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ディグニティ・ストライド  作者: 果報寝待


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第32話 隠されていた本質


 学園・訓練所

 

 ベンチの上でムンゴが深くため息をついていた。


「し、しょうがないですよムンゴさん。一生懸命やっていれば、そのうち周りの評価も変わりますよ!」

「……はい。そうだといいのですが……」

 

 ムンゴはグルーの地獄のような筋トレに必死で食らいつき、俺達との合同訓練もこなしている。

 実力は日に日に増し、その体つきも引き締まってきた。

 だが努力と世間の評価は必ずしも一致しない。

 一度貼られた無能の烙印は彼を縛り続けている。

 ムンゴを入れてくれるチームは依然として見つからないらしい。

 

「人の色眼鏡ってのは、なかなか外れないからねえ」

「へっ、もっと筋肉つけりゃあ、見た目だけで強そうに見えるぜ!」

「案ずるな。評価を覆せるようになった時、貴殿は立派な戦士になっているはずだ」

「……ありがとうございます。とりあえずは一階層で一人で鍛え直そうと思います」


 ムンゴの評価を変えるには強みが必要だろう。

 やはり、鉄になった瞬間に置物のように動けなくなるのが致命的すぎる。

 能力の切り替え速度を上げるか、あるいは……。


「ムンゴの能力ってさ、鉄以外にはなれないの?」

「口に入れられる物なら何でも。ただ、水や空気みたいに体の形を保てないものにはなれないんですけどね」

「なるほど固体ならいいのか。……じゃあさ、二つの物質に『同時』になることはできないかな?」

「二つ、同時……ですか?」

 

 困惑するムンゴに、俺は頭に浮かんだアイデアをぶつけてみた。


「鉄の硬さと別の軽い物質の性質を混ぜるんだ。そうすれば防御力を維持したまま動けるようになるんじゃないかと思って」

「なるほどな! 鉄と軽い木材とかなら応用が効きそうだぜ!」

「それは盲点だったな。成功すれば戦術の幅が劇的に広がるぞ」


 俺達は早速、訓練所の隅で使えそうな素材を集めて実験を開始した。


「まずは『鉄』と『木』だ。やってみてくれ」

「はい……! 洞同体どうどうたい『鉄・木』!」


 ムンゴが二つの破片を口に含み能力を発動する。

 次の瞬間、彼の皮膚と装備が鈍い銀色に変質した。

 よく見るとその表面には木目が浮かんでいる。

 

「か、軽い……! 動けます、普通に歩けますよ!」

「成功じゃねえか! よし強度はどうだ。俺が確かめてやる!」


 ムンゴが返事をするより早く、グルーの丸太のような拳が振るわれた。


 ――ガギィンッ!


 重く硬い音が訓練所に響き渡る。


「い、痛え……ちゃんと硬えじゃねえか! 拳が痺れたぜ」

「なぜ素手で殴りに行くのだ貴殿は……」


 好奇心に火がついた俺達は、その後も夢中で実験を繰り返した。

 

 ムンゴの能力『洞同体どうどうたい』の本質。

 それは口に含んだ物質の性質を抽出し、配合できることだった。

 『鉄の硬さ』と『木の軽さ』を合わせれば、動く城壁になれる。

 『木の柔軟さ』と『鉄の硬さ』を合わせれば、より壊れにくく。

 そして極めつけは、『鉄』を二つ含んだ時だった。

 その硬度も重量も、単純計算で二倍──まさに要塞と化した。

 今のところは二つまでだが、鍛えれば増えるかもしれない。

 

「凄いぞムンゴ! こんなに盾役にピッタリな能力、そうそう無いよ!」

「堅牢さだけなら我を超えるな……」

「攻撃する瞬間に重くなれば、メイスの威力も跳ね上がるぜ!」

「軽くなれば回避や接敵のスピードも上がりますね!」


 次々と実戦的なアイデアが飛び出し、ムンゴの顔にようやく輝きが戻る。

 

「皆さん、本当に……ありがとうございます。僕一人じゃ一生気がつくことはありませんでした。また助けられてばかりだ……」


 ムンゴが申し訳なさそうに視線を落とす。


「おいおいムンゴ、その卑屈はもう卒業したんだろ? 今は素直に喜ぼうぜ!」


 グルーが大きな手でムンゴの背中を叩く。

 筋トレという苦楽を共にした二人の間には、いつの間にか厚い友情が芽生えていた。

 

「君達……随分と面白そうなことをしているね」


 背後から冷たい声が聞こえた。

 振り返ると、そこにはいつもの丸眼鏡を光らせたヴィブラム先生が立っている。

 

「先生! 今ムンゴの能力の新しい使い方を試していたんですよ」


 俺はムンゴを紹介し、今発見した「性質の重複」について熱を込めて説明した。

 丸眼鏡の奥でヴィブラム先生の目が怪しく輝く。

 

