第25話 残響する瘢痕
俺は手元に伝わるどっしりとした手応えに自然と口角を上げた。
目の前ではシーンフロッグが粘り気のある声を上げて距離を詰めてくる。
俺は着地の瞬間を狙って剣を振り抜く。
───キィィィン。
以前のような剣が上げる悲鳴ではない。
重厚な剣が俺の力を飲み込み、骨ごとシーンフロッグを断ち切った音だ。
腕には衝撃が響かず、剣の背にある黒金が吸収してくれている。
低級ダンジョン・第七階層。
その薄闇の通路で俺達はすでに十数体の魔物を倒していた。
「ど、どう? バルくん。その剣の使い心地」
「最高だよ。重さがあるのに振りが遅くならないし、何より黒金が反動を吸収してくれて腕に負担がかからない」
「我に感謝するがいい!」
「おまえの父さんだけどな」
レギンとのチームワーク、新しい剣の使い心地を試すためにすでに何戦もしている。
この剣ならどれだげ能力の出力を上げても折れることはないだろう。
「是正宣光……」
「んー……血で汚れないとは素晴らしいな。今までの苦労が嘘のようだ」
「返り血を落とすの大変だもんねえ」
「切れ味も落ちねえし、錆びねえしな」
「み、みんなの能力のほうがずっと凄いよ……」
「謙遜する事はないぞ! 戦場で万全の装備と衛生を保てるのがどれほど凄いことか!」
「レギンの言う通りだな。手入れも凄く楽なんだから誇っていいことだよ」
「あ、ありがとう……」
褒められたラロは顔を赤らめて俯いている。
「レギンとの連携も良くなってきたし。そろそろ八階層へ行くか?」
「私は構わないよ」
「おう! 行こうぜ」
「我も一向に構わん」
「わ、私も大丈夫だよ」
こうして俺達は新たな魔物への期待と不安を胸に階段を下る。
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低級ダンジョン・第八階層
通路は更に広くなっている。
魔物に囲まれるリスクが増えるだろう。
ここからはゴブリンの上位種である『ホブゴブリン』が出てくるらしい。
「ホブゴブリンねえ、普通のゴブリンと何が違えんだ?」
「一度村で戦ったことがあるけど、格段に力が強くて頑丈だよ」
「だが一番厄介なのはその知能だな。奴がいると、魔物共が連携を組んで襲ってくるのだ」
「き、気を引き締めなきゃね」
今までのように目の前の敵にバラバラに向かって来ることは無くなるだろう。
警戒しながら歩みを進めているとカリーが呟く。
「ゴブリン五、スライム三、一体大きいのはホブゴブリンかねえ? もう気がついてるよ」
「投擲は無しでいこう。今回はホブゴブリンの強さを確かめる」
「「「了解」」」
通路の先、開けた広間に出た俺達は足を止めた。
そこでは魔物達が明確な陣形を組んでいたからだ。
中央に鎮座するのは他のゴブリンより一回り大きく薄汚い毛皮を纏ったホブゴブリン。
その前方には、盾を持ったゴブリンが一体と三体のスライムがまるで防壁のように配置されていた。
「ギャィギャ!」
ホブゴブリンが短く叫ぶ。
左右の通路から二体ずつのゴブリンがこちらを挟むように展開してきた。
「正面のスライムが邪魔だな。強引にいくか?」
「待ちたまえ、あれは罠だ。スライムに手間取ると左右のゴブリンがラロを狙ってしまう」
「左右はグルーとレギンで頼む、正面は俺が行く! ラロは援護を!」
「「「了解!」」」
同時に全員が地を蹴った。
俺は足に能力を込めて一気に距離を詰める。
するとホブゴブリンが不敵に笑い、指示を飛ばした。
突如として三体のスライムが自らの体を弾けさせ、床一面に粘着質の液をぶちまけた。
俺の足が嫌な感触と共に床に張り付く。
「……っ! 動きを止める気か!」
そこへ、ホブゴブリンの護衛についていたゴブリンが盾を構え突進してくる。
体勢を崩し確実に仕留める気だろう。
「是正宣光!」
ラロの放った光が盾ゴブリンを包み込んだ。
「ギッ!?」
突然の光と浄化の不快感で盾ゴブリンの足が止まる。
俺は盾に手を付き、『己力投写』を込めて押す。
