第26話 紫煙惑はし、高みは遠し
学園・訓練所
いつもなら怒号と剣の音でうるさい場所。
だが今日は違った。
教師達が並び、二つ星の生徒達が黙って取り囲んでいる。
「なにすんだ?」
グルーが小声で呟く。
「さあ? こんなに先生が集まるなんて珍しいよね」
ざわつく生徒達を見回して前に出たのは戦術の先生だった。
「静かにしろ」
低い声が訓練所を一瞬で黙らせる。
「今日は特別授業だ。諸君らの実力を正確に測定させてもらう」
その言葉に生徒達の背筋が伸びた。
「模擬戦をしてもらう。だが相手はクラスメイトではない……我々教師だ」
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待機室
俺達は支給された訓練用の木製武器を点検しながら話し始めた。
「教師が相手とは……誰が来るにせよ、一筋縄ではいかぬだろうな」
今回の特別授業とは、一人の教師に対してチームを組んで挑むという形式だった。
「せ、先生も木製の武器だけど、怪我に気をつけなきゃね」
「へっ、こっちこそ怪我させるつもりで行かねえとな」
「ああ、あまりに無様な戦いだと落第もあるみたいだしね」
「案ずるな! 我らがチームの連携なら、いかなる障害も打ち破れるだろう!」
装備の確認を終えた時、俺達のチームが呼ばれた。
「バルチーム! 第二訓練所へ入ってください!」
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第二訓練所
扉を開けた先に待っていたのは一人の女性だった。
腰まで伸びた紫の髪、知的な印象を与える丸眼鏡の奥で落ち着いた瞳がこちらを見つめている。
その覚えのある姿に俺は思わず声を出した。
「……ヴィブラム・ドリシュティさん?」
「君は……たしかバル君」
やはりあの時の。
「やっぱり学園の先生だったんですね。あの時は助かりました 」
「君も……やっぱり合格してたんだね」
思わぬ再会に驚く俺を見て、ラロが疑問を投げかけてくる。
「ば、バル君知り合いなの?」
「ああ。入学前、提出書類の書き方がわからなくて困ってた時に親切に教えてくれたんだ」
だが穏やかな空気は一瞬で霧散した。
ヴィブラム先生が丸眼鏡を指で押し上げた瞬間、彼女から放たれる気配が刃物のように変質したからだ。
「──お喋りは後にしよう。今は試験中だからね」
その声に優しさは欠片もない。
圧倒的な強者の威圧感に唾を飲み込む。
「私はいつでもいいよ。…… 準備が出来たらおいで」
俺達は武器を引き抜き。
作戦を立てる。
「まずは俺とレギンの投擲で隙を作る。そのまま俺が突っ込むからレギンは援護。グルーはラロの護衛を」
「「「了解!」」」
俺とレギンが息を合わせ、同時に能力を発動した。
「己力投写!」
「我が腕は『投石機』!」
二つの投擲が白い尾を引き空気を切り裂いてヴィブラム先生に肉薄する
だが直撃の瞬間に手応えはなく、彼女の体は煙となって虚空に溶けた。
「なっ……!?」
「私は貴方達の能力を事前に知らされている。不公平だし試験だからね、攻略のヒントをあげるよ」
訓練所に煤まじりの紫煙が広がった。
四方八方、壁や地面、すぐ後ろからも彼女の声が聞こえる。
「私の能力は、煙で偽物を造り出す煤影贋身」
直後、立ち込める紫煙の中からヴィブラム先生の姿が次々と現れる。
それだけではない、俺達の周囲にはホブゴブリンやスライム、数多の魔物の群れが唸り声を上げながら実体化していく。
「おいバル! やべえぞ囲まれた!」
「落ち着けグルー! 試験の時を思い出せ、これは幻影だ!」
俺の言葉にみんなは落ち着きを取り戻す。
「正解。……冷静なんだねバル君」
どこから聞こえるか分からない声。
俺達はラロを囲むように背中合わせになり、魔物の群れを迎え撃つ。
グルーが大剣を薙ぎ払い、レギンが正確に魔物の喉を突き、俺が片手剣で切り裂く。
切っ先が触れた瞬間、魔物達は音もなく煙へと還っていく。
試しに振られた拳を受けてみたが、感触がない。
「こやつら、動きは本物だが攻撃力はないぞ! 幻に過ぎん!」
「だけど数が多いぜ! 視界が塞がれちまう」
「レギン! 上へ飛んでヴィブラム先生の本体を探してくれ!」
「よかろう! 我は『鷹』!」
レギンが跳躍すると同時に、俺は右足に己力投写を込める。
そのまま地面を思い切り踏みつけた。
「……ッらあ!!」
ドォォン!!
訓練所を揺らす衝撃と凄まじい音。
幻影は消えない。
だが振動で景色が歪む。
煙の偽物達がノイズのように揺れた。
「見えたかレギン!?」
「一体だけ微動だにしない影があった! あとは我に任せろ!」
急降下するレギンは確信を持ってヴィブラム先生の本体へ突っ込む。
「やるね……でも、少し猪突猛進が過ぎるかな」
静かな呟きか聞こえた。
レギンの目の前に突如として巨大な石壁が出現する。
(偽物だ目隠しに過ぎん。そのまま突き破る! )
レギンは躊躇せず加速したが───激突の瞬間、衝突音が響いた。
「……ぐっ!?」
壁は霧散せず、レギンの体が弾き飛ばされる。
「な……ぜ、これは……煙のは、ず……」
頭を打ち付けたレギンが意識を失い崩れ落ちた。
「一つ授業をしてあげる……能力はね目覚めて終わりじゃないんだよ」
立ち尽くす俺達にヴィブラム先生は歩み寄りながら語りかける。
「能力は鍛えれば強くなるのは常識……でも、その先があるの。それが能力の『第二覚醒』よ」
初耳だ。
そんな高みに至った者の話は聞いたことがなかった。
「私の煤影贋身は元はただの煙細工だったの。けれど鍛え抜いたある日、偽物を本物にする事が出来たの……例えばこんな風にね」
俺達の横を通り過ぎようとした『煙の猪』が、突如として質量を持った暴力に変貌した。
「……がっ!?」
不意を突かれたグルーが壁まで吹き飛ばされる。
「グルー!」
「是正宣光!」
ラロの放つ光が接近する魔物を包み込み、その存在を霧散させた。
「浄化の能力……私のとは相性が悪いね」
ヴィブラム先生の目が眼鏡の奥で冷たく光る。
ラロの頭上に突如として数百本もの剣の雨が現れた。
「ひっ……! 是正宣光!」
ラロは必死に光を放ち消し去るが剣の数が多すぎる。
「ラロ!」
俺は庇うように飛び込み、剣を叩き落とした。
だが手応えがない。
触れた先から剣は煙に変わり、俺の視界を塗りつぶしていく。
(すべて偽物か!? どれが本物なんだ!)
動揺した一瞬。
煙のカーテンの向こうから硬質な塊が飛来する。
「かっ……あ……っ!」
ラロの腹部に訓練用の木球がめり込む。
こんどは偽物ではなく、質量を持った本物だった。
ラロが崩れ落ち、訓練所が静寂に包まれる。
煙が晴れた中心でヴィブラム先生だけが平然と立っていた。
「これでバル君一人だね…………まだ続ける?」
本人の居場所さえ掴めず、何が本物なのかも分からない。
絶対的な状況の中で俺は握りしめた剣だけを頼りに、彼女を睨みつけた──




