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ディグニティ・ストライド  作者: 果報寝待


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第36話 黒禍巡りて、白牙奔る

いざや

黒きより生まれしもの 白きより生まれしもの

同じ牙持ち 同じ血を継ぐ

忘るるなかれ 忘るるなかれ

父を裂きしものを 母を奪ひしものを 胞を砕きしものを

許すまじ 許すまじ

その哭きを その慟きを

奴らにもまた 知らしめむ

黒は無窮 白は邁進

黒は果てなく 白は留まらず

二つに生まれ 一つに吼ゆる

いざや 牙を掲げよ

いざや 血の誓ひを継げ


 エイの群れが空を覆い、地上には巨大な影が落ちる。

 群れの中から鋭い鳴き声が上がり、一匹のエイが俺達を標的に定めて空気を裂く速度で急降下してきた。

 

己力投写(こりょくとうしゃ)!」

「我が腕は『投擲機(カタパルト)』!」

 

 俺とレギンの投擲が音を置き去りにして射出される。

 だがエイは体を旋回させて回避した。

 続けて石を投じるが、高速かつ不規則な機動を前に狙いを絞らせてもらえない。

 

「投擲は無理だ! くるぞ構えろ!」

是正宣光(ぜせいせんこう)!」

 

 ラロが放った眩い光が、急降下するエイの視界を塞ぐ。

 感覚を失ったエイが制御を失い俺達に向かって突っ込んできた。

 

「うおおぉぉ!」

 

 そこへグルーが大剣を振り下ろす。

 鉄塊が放った重厚な一撃が、エイの片翼を中ほどまで断ち切った。

 

「キィィィ!」

 

 エイは耳障りな高音で鳴くと、のたうち回りながらグルーへ尾の針を突き出した。

 

「グルー! 我が身は『大盾(おおだて)』!」

 

 レギンが割り込む。

 ガギン、と金属音が響き猛毒の針は弾かれた。

 

「らぁッ!」

 

 俺が胴体を切り裂くと、ようやくエイは物言わぬ肉塊となって地面に倒れた。

 

「向かってくる個体は我が受けよう! 皆は尾の針に細心の注意を払うのだ!」

「わかった! 止まった個体を近づかずに仕留めるぞ!」

 

 素早く作戦を立てる。

 周囲でも、苦戦しつつも兵士や生徒たちが対処を続けていた。

 だが空を埋め尽くす群れの数はあまりに多すぎる。

 このままでは、いずれ疲弊して押し潰されるのは明白だった。

 

「ヴィブラム、落とせるか? 私の能力で仕留める!」

 

 ササ先生の声が戦場に響く。

 

「ええ、でも加減はできないわ。人を離れさせなさい」

 

 ヴィブラム先生は冷静に言い放つと、丸眼鏡の奥の目を閉じて能力へと没入する。

 

「私とヴィブラムが能力を使います! 全員、後方へ距離を取ってください!」

 

 拡声の魔道具を通したササ先生の叫びに、誰もが本能的な危機感を抱いて一斉に距離を取った。

 

煤影贋身(ばいえいがんしん)『降り注ぐ溶岩』!」

 

 ヴィブラム先生の紫煙が空へと広がり、空中に漆黒の亀裂を作り出す。

 そこから煌々と赤く波打つ溶岩が溢れ出した。

 空を覆っていたエイ達が、熱を帯びた塊に飲み込まれて次々と地面へと叩き落とされていく。

 

「地を這う草は断頭の処刑人。踏みしだく傲慢に慈悲なき剣を──『冥罰艶葩(みょうばつえんぱ)』!」

 

 ササ先生が地面に両手を突き声を張り上げた。

 エイ達が堕ちた地面が禍々しい光を放つ。

 

「キキィィィイッ!!」

 

 エイの絶叫が響き渡った。

 地面に横たわっていたエイ達が、飛び上がろうとした瞬間に全身を刃で刻まれる。

 ただの雑草だったはずの緑が、ササ先生の能力によって肉を断つ狂刃の草原へと変貌していた。

 

「あれが、ササ先生の能力なのか……!」

「ええ、そうよ」


 俺の独り言に、ヴィブラム先生が答える。

 

「ササの能力は……植物に本来持っていない性質を付与すること。今のは足元の草を刃物に変えたのね。範囲や威力のコントロールは苦手だから、近づけば巻き込まれるわよ」

 

 無数のエイ達が、逃げ場のない刃の絨毯の上で絶命し地面はおびたしい血で溢れかえった。


「これほどの群れ……魔災観測院はなぜ見逃したの?」

 

 ヴィブラム先生が独り言を漏らす。

 数十体ものエイを屠ったにも関わらず、森の奥からは依然として新たな影が湧き出していた。

 先生や兵士達の能力による攻撃が絶え間なく続くが、群れの勢いが一向に衰えない。


(森に隠れていたにしては数が多すぎる。そもそも、なぜ蝉が退治されるまで出てこなかったんだ?)