「……はぁッ!」
「ギャッ!?」
盾ゴブリンは吹き飛び、背後にいたホブゴブリンに衝突した。
ホブゴブリンは部下の失態に怒声を上げている。
「いま粘液も浄化するね!」
「助かる!」
ラロの声と共に足元の不快感が消えて自由が戻った。
「我は『鷹』!」
二体のゴブリンを仕留めたレギンが、慌てて体勢を立て直そうとするゴブリン達に肉薄した。
「我が足は『大槌』!」
落下速度を破壊力に変えた踵落としが盾を構えたゴブリンに迫る。
衝突の瞬間、空気を押し出すような爆音が響いた。
石床が陥没するほどの攻撃にゴブリンは無惨にも圧死した。
そして本命が動いた。
ホブゴブリンに迫ったグルーが叫ぶ。
「残響傷『鉄拳』!」
具現化したのは、あの死闘で刻まれたゴブリンヴィールの剛腕。
「ゲギャブッ……!」
巨大な暴力がホブゴブリンの脳天に直撃する。
知能を誇った指揮官の頭部が熟れた果実のように無惨にもひしゃげた。
ホブゴブリンは糸を切られた操り人形のように崩れ去った。
「頭はよくても、硬さは普通のゴブリンと変わらねえな」
こうして第八階層での初戦闘は勝利に終わった。
俺達は近くの安全部屋で戦闘後の休息を取っている。
「スライムの足止めは気をつけないとだな。ラロには助けられたよ」
「先に仕留めた方がいいかもしれねえな」
「弓兵、スライムの順に投擲で仕留める事にしよう」
「我の能力に任せるがいい!」
「も、もしも足止めされてもすぐに浄化するね!」
ホブゴブリンが指揮を執るだけでこれほど厄介になるとは思ってもみなかった。
戦いの反省点を話し合っていると、ふと思い出したようにレギンが質問を投げかける。
「……そういえばグルーよ。それほどの能力、なぜ今まで隠していたのだ? 模擬戦で最初から出されていれば、我とて勝敗は分からなかったやもしれぬぞ」
「……隠してた訳じゃねえ。ただろくでもねえ話だからよ」
グルーは自傷気味に笑い、その重い口を開いた。
「俺の親父は元々凄腕の冒険者だったんだ。だけどある日突然、能力を失ってな。………そこからは早かったぜ、酒に溺れて家族を殴って、嫌になった母親は俺とポラを置いて逃げちまった。……酒代が尽きたあの日、親父はポラを売り飛ばそうとしやがった。俺は必死に縋り付いて止めたよ、そんな俺に親父は……ナイフを突き出したんだ」
グルーが、右手の傷跡をさすっている。
「右手を刺された瞬間によ、俺の中で力が湧き出てきた。それが『残響傷』の目覚めだ。飛び出たナイフが親父の胸を刺して……それでおしまいだ。俺の能力はよ、親父が残した呪いみてえなもんなんだ」
グルーの話が終わっても誰も口を開かない。
安全部屋は静まり返っている。
沈黙を破り俺は喋り出す。
「……そうか、大変だったな。なんて言葉じゃ足りないけど、その力は呪いなんかじゃないよ」
俺は剣を見つめながら喋り続ける。
「俺達が今こうして立っていられるのも、お前が傷を背負って一緒に戦ってくれたからだ。俺にとっては最高に頼りになる相棒の力だよ」
俺の言葉が終わると、レギンは腕を組み深く息を吐いた。
しばらくしてようやく口を開く。
「……失礼を承知で言わせて貰うが。身内に刃を向けたその男は紛れもない外道だ。だがその絶望の中で能力を開花させ、妹を守り抜いた貴殿は──誰よりも誇り高い戦士さ」
ラロは何も言えなかった。
ただ震える手でグルーの手を握り、涙を堪えようとして堪えきれていなかった。
耳をそば立てていたカリーがのっそりとグルーの頭に乗る。
「グルー坊に湿っぽいのは似合わないねえ。今は私達がいるんだ、あんたにつく傷は半分背負ってやるよ」
「……ありがとよ。お前らにそう言われると、この能力も悪くねえ気がしてきたぜ」
グルーは一瞬だけ感極まったような表情を見せたが、それを頭を振って消し去った。
「……なんか腹減ってきたな! 帰ったらレギンに高い店奢ってもらおうぜ!」
グルーが照れ隠しにそう言う。
安全部屋にようやくいつもの騒がしく温かい空気が戻っていた。




