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ディグニティ・ストライド  作者: 果報寝待


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第30話 卑屈で建てた壁


 低級ダンジョン・第九階層


 ジャランスライムが発する熱気で、通路は真夏のような暑さに包まれていた。

 少し歩くだけで汗が噴き出し、集中力が削られていく。

 俺達はこまめに水分を補給して熱中症への警戒を怠らない。

 だがカリーには暑さが心地よいらしい。

 いつも以上に魔物を見つけるのが早い。


「前方にジャランスライムが六、ゴブリンが二だねえ」

「了解。ムンゴ、作戦通りゴブリンは頼むよ」

「わ、わかりました。任せてください!」


 ムンゴが盾を構え、俺達の前に躍り出た。


「ギギャギャ!」


 二体のゴブリンが耳障りな声を上げて突撃してくる。

 俺、グルー、レギンの三人は後方のスライムへ意識を割き、目の前のゴブリンをムンゴに任せた。


洞同体(どうどうたい)『鉄』!」


 ムンゴがポケットから取り出した鉄片を口に放り込み叫ぶ。


「ギャギャ!」


 ゴブリンが下品な表情で、ムンゴの喉元へナイフを振り下ろした。

 ガキンッ!

 まるで金属をぶつけたような音が響く。

 ナイフはムンゴの皮膚に傷一つ付けれず弾かれた。


「ギャ!? ギャ!」


 混乱したゴブリン達が、まるで棒切れでも振るうようにナイフを乱打する。

 だがムンゴはそれを盾で受け、重厚なメイスを大きく振りかぶった。


「ふんっ!」


 バギャッ!

 ゴブリンの頭蓋が砕かれた音が通路に反響する。

 続けて横に薙ぎ払われたメイスが、もう一体のゴブリンを肉塊へと変えた。


「お疲れムンゴ」

「なかなかやるじゃねえか」

「いい、盾役だったぞ!」

「な、ナイフを肌で弾くなんて凄いよムンゴさん!」

「いえ、それほどでも……」


 ムンゴの能力『洞同体どうどうたい』。

 それは口に含んだ物質と、自身の肉体や装備を同質化させるものだ。

 鉄を口に含めば、その身は文字通り鉄壁の硬度を得る。


「便利な能力だね。これならどのチームでも重宝されるだろう?」


 俺の言葉にムンゴは急に顔を曇らせた。


「いえ……そんなに良い物じゃないんです。体を鉄に変えると重すぎて一歩も動けなくなるんです。魔物も馬鹿じゃないから、攻撃が効かないと分かると僕を無視して他の仲間を狙い始めて。僕、状況を判断して能力を切り替えるのが苦手で……何度もそれで失敗して……」

「欠点があるってことは、それだけ伸び代があるってことだぜ。学園に帰ったら俺が特訓に付き合ってやるよ!」

「い、いいんですか? ぜひお願いします……!」

「お喋りはそこまでにしな。前方にジャランスライムが九、ゴブリンが四だよ」

「「「了解!」」」


 先ほどと同じ陣形で接敵する。


己力投写こりょくとうしゃ!」

残響傷ざんきょうしょう『ナイフ』!」

「我が腕は『投石機カタパルト』!」


 三方向からの投擲が、音を置き去りにして飛ぶ。

 次々とジャランスライムの体が弾けていく。


洞同体どうどうたい『鉄』!」


 ムンゴも能力を発動してゴブリン達の猛攻を受け止めていた。

 しかし、鉄と化して足が止まったムンゴの死角の通路から、一体のジャランスライムが跳躍し彼に飛びついた。


「───ッ!」


 鉄の肉体はスライムの高熱も酸も通さない。

 だがゴブリン達は動けないムンゴを放置し、俺達へと狙いを定めた。


「ゴブリンが来る! 迎撃を!」


 石に込めていた力を即座に足に切り替えて駆け出す。

 先頭のゴブリンをすれ違いざまに切り裂く。

 遅れて噴き出した鮮血が通路の壁を赤黒く濡らした。


残響傷ざんきょうしょう『鉄拳』!」


 