 

 俺は戦いながらも思考を巡らせる。

 そして眼前の光景に違和感を覚えた。

 

「先生! エイ達の死体が少なすぎる!」

 

 俺の言葉に、全員の視線が地面へと向いた。

 先ほどまで転がっていたはずの死体が、いつの間にか一帯から消え去っている。

 空の群れにばかり注意を奪われ、その異常に気がつくのが遅れた。

 

「あれほど倒して、残っているのが血溜まりだけだと!? ヴィブラム、このエイはそんな能力も持っているのか!?」

 

 ササ先生の驚愕と疑問の声。

 

「そんなはずないわ! 確実に死んでいた……死体が勝手に消えるなんて──」

 

 ヴィブラム先生の疑問に答えるように、地面に転がっていた数体のエイが糸で引かれるようにズルズルと森の中へ引きずり込まれていくのが見えた。

 

「何かが森に潜んでいる! 私の能力で炙り出します、全員援護を!」

 

 ササ先生が森へと駆け出す。

 空のエイたちがそれを阻止せんと殺到するが、俺達は総力を上げてササ先生の道を切り拓く。

 

「千の葉は鏃、百の枝は兵。不法なる侵入を森の静寂が射抜く──『冥罰艶葩(みょうばつえんぱ)』!」

 

 木に手を触れたササ先生の能力が森全体に伝播した。

 森がざわついた次の瞬間。

 何百という木の葉が鋭利な矢となり、枝がしなり、森の深奥を射抜いた。

 その猛攻を嫌ったのか、バキバキと木をなぎ倒しながら空へと飛び上がる巨大な影が二つあった。

 

 そこにいたのは、通常の個体を遥かに凌駕する全長十メートルを超える巨大なエイが二匹。

 通常の青色とは異なり、その体は周囲の光さえ飲み込むような『漆黒のエイ』。

 全てを拒絶するような光沢を放つ『純白のエイ』。

 二匹の赤く染まった瞳が、こちらを明確な敵意で見下ろしていた。

 

「──キィィィィィッ!!」

 

 黒いエイの叫びが木霊して、その体が不気味な光を放つ。

 すると、転がっていた死体達が傀儡のように動き出す。

 切り裂いたはずの翼が音もなく繋がる。

 崩れた肉が持ち上がり再び羽ばたいた。

 

「異常個体! しかも死体を操る能力を使うの!?」

「あの能力のせいで、倒しても数が減らなかったのか!」

「奴を倒さない限り、群れは無限に供給されるぞ!」

 

 先生達の叫びが戦場を駆ける。

 能力を操る魔物など、伝説や物語でしか聞いたことがない。


「──キュィィィィ!」

 

 白いエイが鋭い声を上げてその体を発光させた。

 次の瞬間、白エイは目にも止まらぬ速度で固まっていた兵士達へ急降下する。

 

「撃て! 防げっ!」

 

 火が、光が、矢が飛ぶ。

 だが白エイはその全ての攻撃を常識はずれの硬度で弾き返し、そのまま地面へと激突した。

 

 凄まじい衝撃波が広がり、土煙が舞う。

 衝突した場所には、鎧がひしゃげた兵士達が折り重なって倒れていた。

 土煙の中から悠然と姿を現したのは、無傷の白エイだけだ。

 

 黒エイが死体を操り、戦場を攪乱する。

 白エイが圧倒的な衝突を繰り返し、惨劇を広げていく。 

  

「バル。やばそうだぜ……どうする?」

「撤退も視野に入れるべきだな。今の我らには手に余るぞ」

 

 グルーとレギンの言葉に不安げなラロが視線を向ける。

 俺は一瞬だけ目を閉じて答えを出した。

 

「撤退はしない。あいつを倒すぞ」

「おいバル、お前また……!」

 

 グルーが身を乗り出すが俺は首を振った。

 

「安心してくれ、ウンガリーベアの時とは違う。英雄願望で仲間を危険に晒す気はないよ」


 俺の頭の中には勝利への道筋が描かれていた。

 

「撤退するかどうかは、俺の作戦を聞いてからみんなで決めよう」


 俺は黒いエイを指差しながら、逆転の作戦を仲間達に告げた。

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