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ディグニティ・ストライド  作者: 果報寝待


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第35話 蒼天を埋むる羽


 国都の西門を発ち、俺達は軍列の中ほどの前線に近い位置を歩いていた。

 本来なら俺達のような二つ星はもっと後方に配置されるはずだが、初級迷宮を制覇した実力が即戦力として評価されたらしい。

 少し先には、並んで歩く先生達の背中があった。

 長身にコートを靡かせて退屈そうにあくびをしている丸眼鏡の女性、ヴィブラム先生。

 そして、いつもの穏やかな微笑みを消し鋭い眼差しで周囲を警戒している担任のササ先生の姿もある。


「……なあ、ササ先生って戦えるのかな?」

 

 俺はふと思った疑問を隣のグルーに聞く。

 ヴィブラム先生の強さは、模擬戦の一件で嫌というほど知っている。

 だが座学や事務的な指導が多いササ先生が、実際に戦っている姿は想像がつかなかった。

 

「たしかにな。いつも審判か解説だし、能力を使ってるのも見たことねえぜ」


 そんな俺達の会話が聞こえたのか、ヴィブラム先生がニヤリと笑ってこちらへ歩み寄ってきた。

 

「君達にはササが強そうに見えないのね。でもね……冒険者時代、彼は私達のチームのリーダーだったのよ」

「えっ! お二人はチームを組んでたんですか!?」

「ええ。でも……彼が本気で戦うところを見たいなんて思わないことね。ササの能力は、教育現場じゃとてもお目にかかれないような、凶悪な──」

「ヴィブラム、あまり生徒に妙なことを吹き込むのはやめてくれ」

 

 穏やかな声でササ先生が会話に割って入る。


「……ヤバすぎる能力だから模擬戦にも出なかったってことか?」

「そういうことよ……生徒が大怪我しちゃうもの」

「よしてくれよ。まあ確かに手加減が利く能力ではないが、君達が怯えるような怖いものじゃないんだよ。……ただ少しだけ調整が苦手なだけでね」

 

 ササ先生は困ったように笑う。

 だが森が近づくにつれて、その表情からは次第に笑顔が消えていった。


「ヴィブラム……妙だとは思わないか?」

 

 ササ先生の言葉に空気が引き締まる。

 前方には森が見え始めてきていた。


「ええ、おかしいわね」

 

 ヴィブラム先生も丸眼鏡の奥の目を細める。

 

「もうとっくに……蝉達の、耳を突き破るほどの震動が聞こえてもいいはずなのに……静かすぎるわ」


 森からは確かに蝉の声が聞こえてくる。

 だが、大量発生と呼ぶにはあまりに疎らだ。


「まるで中身を食い荒らされた後の抜け殻ね。……指揮官に相談した方がいいわ。報告に行きましょう」

 

 先生達が軍の前方へと駆けていくのと同時に、行軍停止の合図が響き渡った。

 どうやらここで群れを迎え撃つ布陣を敷くようだ。


「こ、今年は数が少ないのかな……?」

「わからねえが……胸騒ぎがする。警戒しとこうぜ」

「ああ。カリーがいないんだ、いつも以上に周囲に気を配らないとな」

「疲労せぬよう、交代で休息と警戒に当たるとしよう」

 

 俺達は森を睨み据えながら武器を握り直す。

 楽観的な空気はすでに消え去っていた。


 ---------


 休息の最中、森が騒がしくなった。

 木々の隙間から黒褐色の塊──スウォームシカーダの群れが溢れ出してくる。

 

「──『是正宣光(ぜせいせんこう)』!」

「ハァッ!」

 

 ラロが光で動きを止め、俺が一メートルほどの体格を持つ蝉の腹を切り裂く。

 隣ではグルーとレギンが次々と蝉を仕留めていた。

 

「……大したことねえな!」

「ああ。数も例年より少ない。これなら学園を動員せずとも、兵士だけで対処できたのではないか?」

  

 確かに次から次へと這い出してはくるが、脅威と呼ぶには程遠い。

 

「魔力の満ちが足りなかった? それとも捕食者が……」

 

 丸眼鏡の奥で目を細め、ヴィブラム先生が戦いながらも分析を呟いている。

 やがて騒がしかった翅音が嘘のように止み、森は再び静まり返った。

 拍子抜けするほどあっけなく、駆除は完了したかのように見えた。

 

「ふう……みんな、体力は大丈夫か?」

「おう! まだまだ余裕だぜ」

 

 安堵の空気が流れる中、指揮官と協議していたササ先生が苦虫を噛み潰したような顔で戻ってきた。

 

「くそっ、このまま素材の回収をするそうだ……異常事態だとなぜわからない! 生徒に犠牲が出たらどうするつもりなんだ……」

 

 温厚なササ先生がこれほど苛立ちを露わにするのを、俺は初めて見た。

 

「落ち着きなさいササ。……余程のことが起きない限りは私達が生徒を守り抜けばいいだけのことよ」

 

 ヴィブラム先生がなだめるように肩を叩く。

 その直後だった。


 ──バサリッ、という音が森の奥から響いた。

 

 音のした空を仰ぎ、全員の動きが止まる。 

 木々の枝を割り、飛び出してきたのは蝉ではない。

 四メートルに及ぶ平たい巨体をうねらせ、空を泳ぐ巨大な青いエイの群れだった。

 

「ザハルウォラーレイ!? なぜこんな場所に……!」

 

 ヴィブラム先生が驚愕の声を上げる。

 

「ヴィブラム、あれは何だ!?」

「空泳ぐ毒鱏よ! 群れで高速飛行し、獲物を包囲する……何よりまずいのはあの尾。毒があるわ、刺されれば一時間も持たずに命を落としてしまう!」

「聞こえましたね! 全員、情報の伝達と生徒の死守を!」

 

 ササ先生の指示に学園の先生達が一斉に動き出す。

 兵士達も素材回収を放り出し、武器を構え直した。

 

「皆さん今すぐ撤退してください! 魔物には手を出さず、逃げることだけを考えるんだ!」

「でも先生、あいつらこっちに気がついてるぜ!」

 

 空を泳いでいたエイの群れが、新たな獲物を定めたように旋回してこちらへ急降下してくる。

 

「ヴィブラム!」

「──煤影贋身(ばいえいがんしん)『ワイバーン』!」

 

 ヴィブラム先生の煙から、緑の飛竜が実体化して飛び出した。

 突っ込んできたエイの先頭を牙で蹴散らし、強靭な翼で弾き飛ばす。

 だがエイの数は十や二十ではなかった。

 ワイバーンは瞬く間に青色の群れに飲み込まれ、四方八方から毒尾を突き立てられる。

 数が違いすぎた。

 緑の巨体は崩壊し紫煙へと還っていく。

 ヴィブラム先生の舌打ちが聞こえた。 

 エイの群れが冷酷な瞳で地上を見下ろしている。

 

 俺達は装備を締め、武器を構え直す。 

 空が塗りつぶされていく。

 逃げ場はもうどこにもなかった。

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