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ディグニティ・ストライド  作者: 果報寝待


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第23話 同じ卓を囲み


 死闘から五日後。

 怪我が完治した俺とグルー、ラロはレギンの屋敷に招かれていた。

 さすがは大貴族なだけあって、国都の一等地に城のような屋敷が建っていた。

 俺達は応接間で居心地の悪さを感じながら待っている。


「ど、どれも高そうな調度品だね……」

「なんか壊したくなるな」

「絶対やめろよ!?」


 そんな話をしながら待っていると、ドアがノックされメイドが入ってくる。


「ご支度が整いましてございます。こちらへご案内いたします、足元にお気をつけてお越しくださいませ」

「「「は、はい……!」」」


 靴など必要なさそうなふかふかのカーペットを俺達はぎこちなく歩いていく。

 案内された部屋にはレギンと、威厳あふれる恰幅のいい男が座っていた。


「さあ座りたまえ。堅苦しい挨拶は抜きだ、我が邸宅において君達は救世主であり、大切な友人なのだから」


 どうやらこの人はレギンの父、現キファルメ公爵のようだ。

 雲の上の存在からの言葉に緊張しながら、俺達は人生で一番座り心地のいい椅子に腰を下ろした。


「今回の件、心から礼を言う。レギンは我が一族の誇り、私の宝なのだ。無事に連れ戻してくれた事をキファルメの名にかけて恩に報いよう」


 宝と断言されたレギンは照れて俯いている。


「レギンの犠牲者を出したくないって意見に賛成だっただけです。礼を言われる程では……」

「ふむ。……犠牲を厭わぬその心根、実に素晴らしい。だがバル君、犠牲を出したくないという『意見』に命を懸けて『行動』で答える……それがどれほど稀有な事かいずれ理解するだろう。今はただ私の自己満足として受け取っておきたまえ」

「……ありがとうございます」


 真っ直ぐな称賛に俺は思わず目を逸らしてしまった。


「所望の料理はすべて最高の料理人に命じて用意させた。君たちの武勇にふさわしい馳走だ、心ゆくまで楽しんでくれたまえ。……私はこれより片付けねばならぬ仕事があってな。食事は息子とゆっくり楽しんでくれたまえ」


 公爵はそう言い残し去っていった。

 入れ替わるように、テーブルには見たこともない豪華な皿が次々と並べられていく。


「す、凄いね……」

「お礼はご飯って確かに言ったけど……」 

「ほ、ほんとに食べていいのかよこれ」

「ああもちろんだ。マナーなど気にしないで食べてくれ」


 そう言われて俺達はおずおずと食べだす。


 ----------


 俺の前にあるのはどうやらスープらしい。

 らしいと言うのは、こんな物は見た事がなかったからだ。

 雲のように白くふわふわな泡が表面を覆っている。

 金粉が散らされて、まるで夜空に浮かぶ星のようだ。


(これは本当にスープなのか? 金って食べていい物なのか?)


 そう思いながら、恐る恐るスプーンで泡をすくい口へ運ぶ。

 口に入れた瞬間脳が混乱した。


(消えた!?)


 泡は噛む間もなく雪のように消えて、後には芳醇なミルクの香りと微かな甘みだけが残った。

 驚きに目を見開き、今度はスプーンを深く差し込む。

 泡の下に隠されたスープを啜ると今度は強い旨みが舌を襲った。

 ミルク、濃厚なカボチャと栗の味、隠し味なのか香ばしいナッツの香りもする。


「母さん達にも食べさせたいな……」

 

 そう思いながら食事を楽しんでいく。 

 

 ---------


「冷製魚のジュレ寄せです」


(なにそれ!?)


 ラロは初めての料理に困惑していた。

 澄み切ったクリスタルのようなゼリーの中に白身魚と色鮮やかなエビ、ハーブの花びらが閉じ込められている。

 料理と言うよりは工芸品のそれを震える手でスプーンですくい口へ運ぶ。


「お、美味しいっ」


 ぷるんとした驚くほど冷たいジュレは口の中でスッと溶けた。

 その瞬間に魚介の濃厚な旨みを伝え喉を通っていく。

 振りかけられた岩塩が魚の甘みを引き立て、酸味のあるソースが食欲を刺激する。

 白ワインとレモンのフルーティーで爽やかな香りが鼻から抜けていった。

 

 ラロは頬を緩めて一匙ずつ大切に食べていく。


 ----------


 給仕が運んできたワゴンに大きな白い塊が乗っている。

 グルーはそれが何なのか見ていると、ハンマーが振り下ろされパカリと割れる。

 

 岩塩が割られ閉じ込められていた肉汁が滝のように溢れ出し銀の皿を満たす。

 濃厚な脂の匂いとこれでもかと詰め込まれたガーリック、ローズマリーの香りが部屋中に広がった。

 中から湯気を上げ出てきたのは黄金色に焼きあがった子羊の骨付き肉だった。

 食欲を刺激する香りを漂わせながら肉は切り分けられていく。


 グルーの前に置かれたのは拳よりも二回り大きい肉の塊だ。

 漂ってくるガーリックと焦げた脂の匂いがからっぽの胃袋を掴む。


「……ッ! うめぇ!」


 グルーは最初こそ慣れないナイフを使おうとしていたが、一口その肉を齧った時にすべてがどうでもよくなった。

 骨を両手で持ち獣のようにかぶりつく。


 焼き固められたクリスピーな皮が「バリッ」と音を立て弾けて熱い肉汁が口いっぱいに噴き出す。

 羊特有の強い旨みに最高級バターと赤ワインを煮詰めた黒いソースが絡みつく。

 噛む度に肉が崩れ、ガツンと効いた塩気が食欲を刺激した。


 口の周りをソースで真っ黒にしながらグルーは骨までしゃぶり尽くす。


 ----------


 スープを楽しんでいると服の中で何かが暴れているのを感じる。

 カリーだ。

 あまりに美味しすぎて忘れていた。


「ちょっと、私にも食べさせなよ」


 小声で俺に訴えてくる。


「あ、あー。レギン、カリーもいいか?」

「もちろんだとも。給仕は不要だ、あとは我らだけで語らいたい。用がある時は呼ぶゆえ扉の外に控えよ」


 レギンが気を利かせて人払いをしてくれる。


「ありがとうよレギン坊!」


 カリーはそう言うなり食事に夢中になりだした。


「……バル、グルー、ラロよ。学園での態度は済まなかったな。貴族として振る舞うように言われてたとはいえあまりにも傲慢だった。平民には義務も責任もないと見下していたが……命を懸けて戦う君らを見て思い知ったよ。貴族も平民も、根本に違いなどない。良ければこれからも友人として……」

「ん? レギン何か言ったか? 肉が美味すぎで聞いてなかったわ」

「え、何か喋ってた? ごめんレギンもう一度たのむ」

「わ、私も夢中で聞いてなかったや……」

「……何でもない、また今度言う。口にあったようで何よりだ……」


 レギンは少し寂しそうに、けれどどこか嬉しそうに苦笑した。


 最後には山積みのパイに燃えるソースをかけた派手なデザートが登場した。

 カリーが豪快にパイを頬張る姿を見て俺達は心からの笑い声を上げた。

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