第29話 粘つく熱と伸ばす手
低級ダンジョン・第九階層
九階層からは空気の温度が上がった。
ここでは新たに『ジャランスライム』が出てくるからだ。
通常とは違う真っ赤な体は凄まじい熱をもっており、不用意に近づくと高温のガスと粘液で体を焼かれる。
近接泣かせの厄介な魔物だが、その分実入りもいい。
こいつらの核は冬場の暖房や工房の燃料として需要が高いからだ。
「前方にジャランスライムが七だねえ」
「了解。距離を保ったまま仕留めるぞ!」
「おう! 今夜もうめえ飯がくえそうだな」
「グルーよ、油断は禁物だぞ」
俺達は息を合わせ、同時に能力を発動する。
「残響傷『ナイフ』!」
「己力投写!」
「我が腕は『投石機』!」
空気を切り裂き、白い尾を引いて飛ぶ攻撃がスライム達の核を正確に貫く。
続けて投擲。
間髪入れぬ波状攻撃に、七体のスライムは反撃をする暇もなくドロドロとした赤い液体へ崩れ去った。
「ふう。ラロ、体液の浄化たのむよ」
「うん! 是正宣光」
本来なら体液の熱が冷めるまで放置しなきゃいけない核だが、ラロが水へと浄化することですぐに回収が可能になる。
遠距離攻撃と即時回収。
俺達のチームはこの階で最高の相性を誇っていた。
「楽勝だな! 相当稼げたぜ!」
「え、遠距離攻撃が得意なみんなのおかげだね」
「疲れたねえ」
「リュックもいっぱいだし、そろそろ引き上げようか」
「荷物は我に任せるがいい! 我が力は『蟻』!」
レギンが唱えると、その体からは想像もつかない剛力が発揮されて山のような荷物を軽々と背負いあげた。
この蟻の型には大助かりだ。
今日の成果を金に換えて懐を温かくした俺達が夕飯の相談をしながら鑑定所を出ると、門の近くから激しい罵声が聞こえてきた。
見てみると、一人の男が三人に囲まれて糾弾されている。
「どうしてくれるんだよ! お前のせいで依頼は失敗、大赤字じゃねえか!」
「壊れたリュックと捨ててきた素材の分まで、全額弁償しなさいよね!」
「ご、ごめん......でも不意打ちだったから......」
「索敵役の私が悪いと? 無能の木偶の坊が、呆れた言い訳だ」
「明日までに金を用意しろよ! でなきゃお前みたいなやつクビだからな!」
どうやら不意打ちで荷物を破壊され、成果を失った責任を押し付けているらしい。
「冒険に失敗は付き物だが……一方的で不愉快な光景だ」
「あいつも言い返せばいいのによ、うじうじしやがって」
「わ、私行ってくる!」
止める間もなくラロが駆け出していった。
「あ、あの! そんなに大声で責めてもなにも......」
「あぁ? なんだよお前」
「正義の味方のつもりぃ?」
「部外者は黙っていてもらおうか!」
「え、えっと......」
三人の容赦ない言葉にラロが言葉を詰まらせている。
俺達は彼女の背後に並び立った。
「……確かに関係はありませんが、ここは公共の場です。邪魔ですよ」
「君達の声は少々騒がしいのではないか?」
「殴りあおうぜ。それが一番早え」
一人おかしな主張がいたが、彼らは捨て台詞を残して立ち去っていった。
「......庇っていただきありがとうございます」
「お礼なら、真っ先に動いた彼女に言ってください」
「俺達は無視する気だったしな」
「君も少しは言い返したほうがいいぞ」
男は力なく項垂れている。
「あ、あの。大丈夫ですか? 弁償とか言われていましたけど......」
「はい。なんとか......工面してみます」
「出すぎた真似だとは思いますが。あのチームからは抜けた方がいいですよ」
「いえ……彼らには恩がありますから。本当にありがとうございました」
とぼとぼと去っていく背中を俺達は複雑な思いで見送った。
「大丈夫かな、あの人......」
一抹の不安はあったが、俺達は帰路につくことにした。
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第九階層
