第33話 価値を決めるもの
第九階層からさらに深く。
俺達は足音が反響する長い石段を下っていた。
下りきった先に広がっていたのは、巨大な広間と重厚な意匠が施されたボスの扉。
そして扉を取り囲むように座る数十人の冒険者達だった。
この迷宮に潜る冒険者の目的は大きく分けて二つ。
金になるジャランスライムの核か、あるいは報酬目当てのボス討伐だ。
「よお、見ねえ顔だな。新入りか?」
壁に背を預け、手慣れた手つきで短剣を弄んでいるベテラン風の男が俺達を見つけて声をかけてきた。
「こんにちは。学園の生徒です。十階層まで降りてきたのは今日が初めてで」
「どおりで若えわけだ。いいか坊主ども、迷宮の主を拝む前にここでのルールを教えてやろう」
男が語るボス層のルールは、合理的で生々しいものだ。
順番の厳守。
ボスは一度討伐されると、再出現までに最低二十分はかかる。
順番を無視した横入りは全員に袋叩きにされる。
ただし金で順番を買い取ることは認められている。
顔見せの挨拶。
扉の前の広間では、居合わせた全員に顔を見せて挨拶をする。
ボスは容赦がない。
敗北すればその死体は原型を留めないだろう。
誰の死体かを地上に報せるために顔を覚えてもらう必要がある。
それが遺品を家族の元へ届けるための最低限の保険となるのだ。
撤退支援の対価。
もしボス戦の最中に内側から扉を叩き、助けを求めた場合。
外で待機しているパーティーが扉をこじ開けて救出を試みるが、それには救出料金が発生する。
命を救うかわりに、救われた側は高額な料金を払うのがこの迷宮の相場だ。
椅子は有料。
広間に置かれたベンチや椅子は、すべて地上から運び込まれた物だ。
腰を下ろしたければ持ち主に金を払うのが当然。
「そして次が一番重要だ。ここでの情報は命の次に価値がある……つまり有料だ」
男がニヤリと笑い、手のひらを差し出してきた。
俺は無言でジャランスライムの核を一つ取り出し、渡す。
「勉強になりました。……ありがとうございます」
「へへ。俺はまだ優しい方だからな、次からは気をつけな! じゃあせいぜい殺されないように踏ん張りなよ」
男は満足げに核をポケットに放り込み、仲間の元へと帰っていった。
「くそっ、ベテランってのはどこまでも容赦ねえな」
「一筋縄ではいかぬ場所だな。実力がすべてよ」
「ぼ、ボス部屋の詳しい情報は……買うの?」
「いや、学園の資料館で予習は済ませてある。問題ないよ」
俺達は広間に残る冒険者へ、一人一人挨拶回りを済ませた。
その後は冷たい石床に直接座り、自分達の番を待つ。
待機している間も周囲を警戒し、精神を整え、装備の最終確認を繰り返す。
一組また一組と、扉の奥へと冒険者が消えていく。
俺達は徐々に集中力を高めていった。
心臓の鼓動が、意思で制御できるほどに静まっていく。
次はいよいよ俺達の番だ。
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重厚な石の扉を全員で押し開く。
俺達が足を踏み入れると、壁の松明が一斉に火を噴き広大な部屋を照らし出した。
その中央、鎮座していた巨大な影がのそりと立ち上がる。
全長七メートル。
筋骨隆々の人型に、巨大な角を生やした牛の頭部。
皮膚は骨のように白く硬質化し、その手には身の丈ほどもある巨大な斧が握られていた。
この迷宮の守護者『カンカールミノタウロス』。
濁った黄色の瞳が、侵入者である俺達を射抜くようにギロリと動いた。
「───ブロオオオォォ!!」
空気が悲鳴を上げ、鼓膜を叩き割るような絶叫が響く。
咆哮による威圧。
まともに浴び続ければ全身が痺れ、指一本動かせなくなってしまう。
「ラロ頼む!」
「──是正宣光『帷静』!」
事前の作戦通りラロが杖を掲げ、光の結界を展開した。
不浄を弾き飛ばすその光の幕が咆哮を掻き消し、俺達の肉体は自由を取り戻す。
「いくぞ!」
短い指示と共に、俺とレギンが左右へ散った。
「己力投写!」
「我は『狩猟豹』!」
俺とレギンは一気に最高速へと加速する。
二つの影が網膜に焼き付く残像だけを残し、ミノタウルスの死角へ滑り込んだ。
「グモオオォォ!」
振られた巨斧が空を切り、石床を粉々に砕く。
だが俺達は既に背後に回っていた。
「らぁッ!」
俺の手から放たれた石は音を置き去りにして射出される。
訓練と死線を越える戦闘を経て、投写できる力はかつての比ではない。
能力に目覚めたばかりの頃と比べれば、今の俺の全力は、まさしく大人と子供ほどの差があった。