 グルーの声に応じ、具現化した巨大な拳が振り下ろされた。

 回避不能な鉄拳が標的を捉え、その中身を爆ぜさせた。


「我は『狩猟豹しゅりょうひょう』!」


 とてつもない加速でレギンが駆ける。

 瞬き一つの間に二体のゴブリンの喉元は裂かれ、絶叫すら許さぬままその首が地面へと滑り落ちた。


「ラロちゃんッ! スライムが来てるよ!」


 カリーの焦った声に皆が振り返る。

 ムンゴに取り付いていたスライムが、乱戦の隙を突いて後方にいたラロへと肉薄していたのだ。

 

「ぜ、是正宣光ぜせいせんこう!」


 邪を浄化する光がスライムを包み込む。

 だがスライムは断末魔のように全身を激しく震わせ、蓄積していた高熱の体液を周囲に振りまいた。


「──っああああぁぁッ!!」


 石床を赤熱させるほどの熱。

 そのドロドロとした体液がラロの手足に容赦なくこびりつく。

 ジュィィ、と肉の焼ける音がする。

 皮膚は一瞬で炭化し、肉が焼かれ、神経が壊される。

 激痛が彼女を襲った。

 ラロはショックに耐えきれず、その場に気絶した。


「ラロッ!!」


 俺は倒れた彼女へ迫るスライムの核を、投擲した剣で粉砕した。

 

「大丈夫か!? ラロ!」


 呼びかけても反応がない。

 まずい。

 迷宮に潜ってから、初めてそう思った。 


 -----------


「ん。……うん……痛っ!」

「よかった、気が付いたか……!」


 安全部屋へ運び込み、応急処置を終えた俺達はラロが目を覚ましたことに心底安堵した。


「そっか、私……ジャランスライムに……」

「火傷は自分で治せそうか?」

「うん、動けるくらいには ……『是正宣光』」


 ラロの体に粘り付いていた粘液が水へと浄化され、重度の火傷を負っていた体が徐々に再生していく。

 俺達は二度目の安堵の息をついた。


「すみませんでしたっ……! ぼ、僕は自分の事ばかりで、皆さんの状況が見えていなかった……!」


 ムンゴが地面に頭を擦り付け謝罪する。


「え……そんな、ムンゴさんのせいじゃ──」

「いいえ、僕が未熟だからです! 僕はいつもこうだ。失敗ばかりして迷惑を……!」


 卑屈なまでに自分を責めるムンゴに、グルーが声を荒らげそうになる。

 だがそれより早くラロが真剣な表情で口を開いた。


「ムンゴさん! 私、自分のことが大嫌いだったんです。何も出来ないし、失敗するか逃げてばかりで…… 毎日寝る前に自分を追い詰めていました」

「え……?」

「でもバル君とグルー君に誘われて、それから少しずつ変われたんです。自分でも誰かの役に立てる、助けになれるんだって。そう思えたら今までの失敗なんて気にならなくなりました」


 ラロの言葉に俺も続く。


「俺は自分の英雄願望とトラウマで仲間を命の危険に晒したことがある。あの時みんなが無事だったのは、運がよかっただけだったよ。グルーにも殴られたっけ」


 仲間達が次々と声を重ねる。

 

「俺はよ、昔のトラウマを言い訳に能力を使わねえで逃げてたんだ。今思うと最高にダサいぜ。こいつらに出会わなきゃ、今も腐ったままだった」

「失敗なんて反省して次に活かしたら、後は忘れるに限るよ。実は私は昔、食事のマナーが酷くてね。毎日怒られたもんさ」

「そういうことだ、ムンゴよ! 失敗しない者などこの世にはいない。まあ……我が完璧すぎて欠点がないのは例外だな!」

「そ、そういう所じゃないかな……」

「自分の奇行に気がついていない時あるよね」

「自信家すぎるねえ」

「人を見る目がねえのも追加だぜ」

「君達、我にだけ厳しくないか!?」


 いつものように、わいわいと騒がしいやり取りが始まる。


「ね、ムンゴさん! みんな失敗してばかりなんですよ。失敗して、恥をかいて、それでやっとできるようになるんです。だから……人にも自分にも完璧なんて求めちゃダメなんですよ」

「……はい……ありがとうございますっ……!」


 俯き咽び泣くムンゴを俺達はあえて無視する。

 男が泣く時は見て見ぬふりが一番だろう。


 顔を上げたその顔に以前までのような、卑屈さはないように見えた。

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