最近戦い続きで俺達の革鎧はあちこちが傷んでいた。
これを機に、チームでお揃いの装備を特注しようと計画している。
その資金を稼ぐため、俺達は単価の高いジャランスライム狩りに精を出していた。
「今日もたんまり稼ぐぜぇ」
「特注の装備だが、金や銀の装飾をあしらってみるのはどうだ? 騎士団のようで格好良いと思うが」
「それは予算オーバーかなあ」
「ち、チームカラーで染色するのはどうかな?」
「あんまり目立つ色は反対だねえ」
そんな軽口を叩きながらも警戒して歩く。
カリーが通路の先を鋭く見据えた。
「待ちな。前方でやり合ってるよ、一人だ」
「九階層で一人!? 実力者なのか?」
「いや……どうやら苦戦してるみたいだねえ」
「加勢するよ。急ごう!」
俺達は武器を構えて駆け出した。
視界が開けた先、五体のスライムを相手取っていたのは肌が黒い男だった。
手にした盾とメイスで必死に応戦しているが、所々に痛々しい火傷を負っている。
「き、昨日の人だよ!」
「手助けはいるか!」
「...っ! お願いします!」
俺達の介入で戦況は瞬時に決した。
スライムの核を次々に砕き。
ラロが彼の火傷を癒した。
「はぁ……はぁ。ありがとうございます。また助けられてしまった……」
「無茶ですよ。なぜ一人で戦っているんですか?」
昨日の騒動を思い出し俺が問いかける。
チームから「お前のせいで装備と素材を失った」と無理難題な弁償を突きつけられていた。
男はムンゴと名乗った。
「貯金もなく、クビにされるわけにもいかず。お前の責任だから一人で稼いでこいと言われ……」
「それで一人命を懸けてか」
「そ、そんなの酷すぎます!」
「いえ、僕が悪いんです。僕が耐えれば丸く収まりますし……」
力なく項垂れるムンゴ。
その卑屈なまでの謙虚さに、グルーは静かな怒りを込めて踏み出した。
「おい。……お前それでいいのかよ? 」
「え……?」
「好き放題言われてよお。自分ですら自分を庇ってやらねえで。プライドはねえのかよ!」
「プライド、なんて……」
「お前に信念や譲れない物はねえのかよ! 何のために冒険者してんだよ!」
「……ぼ、僕は! 戦うのなんて本当は嫌なんだ! でもこうするしか……生きるにはこれしかないんだよ!」
ムンゴは堰を切ったように自分の身の上を語り始めた。
父の営んでいた小さな武具屋。
詐欺に遭い背負わされた借金。
家族はバラバラになり、残された父は命を絶った。
天涯孤独になり、物乞いをしてゴミを漁っていた彼にとって学園の一日二回の食事という制度だけが、唯一の希望の光だったのだという。
「合格出来たのは奇跡でした……ですが誰も、僕のような鈍臭い男とは組んでくれません。彼らには拾ってもらった恩を返さなきゃって……思ったんです」
ムンゴの話は世界の残酷さをそのまま形にしたような響きを持っていた。
「父の店が大好きだったんです。もう一度......看板を掲げるのが夢なんです! そのためにクビになるわけにはいかないんです……!」
重い沈黙が流れる。
「……おいバル。ムンゴと一緒にスライムを狩るぞ。いいよな?」
「ああ、もちろんだ」
「我らと共に歩めば、数十体など瞬きする間もなかろう!」
「一緒に頑張りましょう! ムンゴさん!」
その言葉にムンゴは呆然と立ち尽くした。
「で、ですが......それではあなた達の稼ぎが」
「ムンゴさん、稼ぎは気にしないでください。その代わりに一つ条件があります」
俺はムンゴの目を真っ直ぐ見据えて告げた。
「今のチームを自分から抜けてください。自分を使い潰さない、まともなチームを探すと......約束してください」
「そ、それは......」
「このままではいつか死にます。約束できないなら助けません。カリー、スライムを探してくれ」
俺は返答を聞かずに歩き出す。
背後でムンゴが短く、しかし力強く返事をするのが聞こえた。




