閑話 模倣の苦労
学園・貴族寮
学園に多額の寄付を行う名家の子息達が住まう貴族寮。
廊下にはふかふかの絨毯が敷かれていて空気までどこか上品に感じられる。
一般寮とは比較にならない豪華な設備を横目に、俺達はレギンの自室を目指していた。
流行りのボードゲームに誘われたのだ。
「広いなあ、さすが貴族寮だね」
「廊下までカーペットかよ」
「お、お部屋もきっとすごいのかな……」
教えられた番号の前に立ち、俺はノックしようと手を伸ばした。
だが、ドアが少し開いていることに気がつき無意識に中を覗き込んでしまう。
──そこには黒い服に身を包み、床を四つん這いで這い回るレギンの姿があった。
音を立てずにそっとドアを閉め、俺達は小声で緊急会議を始めた。
「……おい。何してんだあいつ」
「き、貴族の間で流行ってる運動かな……」
「ノックもなしに覗くもんじゃないねえ」
「わからないけど……見なかったことにしよう」
俺達は一度深呼吸し、改めてノックをした。
「ああ、入ってくれたまえ」
鷹揚な返事に促されてドアを開ける。
そこには先ほどと全く変わらず、四つん這いのまま首だけをこちらに向けるレギンがいた。
「……お前何してんだ?」
グルーが堪えきれず単刀直入に切り込む。
「む、これか? 見て分からぬか『蟻』になりきっているのだよ」
「ど、どうして蟻に?」
「我が能力を拡張するためさ。こうして対象に深く成りこみ、イメージを高めねば新しい『型』は作れぬのだよ」
その堂々とした回答に俺たちは安堵した。
変な趣味に目覚めたわけではなく、あくまで修行の一環だったらしい。
「でもよ、何で蟻なんだ? もっと強そうな猛獣の方が練習しがいがあるんじゃねえか?」
「何を言う! 蟻は己の体重の数十倍を運ぶ剛力の持ち主だ。その力を完全に再現できれば、我はバルにも負けぬパワーを手にすることができる!」
「それは助かるね。冒険には重い荷物運びも必要だしな」
「うむ、そうであろう。ところで君達、何か甘い菓子は持っていないか? 無性に欲しくてたまらぬのだ」
「……そこまで蟻になりきってんのかよ」
強力な能力だと思っていたが、その裏には本人にしか分からない苦労があるようだ。
俺達は床を這う友人に少しだけ同情を感じた。
ちなみに、その後行われたボードゲームはグルーの圧勝だった。
これほどの勝負強さがありながら、なぜ座学の成績はあんなに壊滅的なんだ……。