「非常に興味深いね。ムンゴ君……今すぐ私の研究室に来なさい」

「え、え?」


 返答を待たず、先生はムンゴの細い手首をガシリと掴んだ。


「ヴィブラム先生。……まさか変な薬を飲ませたり、解剖したりしませんよね?」

「しないよ……たぶんね」

「えええっ!? み、みんな! 助けてくだ──!」


 抵抗も虚しく、ヴィブラム先生がその場で実体化させた『ゴブリンキング』の手によって、ムンゴはズルズルと引きずられていった。

 

「完全に実験材料を見る目だったねえ……」

「……あとでこっそり様子を見に行ってやるか」


 俺達は、先生の飽くなき知的好奇心の餌食になったムンゴの無事をただ祈るしかなかった。


 ----------


 学園・裏通路


 通る者があまりいない、薄暗い通路の角では低俗な笑い声が響いていた。


「あはは! 見たぁ? ムンゴの奴の加入を断られたあの顔!」

「あいつの『鉄になると動けない』っていう欠陥、たっぷり触れ回っておいて正解だったな。あんなゴミを拾う物好きなんてもういねえよ」

「一人で腐って、そのまま野垂れ死ねばよいのだ。我らの足を引っ張った罰だな」


 三人はムンゴから奪い取った核を換金した話で盛り上がっていると、背後の暗闇から冷ややかな声がかけられた。


「……やっぱりあなた達だったんですね。悪い噂を流していたのは」


 通路の奥に杖を握ったラロがゆらりと立っていた。


「楽しいですか? 人の未来を壊すのは……努力を笑うのは……」

「はあ? なんだお前、あのゴミの仲間か?」

「言いがかりはやめてよねぇ。証拠でもあるわけぇ?」

「我らを侮辱する気か? どけ、目障りだ」

 

 三人がラロを威圧しようと踏み出した、その瞬間。

 ──視界が白く塗りつぶされる。


「え……?」

「眩しっ……!」

「なんだこの光はッ!」


 白光が晴れると、薄暗かった通路には幾重もの光のカーテンが揺らめき、辺りを照らし出していた。

 だがそれは温かな聖なる光ではない。

 冷たく冒しがたい断罪の光だった。

 中心に立つラロが杖を床に突き立てる。


 ──ゴツン


 その直後、音が消滅した。

 自分達の声も、衣擦れの音も、心臓の鼓動さえも。

 ラロが展開した『是正宣光ぜせいせんこう』の範囲内では、あらゆる雑音が「浄化」されて耳の奥が痛むほどの静寂が支配していた。


「───どうして、人の足を引っ張るんですか?」

 

 音のない世界で、ラロの声だけが異様に響いた。

 その瞳にはいつもの慈愛などない。

 ただ邪な者を排除しようとする、凍てついた守護者の目だった。

 彼女は一歩踏み出す。


「ひっ……!」

「てめえ、先生に言いつけてやるぞ!」

「訓練所以外での能力使用など退学だぞ!」


 必死に声を張り上げたが、その声は光に吸い込まれ消え去る。

 ラロは感情を失った瞳で彼を見据えたまま、一歩、歩を進める。


「聞こえないけど……予想はつきます。どうせ先生に報告とかかな。……いいですよ、しても。私、この学園に未練なんて一つもないですから」


 その言葉は嘘偽りのない本心だ。

 

「私の世界は、バル君達が声をかけてくれたあの日から始まったの。バル君とグルー君、カリーさんとレギン君。そして、今一生懸命に自分を変えようとしているムンゴさん。一緒に冒険ができるなら……守れるなら、私の未来なんてどうなってもいい」


 ラロから溢れる光が、鋭く攻撃的な輝きに変わる。


「私の能力……みんな勝手に聖なる光なんて呼ぶけど、そんな綺麗なものじゃないですよ。本質はね『私が正常だと思う状態』に書き換えること。怪我も、汚れも……私の耳に届く汚い声も。私が本心から『嫌だ』と思えば消せるんです」


 三人は、ラロの放つ圧倒的な威圧感と理解不能な理論に、膝を震わせてその場に崩れ落ちた。


「もしも……あなた達を浄化したらどうなると思います?」


 三人はラロが放つ狂気に完全に気圧され、目を見開いたまま絶望に染まった。

 喉から上がる悲鳴さえ、静寂に塗り変えられる。

 

「次……ムンゴさんの悪い噂を流したり、彼を傷つけるような真似をしたら……」

 

 ラロが静かに微笑んだ。

 その微笑みはバル達に向けるそれとは決定的に違う、背筋が凍りつくような「宣告」だった。


「その汚い心も口も、私が全部、綺麗に浄化します。……元に戻れないくらい真っ白に」

 

 光が収まった時、そこには腰を抜かして漏らす三人と何事もなかったかのように杖を曳く少女だけが残されていた。

 ラロは一度も振り返ることなく、バル達が待つ訓練所へと歩き出す。

 

(な、なに真っ白に浄化って! そんなことできないのに……! ば、バレてないよね!?)


 ラロは震える足で早歩きになる。

 一刻も早くこの場を離れたかった。

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