「奴の首だけを見ることだ!」
仲間の声にムンゴは我に返った。
「はい……! 皆さんが任せてくれたんです。必ずやり遂げます!」
「おう! その意気だぜ!」
「それでこそ、我らがチームに相応しいというもの!」
眼前に黒エイの巨体が迫る。
奴は依然としてラロの光とヴィブラムの幻影に翻弄されていた。
「我は『鷹』!」
レギンが能力を発動し、ムンゴの体を掴んでさらに高高度へと急上昇する。
一人、エイの背に残されたグルーは震える手を押さえつけた。
「へへ……ムンゴに偉そうなこと言っといて、ダサいぜ俺……」
飛ぶことも硬くなることもできない彼にとって、この高さからの落下は死だ。
それでも彼は仲間のためにその身を奮い立たせる。
レギンとムンゴが獲物を狙う位置につく。
「みんな命を賭けてんだ、やってやる……喰らいやがれクソエイ! 残響傷『熱液』!」
グルーの腕が赤く発光し、手のひらから沸騰する高熱の粘液が射出された。
それは黒エイの漆黒の片翼にべっとりと張り付き、その肉を焼き焦がす。
「ギュイィィィィ!?」
翼を焼かれる激痛に黒エイの機動が止まる。
その刹那の空白を、レギンとムンゴが逃すはずもなかった。
「よし! 今だムンゴ、能力を使え!」
「洞同体『鉄・鉄』!」
ムンゴが二つの鉄塊の性質を同時に取り込んだ。
皮膚が銀色に変色し、わずか七十キロの体重は五百キロを超える超質量の鉄塊へと変貌する。
レギンがその手を離した。
位置エネルギーを乗せた隕石が、漆黒の巨体目掛けて垂直落下する。
物理法則に基づいた超質量と超硬度。
直撃すれば黒エイを倒せるはずだ。
だが──
死の間際の直感か。
黒エイがわずかに身を捻る。
胴体への直撃は叶わず、ムンゴの体はボスの片翼の根元へと叩きつけられる。
「キィィィ!?」
翼の骨を砕かれた黒エイが絶叫を上げ、バランスを失って墜落を開始した。
そして。
轟音と共に森の境界線付近の地面へと激突した。
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墜落した黒エイに、勝機を見た者達が殺到する。
だが黒エイは巨大な尾を狂ったように振り回した。
尾針から飛散する猛毒。
それを浴びた者の、皮膚を焼かれた絶叫が戦場に木霊する。
(遠距離から攻撃して弱るのを──)
俺の目に、翼の根元をそのずっしりとした重さで押さえ込んでいたムンゴの姿が飛び込んできた。
全身に毒液を浴び、鉄と化した彼の皮膚がジュウジュウと腐食している。
高密度の鉄ですら、この強酸性の毒には耐えられていない。
「ムンゴッ!!」
弱ることなど待てず、思考を捨てて地を駆けた。
一人で迫る俺へ、黒エイが鞭のようにしなる尾を振るう。
撒き散らされる毒の雨が視界を埋めた。
(これは避けられない……!)
「是正宣光!」
後方から放たれたラロの光。
毒液が無害な水へと浄化される。
ラロの援護に感謝し、俺は尾の付け根まで一直線に駆け抜ける。
「『己力投写』……ッ!」
関節が軋み、負荷をかけた筋肉が悲鳴をあげる。
尾まで残り三メートル。
間合いに入り剣を振り下ろそうとする。
その時だった。
「キィィィィィッ!」
体が浮かんだ。
衝撃波を伴って突き出された尾針が、俺の腹部を突き破り背中まで貫通していた。
遠くで誰かの悲鳴が聞こえる。
息ができない。
腹の内で何かが壊れる音が響いた。
熱い血が口から溢れ出す。
「……ッ、がぁあッ……あぁあぁ!!」
俺は貫かれたまま、残された力を右腕に集中した。
渾身の力で黒剣を投擲する。
放たれた剣は瞬きする間もなく空を駆け、黒エイの尾を根元から叩き切った。
「ギュイィィ!!」
噴き出す体液と共に黒エイが絶叫を上げる。
「煤影贋身『ゴブリンキング』!」
「我は敵を貫く『大槍』!」
「残響傷『鉄拳』!」
仲間の全力の追撃が黒エイに殺到する。
司令塔を失ったことで、死体の操り手はいなくなった。
視界の端では白エイの方にも戦力が集中していくのが見えた。
(よかった、これで……)
地面に倒れ込む俺にラロ達が駆け寄ってくる。
「『是正宣光』……! 『是正宣光』っ!!」
ラロの必死の叫びと共に、光が俺の腹の穴を包み込み傷を塞いでいく。
だが──
「……え?」
傷は塞がったはずなのに、俺の体が激しく震え始める。
腹はどす黒く変色し、血管が浮き上がっていく。
「ッ……かっ!? あぁ、がはっ……!」
「是正宣光! ……そんな! どうして治らないの!?」
泣きそうなラロの横で、ヴィブラム先生が俺の腹部を冷徹に診察する。
「毒が……体内に残ったままね。表面の傷を先に塞いだせいで、行き場を失った大量の猛毒が内臓を直接冒しているわ」
激痛でのたうち回る。
俺の意識が遠のいていく。
「ど、毒の浄化を!」
「やめておきなさい。あなたの能力精度じゃ……毒と一緒に彼の血まで水にして殺すわよ」
「じゃあどうすれば……!」
「私がやります。バル君……地獄の苦しみですが、どうか死なないでください……!」
ササ先生が震える手でポーチから種を取り出した。
「根は血を遍く這い、毒を糧に芽吹く──『冥罰艶葩』!」
ササ先生が叫び、種を俺の腹へ直接ねじ込んだ。
腹の中で何かが蠢く。
生きた根が内臓を這い回り、血管を逆流しながら毒を吸い上げる。
「───ッ!!?」
腹を貫かれた時以上の激痛が走り、俺の意識は闇へ沈んでいった。