ゴブリンヴィールの皮膚に弾き返された俺の投擲。
だが今は違う。
石は空気を切り裂く衝撃波を伴い、ミノタウルスの分厚い外骨格を「バギンッ!」と叩き割って背中に深々と突き刺さる。
「グルォォ!?」
怯んだ隙をレギンが見逃さない。
「我は敵を貫く『大槍』!」
レギン自身が巨大な槍と化し、ミノタウルスの右ふくらはぎへ突進を直撃させる。
硬質な皮膚が裂け、巨体がわずかに傾いた。
「斧を振りかぶってるよ! 引きな!」
ラロの頭上でカリーの指示が飛ぶ。
俺とレギンは即座に地面を蹴り、後方へ飛ぶ。
直撃すれば絶命は免れない斧の横薙ぎを回避した。
「レギンの大盾以外は攻撃を受ければ即死だ! 俺とレギンが撹乱して削る、隙を見てグルーの『鉄拳』で体勢を崩すぞ!」
「「「了解!」」」
一心同体の連携。
ミノタウルスが再び咆哮を上げようとするが、ラロの光がそれを許さない。
だがラロの光の防音は消耗が激しい。
勝負を急ぐ必要がある。
「我は『鷹』!」
横薙ぎの二撃目をレギンが跳躍でかわす。
だが空中で無防備になった所へ、ミノタウルスの剛腕が迫る。
「残響傷『熱液』!」
その刹那、グルーの手からジャランスライムの煮えたぎる粘液が射出された。
数日前にわざと浴びて作っておいた傷の解放。
それがミノタウルスの胴にべっとりと張り付く。
「ブオオォォォ!?」
熱は外骨格を無視して筋肉を焼き、炭化させていく。
あまりの激痛にボスの意識がレギンから逸れた。
「隙だらけだよ! 叩き込みな!」
カリーの叫びに合わせてグルーが駆け出す。
「うおおぉ! 残響傷『鉄拳』!」
大剣による斬撃の直後、巨大な鉄拳がミノタウルスの顔面にめり込む。
凄まじい衝撃にボスの巨頭が弾かれた。
「我が力は『蟻』!」
よろめく巨体をレギンは逃さない。
自身の数十倍の重量を運ぶ蟻の怪力を宿し、ボスの足を強引に掴み上げる。
「フンッ!!」
信じがたい力で足が浮き上がり、ミノタウルスは無防備に石床へ背を打ちつけた。
今だ。
俺はボスの胸板へ飛び乗り、剣に渾身の己力投写を込める。
「はぁッ!!」
振り下ろした刃は硬い外骨格を断ち切ったが、その下の肉を裂く手応えは浅い。
目算を誤った。
刃先は命にまで届かなかった。
「グオオォッ!!」
「バル君! ──『是正宣光』!」
俺を虫のごとく叩き潰そうとしたミノタウルスを、ラロが放った最大出力の光が硬直させる。
俺は剥き出しになった肉の拍動を感じながら、傷口に剣を深く突き立てた。
全力の己力投写を込め剣を押し出す。
「グモッ!?」
剣先が心臓を貫き、石床まで突き抜けた。
ミノタウルスの瞳から光が失われ、その体からは力が抜けていく。
「ラロ、助かったよ。ありがとうな」
返り血で赤黒く染まった俺を見て、ラロが慌てて杖を掲げる。
「い、いま浄化するね!」
全身を覆っていた鉄臭い生臭さが、光と共に消え去った。
「最後の一撃、えぐかったなバル」
「敵に乗り、心臓へ剣を突き立てるとは。勇敢な戦士にしかできぬな!」
「危なっかしいったらありゃしないよ、全く」
「……少し硬さを舐めてたよ。次はもっと慎重にいかないとね」
反省を口にする俺の前で、ミノタウルスの死体が光となって消えていく。
その跡には、鉄の宝箱が一つ置かれていた。
「ボス報酬……!」
「何が入ってやがるんだ!?」
「武具か秘薬か、はたまた地図か……心が踊るではないか!」
全員で息を合わせて重い蓋を持ち上げる。
眩い輝きと共に現れたのは───
黄金色のインゴットだった。
「すげえ! 黄金か!?」
「……いや、これは真鍮のようだな」
手に取り目利きをしているレギンの冷静な言葉に、グルーの肩がガクンと落ちる。
「なんだよ……黄金じゃねえのかよ」
「売ればそこそこの金にはなるかねえ」
「あ、あれだけ強かったのに、なんだか拍子抜けだね……」
がっかりする仲間達を見渡し、俺はふと思いついたことを口にした。
「レギン、前に特注の装備に装飾をつけたいって言ってたよな?」
「ああ、だが金や銀は予算が……まさかバル!」
「これでお揃いのエンブレムを作るのはどうだ? 初めてボスを倒した記念になるし、真鍮なら加工もしやすいだろ」
俺の提案にみんなの顔がぱっと明るくなる。
「いいなそれ! かっこいいぜ!」
「我らにとっては、金よりも価値あるものになるな!」
「なかなか粋なアイデアだねえ」
「帰ったらさっそくデザインを考えなきゃだね!」
さっきまでの疲労が嘘のようにみんなに元気が戻る。
俺達は装飾の形をワイワイと相談しながら、地上へと続く階段を登り始めた。




